やばい、まじやばい! 大手から転職してきた人がもう何でも負ける人だった
やばい、まじやばい!
何がやばいって、うちの課にいた大野さん、超絶仕事ができるのに、もう何でも負けてくる人だった。
勝負弱さが尋常じゃない。負けない相手でも負ける。
大野さん、旧帝大出てて、超優秀なんだよ。
育ちもいいんだろうね。
いつもニコニコして、人当たりも良くて、言葉遣いもすごく丁寧で、絶対に嫌なこととか言わない。
人の悪口とか聞いたことがない。本当にいい人。善人の見本みたいな人。
歳は42歳で、俺なんかより一回りも上なんだけど、部長や課長だけじゃなくて、俺みたいなヒラにもちゃんとした敬語。
もう誰にでも敬語。派遣のおねえちゃんにも敬語。掃除のおじちゃん、おばちゃんにも敬語。
駅のキオスクおばちゃんにも敬語、ファミレスのウェートレスにも敬語。
一昨年、中途で大手商社からうちに来てもらった時は、すごくいい人が来てくれたってみんな喜んだ。
仕事もできる度がハンパない。バリバリできる。
クオリティ高いうえ、すごい集中力で尋常じゃないスピードで仕事をこなす。
人の倍どころじゃない、3倍から4倍ぐらい平気でできちゃう。
語学もすごい。英語はネイティブ並み。
スペイン語も、中国語も日常会話ぐらいならできるって言ってる。
やっぱ大手から来た人は仕事できるわーって思ったよ。
言うこと的確で理路整然としてるし、話に説得力あるし、滑舌もいいし、人格者だし、おまけに仕事も超絶できる。
こりゃすぐに昇進して新しい課長になるって誰もが思ってた。
うちはそんなに大きくない会社だから、すっげー出来る人が来たって社内中で評判だった。
ところが、超絶仕事ができるのに、人との折衝、交渉がまったくダメだった。ほんとにダメ。てんでダメ。とことんダメ。
取引先との交渉は負ける、負ける。とにかく負ける。
何一つこっちの言い分通せない。
バーターで超楽勝な会社なのに、お約束の発注量を減らされちゃったうえに、値引きまで飲んできた時は、ホントぶったまげた。
「どうしてそうなったんですか?」って泣きそうな顔で課長が聞いても、
「いやーー、どうしてでしょう」って頭かいてるだけ。
”どうしてでしょう”じゃないだろ。
社内調整も同じ。
他部署と交渉も必ず負けて帰ってくる。何一つこっちの要望を通せない。どころか、相手の要望まで受けて来ちゃう。
得意先からの大量発注が来たビッグチャンスに、課長が大野さんに工場に緊急増産の要請に行かせた時なんかひどかった。
工場も稼働率アップできるから悪い話じゃないはずなのに、持って帰ってきた答えは、
「無理!」
「今後は増産要請は3か月前までにすること!」
っていう工場側からのよもやの逆注文。
「どうしてこうなっちゃうの?」って、まじ本泣きで課長が聞いても、
「いやー、工場サイドもいろいろご都合があるようでして・・・」って頭かいてるだけ。
ご都合ってなんだよ、どうして社内に敬語使ってるんだよ。
課内でも同じ。
最初はみんな大野さんをリスペクトして素直に話を聞いてたけど、そんな雰囲気なくなったら、若手に軽く言い負ける。・・・どころか、派遣のおねえちゃんにすら負ける。完全に論破される。
「なぜですか?」 とか「どうしてですか?」って聞くと、頭が真っ白になっちゃうようで、「なぜと言われましても・・・」って黙っちゃうか、「どうしてでしょうね」って困った顔で言う。
反論されると、急に気弱になって「確かにおっしゃる通りかもしれませんね」とか「そういう考えもありますよね」ってすぐ折れちゃう。
派遣のおねえちゃんに「忙しいから無理」とか「今じゃなくてもいいでしょ」って言われると、「・・・ですよね」ってなるし、「そんなに急ぐんなら、大野さんがやってよ」って無茶言われると「私がですか?」って悩みだしちゃう。 で、悩んだあげく引き受けちゃう。
そんなこんなが度重なって、これちょっとやばい人なんじゃないかって、さすがに鈍い課長でも気づいた時は、大野さんは大量の書類の中でパンク寸前って感じだった。
自分の仕事の他に、課内で押しつけられた仕事、他の部署から引き受けた仕事(押しつけられた仕事もあったけど、優秀なのでけっこう頼られることもあったみたい)、はたまた取引先から引き受けた社内ゴルフコンペの予約のような雑用やらを目いっぱい抱えて、一人で馬車馬のように働いていた。
残業につぐ残業。月間100時間は超えてた。
休日出勤なんて普通にやってた。二ヶ月は軽く休んでなかった。
顔色悪し、痩せてきてたし、いつ倒れてもおかしくないような感じだった。
「どうしてこうなっちゃってるの?」って、課長が聞いても、
「いやー、どういうわけか一人でやることになってしまいました・・・」って頭かいてるだけ。例によって。
課長は自分の管理責任が問われるーって頭抱えてたよ。
だから、社長室から大野さんの引き合いがあった時は、課長はほっとしてた。喜んで大野さん出したよ。
大野さん、社長室の企画資料なんかも引き受けてて(しかも英文で)、休出しては社長や役員に説明してたらしい。
なので、大野さんの人事は社長の引き合いだったんじゃないかというのがもっぱらの噂。
あの頭の回転の良さ、弁舌、仕事の完成度、人当たりの良さを目の当たりにしたら、普通の人なら惚れるよ。
社長直轄の社長室は、社内から反論されるようなことはまずないから、大野さんにすごく合ってたんだろうな。
大野さんは社長室に行って半年足らずで社長室室長に大抜擢。
40代前半で部長クラスになっちゃったから、間違いなく役員コースに乗った。
世の中何が幸いするかわからんもんだなーって、課長がすっげーぼやていてたよ。
で、明日のフライトで大野さんは社長の特命で単身デトロイトに飛ぶ。
先週、社長室の同期から聞いた。極秘情報ってことで。
この円安に乗じて敵対的買収をうちに仕掛けてきたヘッジファンドに乗り込んで、直談判するんだそうだ。
大野さんが作ってた英文企画資料がどんぴしゃこっちの切り札になるらしくて、英語もネイティブ並みなこともあって、社長が全面的に大野さん信頼して行かせるんだそうだ。
「いやー、どういうわけか一人でやることになってしまいました・・・」って、どこかで聞いたようなこと言って、大野さん頭かいてたらしい。
多分、うちの会社終わった。
転職先探すわ。
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