ソーシャルワーカーと心理士と。
私は心理士の資格以外にも社会福祉士を持っています。
当時、家庭相談員をしていた私は、心理面接をしていても状況を改善できないケースに沢山出会っていました。
元々、全く違う仕事をしていた私は、心理的サポートのできる子育て支援者になりたくて臨床心理学を学びに大学院に入りました。
卒業後、恩師の先生から「もっとカウンセリングがきちんと出来る現場で仕事をした方が良いのではないか」と3,4年求人の連絡をいただきましたが、どうしても家庭相談員が続けたくて7年間勤めました。
家庭相談員とは、0~18才までの子どもを育てている家庭の相談にのるお仕事。
子育てのみならず、児童虐待、発達障害、不登校から、DV相談や離婚相談、経済的困窮などなどその内容は多岐にわたります。
そして家庭相談のお仕事の『相談にのる』とは、ただ話を聴くだけではなく、一緒に生活保護の申請に行ったり、医療機関の受診に同行したり、学校との話合いの場を持ってみたり。ゴミ屋敷状態の家庭には掃除に入ることもありました。
私の目指した子育て支援者は、一般的な子育て相談から、誰にも頼れないような児童虐待ケースまで幅広く相談にのれる支援者です。
それから、乳幼児期だけではなく、子どもがいれば『一生子育て』。どんな世代の家族の相談にものれる、そんな支援者になりたいと考えていました。
駆け出しの家庭相談員だった私は、まだまだ経験不足だけれども、とにかく『誠実に!』をもっとうに。
一人ひとりの相談者に寄り添い、たとえ相手が「幸せになること」を諦めていても、私だけは「あなたの幸せ」を諦めない!
一生懸命。
相談者の『こころ』に。『生活』に。
思いを馳せて支援を組み立てていきました。
相談者からやり場のない気持ちをぶつけられたことも何度も何度もありました。
「経験のない土居さんにはわからない!知ったような顔しないで!」
<確かに私には経験もなく分からないことも沢山あります。でも私はあなたのことがわかりたいのです!>真剣に誠実に。目を見てゆっくりと伝えました。
「どうせ仕事だからやってることでしょ!」
<確かにお仕事をしていなかったらあなたには出会えていません。この仕事をしているおかげであなたに出会えたんです!精一杯あなたのお手伝いがしたいのです!>真剣に誠実に。思いを込めて伝えました。
沢山の人に出会い、沢山の人生に伴走させてもらえた幸せな7年間。
家庭相談を退職する日。
「ありがとう」や「淋しくなるな」など沢山の方から労いの言葉を花束と一緒にいただき名残惜しくも帰宅して。。。
ボーッと湯船に浸かっていると、私の頬にツーと涙が。
「何だ!この涙は!」自分で自分の涙に驚く。
ただボーッとしていたのに泣いている私。
自分の感情が何なのか?暫くわからずに。
それは、どんどん溢れだし最後にはわーわーお風呂で大号泣。
私の涙は『安堵』の涙。
7年間、私の関わった沢山の人達が、今「生きている」
ただただそれだけにほっとして。
ただただ感謝した『安堵』の涙。
「生きててくれてありがとう」
先週末、社会福祉士が3年間かけて学ぶ基礎研修がありました。
コロナ禍でオンライン開催だった基礎研修がはじめてリアルで開催される。一緒に学んできた仲間達と初めて顔を合わせる。
画面の中でいた仲間がリアルにそこに「居る」
彼らの笑顔がそこに「在る」
知っていたけれど、知らない彼らとの再会は何だか恥ずかしくて懐かしい。
対面でのロールプレイやグループワーク、懇親会を通じて社会福祉士さん達の『想い』がじんわりほかほか伝わってくる。
クライエントの生活の質を良くしたい!
クライエントの想いを大切にした意志決定を支援したい!
住みやすい地域を創りたい!
幸せを感じられる社会を創りたい!
家庭相談員として始まった私の支援者としての道のり。
社会福祉士仲間との間で大切な自分の『想い』を思い出す。
ソーシャルワークを雰囲気で感じとると、こんな「感じ」かも。。。
帰りの新幹線で1人考える。
「誰もいない」と、決めつけていた。
ふと顔を上げると「そこにあった」優しい笑顔。
「何もない」と、決めつけていた。
でも「ちゃんとあった」人との暖かい絆。
相談に来てくれた人達にもこんな「感じ」を体験できるようなソーシャルワークをしていきたいな。
ソーシャルワーカーと心理士の二足のわらじは、子育て支援で繋がっている。
人と人との「間」のつなぎ目になれるような支援者目指して!
日々精進。。。