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若い人にも是非観てもらいたい、老いに正面から向き合う映画 『敵』

筒井康隆原作の『敵』が吉田大八監督で映画化される、これはきっと普通じゃないに違いない(良い意味)。
昨年公開された予告編だけで、もう本編を観たくて仕方ない。
そして、公開直後に行ってきた感想を書いておきます。

大学教授の職を辞めて10 年、妻に先立たれた77歳の渡辺儀助は祖父の代から続く日本家屋に暮らしている。料理は自分で作り、晩酌を楽しみ、たまにわずかな友人と酒を飲み交わし、教え子を招いてディナーを振る舞ったりする。預貯金があと何年持つか、何年生きられるかを計算しながら、日常は平和に過ぎていった。もうやり残したことはないと遺言書を書いたそんなある日、パソコンの画面に「敵がやって来る」と不穏なメッセージが流れてくる。

あらすじ

登場人物は少ないがキャスティングが良い。

主人公の渡辺儀助は長塚京三さんで、彼がもう素晴らしいの一言。
男性の老い方としては理想的なんじゃないだろうかと憧れてしまうような佇まい。
そして、長塚京三のための映画といっても良いくらいのはまり役ではないか。

冒頭、彼のひとり暮らしの日本家屋での日常ルーティンが淡々と淡々と描かれるが、ほとんど『PERFECT DAYS』。

朝起きる、米を炊き鮭を網で焼いただけの朝食。
焼き魚は知人からもらった土産でハムエッグになったりする。
昼はそうめんを茹でることが多いが、バリエーションは豊富。
ネギを刻み、茹で茄子を添えたり、キムチを添えて冷麺風にしたり。
買い物も高級スーパー(クイーンズ伊勢丹)で自身で行う。
洗濯をし、箒で廊下を履く。
庭の雑草は気がついた時に抜く。

男やもめに蛆がわく、というが彼の場合にはそんなことはない。
きちんと丁寧な暮らしをしているディテールが積み重なっていく。

そんな彼の様子が少しずつおかしくなっていく。
毎朝、現実が少し捻じ曲がったような夢で目を覚ますようになる。

死んだはずの妻が突然帰宅して料理を作ってくれ、一緒に風呂に入る。
少し恋心を抱いていた元教え子と自宅でワインで乾杯し、良い雰囲気になる。

そして、現実世界でもこれまでの秩序が少しづつ崩れていく。
数少ない友人が病に倒れる。
行きつけのバーで知り合ったマスターの姪っ子に貸した300万円を持ち逃げされ、バーも閉店になる。

そして、渡辺の生活もリズムが崩れて乱れてくる。
きちんと毎食自炊していた食事がカップ麺で済ませるようになる。
ソファで寝落ちする。

そして、メールに書かれた[teki?.com]のURLをクリックしたあたりから、差rない夢と現実の境目がわからなくなってきて、悪夢が現実になる。

元教え子が夕食にやってきて、一緒に鍋をと用意していたら死んだ妻もやってくる。
出版社の若い編集者が押しかけてきて、腹が空いたと鍋を一人で平らげてしまう。
元教え子に昔、一緒に食事に行ったのはそれはパワハラだと詰められる。
編集者がドンキで殴られて死んだので、井戸に投げこんで隠蔽しようとする。
もう、ぐちゃぐちゃだけど、これぞ筒井康隆ワールド。
そして、いよいよ渡辺の住む街にも北から敵が攻めてきたらしい。
隣人が、犬の散歩の散歩の通行人が遠くから銃で狙撃される。
銃撃戦の音が近付いてきて、爆弾が投下される。
慌てて納屋に隠れるが、庭から出てきたところで撃たれてしまう。

だけど、それらも全て夢か妄想だったようだが、現実世界でも縁側に横たわり静かに息を引き取る。

敵は「老い」なんだろうか。

「敵はゆっくりとはやって来ない、それは突然やってくる」
というようなセリフが出てくる。
フランス文学を語る中でのセリフだったと思うが、それはつまり老いのことだ。
毎日規則正しく暮らしていても、突然正気を失い、夢がうつつか妄想を見るようになり、事切れるのか。
でも、それも考えようによっては、病で長く伏せった後に逝くことよりも幸せなのかもしれないな、とも思う。

あと、この夢か現実かどんどん分からなく感じは、全編モノクロの映画だからこその描写が活きていたと思う。

ところで、劇場来場者は今までになく年齢高め。
推定平均年齢70歳オーバー、今年還暦の僕ですら年少組だろう。
男女比率は男性9割、女性1割くらいか。少し意外。
皆さん、若い頃に筒井康隆の小説にハマった人たちなんだろうな。
だけど、是非若い人にも観て欲しいと思った。
老いってこういうことだよって。
息子に勧めてみたが、興味が無さそうだった。
残念だ。

<了>

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