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#0 彼を失った。でも、自分自身を見つけた
SHE LOST HIM.
真っ黒な画面に映るその白い文字は、目を瞑れば浮かぶほど心にくっきり残った。
どうしてかはわからない。
それは、まだ彼と付き合う前のことだった。
でもいま振り返ってみると、もしかしたらそれは数年後のわたしに向けたメッセージだったのかもしれない‥‥‥
Out of The Woods
テイラー・スウィフトが好きだ。
中でもとりわけ好きなのが、「Out of The Woods」という曲。
彼女の楽曲はお店のBGMなどでもよく使われるから誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。
ファンはとても多いけれど、「Out of The Woods」を好きという人は決して多くはない気がする。
なぜなら、とても個性的な調子の曲だから。
独特のシンボリックなメロディーが、冒頭から何度も何度も繰り返される。
そして、畳み掛けるように同じフレーズを繰り返すサビが印象的だ。
ズンズンとお腹に響くビートと明るく力強い歌声がクセになり、何度も聴いてしまう。
そしてなんと言っても意味深な歌詞。
「もう林を抜けた?」
「視界は開けた?」
このフレーズがひたすら繰り返されるのである。
モヤモヤしたり葛藤することの多かった私は、大学時代に何度もこの歌を聴いて自分を鼓舞してきた。
「今は森の中を彷徨っているけれど、いつかは抜けられる」
こんな希望が湧いてくるこの曲は、私にとってのファイトソングだった。
実は歌詞をよく聴くと失恋の曲なのだが、大学生だった当時の私は失恋はおろか、恋愛すらまともにしたことがなかったから、恋の描写にはうまく感情移入できなかった。
ただただ痛快な曲調とファイトソング的な歌詞が聞いてて楽しかったから、聞いていた。
まさか数年後に、心にブッ刺さってしまうとは夢にも思わずに……
初めての恋
そんななか、ついに人生で初めての彼氏ができた。
大学四年生の頃である。
ちょうど卒論を終えたばかりの頃、研究室で教員に厳しいことを言われて弱っていた。
昔から、専業主婦の母のようになりたくなくて、いい大学を出ていい仕事について自立するのが夢だった。
だから、配属された研究室で研究をがんばって専門的な職業に就くぞ、と意気込んでいたのだ。
でも、ハイレベルな研究についていけず落ち込むことも多かった。
そんな時、飲みに誘ってくれたのが彼だった。
感情豊かで優しい彼といると楽しくて時間があっという間に過ぎた。
あぁ、この人なら甘えてもいいかも。
そんなことを思ってしまった甘やかな春の夜だった。
彼氏ができたことに、完全に私は浮かれていた。
憧れていたことが自分の身に起きている不思議。
しばらくして気心が知れてくると、ふざけ合う時間も増えた。
彼の部屋でダラダラ過ごす休日は2人だけの楽園だった。
2人にしかわからないあだ名で呼び合い、小さい頃の思い出とか好きな漫画とか、他愛もない話を取り留めもなく話した。
気づけば付き合ってから何度目かの春を過ごしていた。
人生の岐路で惑う
そして大学院を卒業した私は希望する会社に入社し、念願の自分で稼ぐことができるようになった。
やっとここまで来れた、という気持ちで安堵した。
……なのに、なぜだか全てがうまくいかなかった。
自分のやりたいことに挑戦しなさいと言われても、やりたいことが見つからない。
やらなきゃいけないことを誰かに与えて欲しかった。
これまで勉強しかしてこなかったから趣味がなく、人と馴染めない。
人とのコミュニケーション不足で仕事がうまく進まないこともしばしば。
悩みすぎてだんだんと仕事が手につかなくなり、一生懸命仕事をしているのに評価されない。
会社への不満で常に心がパンパンにはち切れそうだった。
「あぁ、しんどい」
メンタルの浮き沈みも激しく、家に帰ると彼に電話をかけてずっと話し続けていた。
そんなとき友人が結婚したのを機に、私も結婚したいと考えるようになった。
人生を次のステージに進めれば、しんどくても仕事を頑張れるはずだと思ったのだ。
コツコツ集めてきたスタンプラリーの「いい仕事に就く」の欄の次は、「パートナーを得る」だったから。
どこか焦るように、彼と結婚しようと話を進めた。
しかし、どうしても違和感があった。
彼を一生支えていける気がせず、踏ん切りがつかなかった。
……それもそのはず、ただスタンプラリーを集めたいだけの私には、他人と生きていく覚悟が足りなかったのだ。
違和感を突き詰めると気がついてしまった。
「私、彼のことを本気で愛してはいない」
「彼もまた、同じだ」
私たちはお互いに心地良いから一緒にいた。
一緒にいると楽だったけれど、ただそれだけだった。
苦しいことも乗り越えていけるビジョンがなかった。
結婚すると思っていた状態からの失恋。結構ヒリヒリした。
会社の人間関係もうまくいかなければ、親とも結婚のことで揉めてしまった。
もういっそのことスッキリしたい、と思って会社の寮を出て1人暮らしを始め、親とも距離を置いた。
ハートブレイク、自分の心に耳を澄ます
私はひとりぼっちで、空っぽだった。
最初は寂しくて気が狂いそうで時間を持て余した。
飲み会で酔っ払って1人の部屋に帰宅した時、休日に寝てしまって変な時間に目覚めた時。
空白の時間にポンと投げ出されたようなとき、寂しくて彼に電話をかけそうになる。そんな自分をその都度がんばって取り押さえてきた。
休日はぼんやりと過ごすことが多かった。
でも、ひとしきりぼんやりしたあと有り余る時間のなかで、自分は何をしたいのか考え始めた。
断食もして心と体を空っぽにして、自分の中に耳を澄ませた。
すると徐々に、自分のやりたいことが浮かぶようになってきた。
心の赴くままに、本を読んだり文章を書いたり、綺麗な美術や景色を見に足を運んだりするようになった。
夏には一人旅も敢行して、私の心はどんどん外へ外へ向かうようになった。
偶然出会った人に素敵な言葉をかけてもらうこともあった。
すると不思議なことに、これまで意識しなかったようなものに感動するようになった。
自分の目を通して見る世界がとてもキラキラしていたことに気がついた。
頑張って何かを手に入れなくても、ただこの美しい世界で生きているだけで幸せだった。
いまだかつてなく心が満たされて不思議な気持ちだった。
「目に映るすべてのことはメッセージ」の状態だった。
視野が広がると見えてくるもの
すると、今まで見えていなかったあるいは見ようとしていなかった自分の醜さも、否応なく見えるようになってしまった。
きっかけは、同じチームのスタッフの対人トラブルを解決した場面だった。
周りがあまり見えていないその人の言動を見るうちに、だんだんと私は不思議な気分になってきた。
「あれ、この人、もしかして私に似ている……?」
その人の自分が正しいと思って周りを見下す姿勢は、私そのものだった。
これまで居心地が悪いと会社の愚痴を言い、環境のせいにしていた。
でも、他人の言動にばかり敏感になって不平不満をいう一方で、自分の言動については全く頓着しなかった。
「他人って自分の鏡なんだ」
私は気がついてしまった。
自分のダメなところに気づいてしまうのはきつかったけれど、不思議と辛くはなかった。
むしろ、あのまま気づけなかったらと思うと恐ろしかった。
いまだかつてなく内面的な成長が得られた出来事だった。
視野がぐんと広がり周りの素晴らしさにふれ、同時に新たな視点で自分を見つめ直すと、幾つもの感情で心が彩られる。
失恋の痛みなどすでにどこかへ行っていた。
「あれ、人生で一番充実した時間を過ごしている気がする……」
まるで何か憑き物が落ちたような気分。
そんな時、ふと久々にテイラースウィフトの「Out of The Woods」を聴いた。
SHE LOST HIM.
波のざわめきとともにこの文字が浮かぶ。
その束の間の静寂を、すぐに冒頭の鮮烈なメロディーが打ち破る。
浜辺に立っていたドレス姿のテイラー。
彼女が歩きだすと地面から木々が生えて生い茂り、彼女の行方を阻む。
木々は彼女の衣服をビリビリと破り、彼女はボロボロになりながらも森を進んでいく。
やがて次第に木々に絡めとられて身動きが取れなくなる。
場面は変わって吹き荒ぶ雪の中。
狼たちに追われて断崖絶壁に追い詰められる彼女はついに崖から身を投げる。
雪の中、雨嵐の中、土砂降りの中、彼女は何度でも地面に倒れ込む。
しかし、彼女は何度も起き上がる。
そして最後。
ボロボロの彼女は、冒頭の浜辺に戻ってくる。
そこに立っていたのは、綺麗なドレス姿のテイラー。
歩き始める前の彼女だ。
ボロボロのテイラーは彼女の肩を、後ろから掴んだ。
彼女は振り返る________
と、暗転。
SHE LOST HIM.
BUT SHE FOUND HERSELF.
この文字を見た瞬間、雷に打たれたような気がした。
まるで私の心のうちをまざまざと見せられているようだった。
私も彼を失ったけれど、私自身を見つけたのだ。
反対に言えば、彼を失わないと見つからなかった。
あのまま結婚していたら、そのまま穏やかに暮らしていたかもしれない。
それはそれで幸せだっただろう。
でも、本当に楽しいことを知らずに人生を終えていたかもしれない。
なんでも許容してくれる彼に甘んじて、自分のダメなところを直視できなくなっていただろう。
わがままなお姫様として不貞腐れていた。
自分の心に耳を傾けることなく他人の言動に一喜一憂して、本当の自分ではない自分を生きていただろう。
彼とは別れられるけど、私は私自身と別れられない。
シンプルだけど、この事実にやっと気づいた。
そもそも私自身を愛せないのに、誰も愛せないのだ。
自分自身が見つかっていない頃は、ただただスタンプラリーを集めるように生きてきた。
コツコツ集めたら、他人や社会の言う幸せが手に入ると信じて疑わなかった。
なのに、集めれば集めるほどなぜか心は満たされず、澱んでいった。
でも、自分自身を見つけたいま、スタンプラリーの台紙はもういらない。
これからは真っ白な紙の上で、満たされた自分の心だけ大事に抱えて生きていこうと思う。
どうやら私は林を抜けたみたいだった。
最後に…
私が林を抜けるまでの自分の思考や気づきを連載記事にしていこうと思います。
その時々に出会った人、本、心に残った言葉などを織り交ぜて。
もしよければ、これからも読んでくださいね。
#1書くことで自分をさらけ出す、傷を見つめると癒される。
#2 自分の容姿を好きになれた、自分自身がストレスじゃなくなった。
#3 お金のマインドブロックを外すこと。はじめて趣味を持った。旅に出た。
#4 親とのわだかまり、心の傷と生きづらさに本気で向き合う覚悟を決めた。
#5 自分のことをわかりたい。でもそんな自分に疲れた。
#6 人は自分の鏡だと気づいた。「安心感は尊敬の裏返し」にショックを受けた。
#7 自分の心がいかに貧しかったか、思い知った。自分を満たすことの大事さ。
#8 悔い改める、の意味に気づいた。自分に敏感になること。
#9 ホ・オポノポノとの出会い。自分とか、ない。全て手放そう。
#10 変われないどうしようもない私をぎゅっと抱きしめて、明るくあきらめる
最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。
いいことありますように。
《おわり》