
老夫婦の定食屋さんで食べるすき焼きうどんが沁みた
たまに夜道を歩きたい気分の時がある。
そんな時はいつも一駅手前で下車して、30分かけて歩いて帰るのだ。
最寄りの一駅手前は、こぢんまりとした地方の繁華街。
たくさんの飲食店が立ち並び、そこかしこから美味しそうな匂いがする。
おしゃれで今っぽい居酒屋の店先で楽しげに話す人や、笑顔で客を見送る店員。
そんな中にひっそり佇む、お店があった。
鍋焼きうどん780円とだけ書かれた店先の看板。
ちょっと覗くと地味な店内にはお客さんはほとんどいない。
それでもなぜか暖かくオレンジ色に光って見えた。
何度も通った道で、どうして気がつかなかったんだろう。
気になりすぎて、ついに今日入ってみた。
「いらっしゃい」と老夫婦が声かけてくれて、席につく。
ボトルに入った麦茶は謎にめちゃくちゃ美味しい。
他人の家の麦茶ってなぜか異常に美味しいと感じる、あの現象だ。
鍋焼きうどんのつもりで入ったけど、すき焼きうどん定食に惹かれる。
注文すると、2人してキビキビと作り始めた。
「ほら、あれが〜」
「え?」
「あれよ、あれ」
たまに発生する、他愛ない夫婦のやりとりが完全に実家のような雰囲気を醸す。
おばあちゃんちのような店内には、信じられないほど古風なレジの機械が。
雑然としているけどなぜかめちゃくちゃ居心地が良いんだよなー、という店内。
何より気張ってない。

最近は、ミニマルに部屋をスッキリさせて、居心地良くおしゃれにしよう、みたいなものが流行ったし、私もそれがいいと思っていた。
でも、そうやってスッキリすることで大事な何かを失っていっているような気もする。
おしゃれだからという理由で適当に買われたインテリアよりも、こだわって愛着のある品がたくさん置かれた空間の方が落ち着くのだ。
そして、熱々のすき焼きうどんが到着。
グッツグツに煮えたぎって運ばれてきた。
「熱いから気をつけてね」という一言とともに。

「はぁ…(お出汁が染みる)」というため息が漏れるような味だった。
先に安心感が心に到達して、美味しいが遅れて到着する感じ。
全ての具材がくたくた煮えてて、おうどんも柔らかめなのが、本当におばあちゃんに作ってもらったご飯みたい。
大きめの音でテレビがかかっているもの、老夫婦がごちゃごちゃ喋っているのも含めて「お食事」だった。
私のことを気にしてない人たちがいて、社交をしなくてもいい。
でも1人でご飯を食べているわけじゃない。
この距離感が、最高に楽だった。
880円とは思えないほどの大満足。
あまりお客さんが入っていないけど、なくなってほしく無い場所だから、これからも通い続けるでしょう。
今度は鍋焼きうどんにしよう。
《おわり》