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⑭YUKARI ジャズ・フルーティスト No.12 次なるステージへ

※先週からの続き 
いいようのない倦怠感に襲われて、ある朝ベッドから起きられなくなった。
診断は甲状腺亢進症。
かなり重篤なケースだった。
追い打ちをかけるようにネガティヴなことが次々起こる。
交際中だったボーイフレンド(今の夫)は、 既に仕事の都合でスイスに移り住んでいて、 スイスで療養することを勧めてくれていた。
そろそろNYから立ち去る時期が来たのかもしれないと、 朦朧とした意識の中で、無理やり自分を納得させていった。

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発症したのが2009年、2016年に結婚して同時期に本格的にスイスに移動した。
この10年間は本当につらかった・・・
 どれだけ泣いて、
どれだけもがいたか・・・ 

「10年かかって、やっと、あれは軌道修正のための転機だったと
捉えられるようになったと思います。」 
 

 西洋医学の薬は避けたかったので途中で自然療法に切り替えた。
家族に漢方や中医学に詳しい人間もいて、
スイスで休養しながら、あらゆる代替医療を試した。
質の良い食生活や睡眠を取り、 呼吸法や瞑想、薬効効果を調べハーブティを試す等、
根本からの体質改善を図った。
 時間はかかったが、日常生活には支障がでないくらいに体調は戻っていった。 

「誰にでもお勧めできるわけではないのですが、
私にはあっていたようでした。
ヨガも多様にあり、かえって疲れてしまうものもありましたが、
 体の声を聞きながら試行錯誤し、取り入れました。」 

2016年にリリースされたアルバム「SYNCHRONIC」は
以前のものに比べて自然に音が躍動している印象をうける。

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「あの時点での自分のスナップ・ショットのような作品で、
『高度なテクニックで格好よく演奏したい』という気持ちをいったん手放して
出てきたものをそのまま残しておきたいという意図がありました。」
 

時期的には病気の自分を受け止めはじめていた時だった。

「技術的に足りない部分、
例えば、息が続かないとか、息継ぎが粗いとか、
共演者との意識の交換や
パフォーマーとしての技量の足りない部分、
ネガティヴな、恥ずかしいと感じている面も、
敢えてさらけだしてみようと臨んだのです。」
   

7.次なるステージへ 

・自分の居場所 

今でもJAZZが好きだし、
 NYでの自分をぎりぎりに追い詰めながらも輝いていた生活を
思い起こすとつらくないわけではない。

マンハッタン音楽院の同級生の成功を垣間見れば、
心臓がバクバクと脈打ち、人並みの感情は沸く。
NYでの燃焼しつくした時間を思うと、熱いものが胸によみがえる。

ただ、今いる場所で、家族に囲まれ、幸福感で満たされているのと同時に、
次のステージとして、
新しいジャンルの音楽を創り出していこうとしていることで、
一瞬にしてその感情は消え失せる。 

「スイスに移ってから、更にそう思えるようになったのですが、 
夫は私にとって根を生やす場所をくれた人なのです。

社会学の研究者である夫と出会ったのは、
NYの友人宅の新年パーティでした。
有り体にいってしまうと、お互い、出会った瞬間、
全身が総毛だって、運命を感じました。

多くのカップルのように、 時間とともにいい部分もそうでない部分も見えては来ますが、
ずっと走り続けていた私に安住の地を与えてくれたのも彼です。」

娘の存在も大きい。
人生における優先順位は何か、より深く教えてもらっている気がする。
どちらかというと内向的だった自分の幼少期とは全く異なり、
生れた時から、意志の強い、開放的な彼女を見ていると、
人間の天性というものを改めて考える。 

病気を通じて理解できたこと、
その経験からできることは何か、
今目の前で取り組んでいる課題を思うと、
JAZZの世界で第一線を目指していた頃に、後戻りしたいとは思わない。

演奏活動は、一旦中断せざるを得なかったが、
「あれだけ情熱を注ぎ頑張ってきたのだ。
形は変わっても、音楽家としての道が閉ざされるわけはない」、と
心の底で信じていた。

そして今、自分の心地よい場所をみつけられたからこそ、
音楽活動自体が間違っていたのではなく、
取り組み方が違っていた、と思える。

そこに至るまでは、病気とも、自我とも、
孤独に戦うしかなかった。

求めるものを見つめなおし始めたとき、
徐々に活動を再開できるようになっていった。

太古の昔の音楽家のように、森羅万象すべての媒体として
インスピレーションを降ろす、という音の伝え方なら
演奏活動を続けられるのかもしれない、という思いに至ったのだ。

クラッシック、ジャズ、民族音楽と関わり、
音楽の世界でのあらゆる語彙を増やし、
聴く人の心の深いところに響く音を創り出す為に、
今までの経験があったのだ、と。

(次回に続く)

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