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そもそも、企業は成長しなければならないのか?

今年、2020年という未曾有の事態が起こっている年は例外かもしれませんが、通例の事業計画では売上前年比 xx % 増というように、成長することは、何の異論の余地もない、当然のこととして経営陣によって決められて、従業員もそれを受け入れているように思います。
成長の反対語が「衰退」であり、中立的な位置づけが「現状維持」であるなら、感覚的には成長を求めることのほうが自然だし、健全だとも思えます。
ですが、これからの日本の人口統計の予測を見ると、明らかに「人口は減少」します。「人口ボーナス」を簡略化して、経済成長は人口増加によってもたらされるものであるとするなら、私たちが大前提としてしている「企業は成長しなければならない」が、当てはまらない時代に突入しているのかもしれません。
この前提が正しいのか、もし正しいとも言い切れないとするならば、どういう選択肢が私たちにはあるのかを考えていきます。

1. 「戦略的に縮む」という考え方

まずは、『未来を見る力』(河合雅司 2020年 PHP新書)に書かれているデータと著者の意見から見ていきます。
本書では、次のデータが掲載されています。

2040年の日本のすがた

(1) マーケットが大きく縮む
   総人口 1億2617万人 → 1億1092万人 (1525万人減)
(2) マーケットの3分の1は高齢者
   65歳以上の比率   35.3%
(3) 人手不足の拡大
   20~64歳人口 6925万人 → 5543万人 (1382万人減)
【出所: 同書巻頭データ(社人研、厚生労働省、総務省などから参照)】

河合氏の論旨で共感できる点を挙げると、

・総人口も労働人口も減少し、高齢化社会が進むことが読める社会において
 は、これまでの発想や手法はまったく通用しない。
 なので、何を捨てて、何を残すかを判別するという「戦略的に縮む」とい  う考え方を提唱する

という、基本的に、国あるいは日本にあるすべての企業という単位での、成長という固定観念を捨てることからはじめようというスタンスです。

同氏は、もう通用しない考え方として、次のような指摘もしています。

・不足するのは働き手だけではなく、むしろ消費者の減少である
マーケットを日本限定で考えるならそのとおりですが、グローバルで見る場合、違った景色が見えるように思いますが、おおむね賛成です。

・外国人労働者は増えない
河合氏はその理由として、
 - 他国でも少子高齢化が大きな問題となる(たとえば中国)
 - 自国または近隣国で仕事が見つけられるようになってくる
と書かれています。
この意見には2つの点で同意せざるを得ません。
ひとつは、高度人材にとっては、魅力的な報酬も役割も提示できない日本の企業は魅力的でないこと。
そしてもうひとつは、単純労働者にとっても、言語や文化面で歩み寄りをみせない日本という国は働くにも住むにも魅力的でなくなってきていること。

これは、企業の人事として採用に関わっていると、もう既に起こっていることして、ひしひしと感じます。

同氏が提示する解決策は、方向性だけを取り上げるなら、ほぼ賛成です。
つまり、

量的拡大の成功モデルを捨てて、高付加価値化による利益拡大を目指す

具体策も興味深いのですが本書に譲るとして、「むすび」に書かれている文章を記します。

もし上手にこの国を縮めることができたら、案外「住みやすい国」になる
そして、
追求すべきは、物質的豊かさから、暮らしの質の豊かさへと変わった

2. 一人当たりの国内総生産を向上させるという考え方

次に、著名な経営学者である一橋ビジネススクールの楠木教授の新著『逆・タイムマシン経営論』を見ていきます。
本書の紹介は割愛しますが、その中の「遠近歪曲トラップ」(遠いものほど良く見え、近いものほど粗が目立つ、という認識バイアス)の部に、人口増減に関するバイアスについて触れられています。
その概要は、次のとおりです。

・歴史を振り返れば「人口増が諸悪の根源」という期間がはるかに長かった
・20世紀前半の日本では、「人口さえ抑制できれば、さまざまな問題が一気
 に解決できるという時代の空気があった
・60年代ですら、住宅難を解決するための郊外や地方への移住が推奨された

それを踏まえて同教授は、

一人当たりの国内総生産が国の豊かさを示しているのならば、分母(人口のことです)が小さくなること自体は悪くない
人口減少を前提に、将来の日本のポジティブなビジョンを描くことが
リーダーの役割だ


と指摘しています。

同氏の意見に続くなら、今の日本は、人口の増減により社会の良し悪しが決まるというバイアスにこだわることをやめ、人口減少を所与のものとして、いかに良い社会を築いていくのかを考えるフェーズに来ていると理解すべきなのでしょう。
また、若い世代に顕著ですが、その世代だけでなく実は多くの世代でも価値観の転換が実は起こっていると思っています。このことは最後に書きます。

3. ビジョンややりたいことが達成できたら「死んでも
  いい」という考え方

ジャーナリストで作家でもある河合氏と経営学者の楠木氏の考えを述べてきましたが、企業は成長しなければならないのだろうか? あるいは、来年度の当社の目標は 売上xx % 増の成長ですという掛け声に対する違和感を確実に実感したのは、早稲田大学大学院 入山教授の『世界標準の経営理論』(2019年  ダイヤモンド社)のかなり後半に書かれている「企業は死んではいけないのか」を読んだときでした。

そこに書かれている要旨は次のようなものです。

どの生物にも死があるように、企業もビジョンややりたいことが達成できたら、そこで死んでもいいはずだ

日経ビジネスが、「企業の寿命30年説」を提唱したのは1983年です。
以降、世界的に見た場合に、冷戦の終結、リーマンショック、そして現在、コロナ・パンデミックなどを経験しています。
また、日本だけを見ても、バブル崩壊、阪神淡路と東日本の大震災などの多発する自然災害、失われた30年などを経験し、盤石と思われた大企業でさえ脆くも破綻していく姿を目の当たりにしてきました。
入山氏が本書で書かれているように、資本主義社会においては、「企業は永続を目指すべきもの(ゴーイング・コンサーン)」という意味が内包されています。それを批判するものではないけれども、将来、「企業は死んでいい」ことを前提にしない株式資本主義は再考を迫られる可能性があるという、同氏の見解には大いに賛同します。

4.まとめ

ここまで、日本に存在する企業は、本当に成長しなければならないのかを、いくつかの書籍を通して考察してきました。
私が答えを持ち合わせているわけではありませんが、少なくともこれからの日本社会では(あるいは全世界かも)、「必ずしも成長、もっというと存続することを絶対条件にする必要はない」と考える企業が出てくる方が健全だと考えます。
昨今、企業の存在意義である「パーパス」を明記する企業が増えてきています。私たちの企業は「何のために在るのか」を問うものです。
もし、その会社がある目的を達成するために作られたものであるなら、その目的を達成したなら解散してはいけないという理由がありません。
場合によっては、外部環境の変化により、その企業が存在する意義や価値がなくなったり、あるいは需要が縮小することもあります。
前者の例では、20世紀を迎えるときに自動車産業に駆逐された馬車(産業)や、デジタルカメラの普及によりほぼ消滅したフィルム産業があります。
後者は、まさに私たちが迎えつつあるマーケットが縮小する日本そのものです。
知る限り、比較的多くの企業が、本来の企業の目的を脇に置いて、短期の利益追求や成長を「目的」としています。今年度になんとか皆が力を振り絞って達成した売上や利益は評価されるものの、すぐにやってくるのは、「今年はよくやってくれた。では来年はさらに頑張って、それを上回る売上、利益を目標とする」と言われて、うんざりしているビジネスパーソンも多いです。
なぜなら、成長は本来は「手段」であって「目的」ではないのに、「手段が目的化している」ことに気づいているからです。

では、従業員である私たちは「何のために働く」のでしょうか?
根底にあるのは、生活の糧である収入を得るためであり、その意味では、企業の成長と、安定収入あるいは給与の増加には正の相関関係があるといえます。
ですが、これも既に明らかにされていることですが、ある一定以上の収入を得ている労働者にとっては、金銭という報酬はあまり有効な動機付けにはなりません。価値観は人によって異なりますが、ラフに言うなら、私たちが真に求めるのは、今や、心を満たすことや、精神的に豊かであることです。常に「成長」という脅迫観念を持って働くことは、私たちの望むことから逆行していると言わざるを得ません。
また、河合氏や楠木氏の論から展開するなら、企業もそうですが、私たち従業員自身も付加価値を高めることによって、成長よりも利益を増やすことか、あるいは、その過程やアウトプットにより充足感・満足感を満たすかです。

まだまだ、言い尽くせていないことが多いですが、最後にひとつの提言をして終えたいと思います。

本当に自分を活かした働き方や生き方をしようと思うなら、今までの価値観を見直すことが大切です。これは企業の経営にも求められることです。
個人に限って考えるならば、自分の価値観や目的と、会社のそれとが違う場合や、ズレが生じてきた場合に、違和感とか苦痛を感じながらそこに居続けることは決して望ましいことではなくなるでしょう。
そのためには、自分の人生は自分で決めるという意志と、それを可能にするための能力やスキルを身につけて、「キャリア自律」を目指すことが求められます。
個人にすべて責任がかかるとなるとそれはそれでなかなか現実的ではありませんので、たとえば、個のキャリア自律を支援する「キャリア・コンサルタント(社外であれ、社内であれ)」という社会基盤の整備も大切になると考えます。

企業は成長しなければならないのかというと、必ずしもそうとは言い切れないし、人口減少やマーケットの縮小など、社会自体が成長を許さなくなりつつあります。
それでも私たちがこれからの豊かさを求めるためには、ひとつには自身のプロフェッショナリティを高めて付加価値を向上させることであり、それと大いに関わりますが、「キャリア自律」がキーワードです。
企業の成長を前提としない世界に適応するために!

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