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足りる世界と平和な世界

新年に「育ての心」を再訪する

 年末年始を慌ただしく駆け抜け、2025年が始まりました。
 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 年長の子どもたちと過ごす園生活も残りわずか。
 1日1日、一瞬一瞬を大切にして、子どもたちの園生活に寄り添い、卒園まで見届けてあげたい…と思います。

 前回の原稿の続きのようなお話になります。
 足りる世界の住人である子どもたちの視点には、そもそも人を減点法で見ることがありません。そう確かに感じられたのは、この冬休みに倉橋惣三の「育ての心」を再読し、ある一文が温かく心に残ったからでした。

「育ての心」上巻には、「子どもたちの中にいて」という題でまとめられた小品がまとめられています。とても味わい深く、子どもたちへの深い愛情に満ちています。どれも450字程度の短さで、その優しい文体の行間から、現代の保育者とまったく変わらない、保育における子どもたちとの関わり方や眼差しを感じ取ることができます

 そんな「子どもたちの中にいて」には「子どもたちを送る日」という文章が収められています。タイトルのとおり卒園を控えたこの時期には、実に染みる内容です。
 前述の特に心に残った一文は、その最後を締めくくる〈「いい先生」。そんなこと、どうでもいいんです。あなたの好きな先生だったのですものね。本当にそうだったんですね。〉

 これを足りる世界/足りない世界の目で読んでみると、子どもたちはずっと足りる世界にいるからこそ、私たち大人が自分自身「足りない」とか「できていない」とかと思っている部分なぞには目もくれずに、保育者(大人)の全体を愛してくれていることに気づかされます。何も減点せず、しぜんと個人の中の多様性をまるごと受け止めてくれるのです。
 さらに、この感覚こそ、ケアの本質のひとつである相互依存、つまり「ケアしているつもりが、実はケアされていた」ということをよく表しているように思えます。倉橋惣三は、子どもたちと過ごす中で上記を強く感じていたことでしょう。

 それにしても、子どもたちから〈あなたの好きな先生だったのですものね〉と心底思われる関わりができたら、これほど幸せなことはありません。保育者冥利に尽きるでしょう。

保育と平和、モンテッソーリと倉橋

 さて、「育ての心」は近代幼児教育の礎を作った倉橋の代表作ですから、保育者のみならず子育て中の方や幼児教育に関心のある方を中心に、長く読み継がれています。私は、本書を読む際には、書かれた時代背景にもぜひ想いを馳せてほしいと思っています。
 初版の刊行は昭和11年。満州事変が昭和6年ですから、日本はとっくに悲惨な戦争の渦中にあります。11年は二・二六事件も起こっています。それでも戦時中は「兵隊になるのが夢」という子どもたちがたくさんいました(そういう教育だったので当然ですが)。戦時=若者が死と隣り合わせでいる時代に、未来の担い手である子どもたちを「現代と変わらない視点で」保育することの哀しさを、本書から感じないわけにはいきません。

 戦争こそ「足りない世界」を過剰に煽る人々が起こす災厄の最たるものです。
 だからこそ保育や子どもたちを育てる場で、世界平和を担う人を育てると決意することは、壮大な夢ではありません。むしろそうした意志を率先して持たねばならないのが、保育に関わる人たちなのかもしれません。

 まこと保育園では、保育にモンテッソーリ教育を取り入れています。
創始者のマリア・モンテッソーリは幼児教育を通して「平和」を強く意識していました。弊園園長の中川はこんなふうに考えています
「モンテッソーリ教育が目指す『ひと』の姿は、一人ひとりの足るを知り、お互いを認め合い、自分を認めていく中で醸成される平和、愛に満ちた姿です。自立・自律した大人がお互いに寄り添い合いながらより良い新しいものを創り出していく、そんな世界です。一人ひとりすべての子どもの満ち足りた笑顔を引き出すために、私たちは日々の関わりを意識して行っていかなければなりませんね」。

 倉橋にしろ、マリア・モンテッソーリしろ、子どもたちとの関わりの中で「真理」をつかんでいます。保育や教育には、教育方法・教育論の「流行り廃り」があります(事業としては目新しい方がもてはやされますね)。しかし、真理にトレンドはありません。その真理をどのように保育として展開していくかが、教育論の新旧よりも大切だと感じます。
 だからこそ保育園や教育機関を選ぶ方には、世のトレンドにまどわされずに、園を訪れて子どもたちが実際に育つ姿を見欲しいと思います。

 倉橋惣三と「育ての心」は、私の重要なインスパイア源のひとつですので、また何か原稿にしたいと思います。何度でも味読できる作品です。

(文:まこと保育園 渡邉)


「育ての心(上)」フレーベル館

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