頑張り屋さんを改めよう。
あなたの長所はなんですか?
私が聞かれたら以前はこう答えていた。
"頑張り屋"です。
昔から、周りからもよく言われていた。
当然のごとく自分の長所だと捉えていた。
"頑張る"が口癖。
学生時代は頑張ることで結果がついてきた。
小1からやっていた新体操もそう。
第1志望しか行きたくなくて公立を1校に絞った高校受験もそう。
浪人してまで叶えた大学受験もそう。
頑張ることが自分のためであり
頑張ることで自分を鼓舞してきた。
頑張っている私が私であり、
頑張っている状態が当然だと思っていた。
社会人になって初めてぶつかった壁。
"頑張ります"その一言ではどうにもならないことがある。
追われている仕事を気力で乗り切ることも、
頑張って作り上げた資料も上司の意向、会社の意向で
手のひら返しになることもある。
むしろそんなことばかりだ。
そして、頑張る=自分でなんとかするそう思っていた。
他人に頼るという選択肢がなかった。
終わらない仕事に追われ、やりきれない自分に落ち込み、
なぜもっと頑張れないのかと自分を責める。
頑なに張っている。肩肘張ってキーッとなりながら
神経をすり減らし、自分を押し殺し。
"頑張ることが正義”なのだろうか。そんな思いに至った。
ヨガには、"ヤマ"(してはいけないこと)という教えがある。
ヤマの一つ目は、"アヒムサ"=非暴力
他人を傷つけないということ。
他人に優しくすればいい?その前に自分じゃない?
自他ともに傷つけないということ。
もっと頑張らなきゃ、こんなの私じゃない。やるしかない。
こんな言葉ばかりかけていた。
まさに”頑張る”ということが自分を傷つけている。
自分を蔑ろにしているのである。
もちろん、やらなければいけないことはある。
頑張らないといけないこともある。
ただ、そんなに追い込む必要があるんだろうか。
やるしかない、しょうがないで自分を押し殺していいのだろうか。
今やっている行いは自分を傷つけていないだろうか。
自分を大切に生きているだろうか。
ふと立ち止まること。
時には“十分だよ、よくやってるじゃん“そう声をかけてあげてほしい。
自分を追い込むようなその言葉かけから改めてみる。
そうすることで行動も変わってくる。
今日はここまでにしておこう。明日ヘルプを頼もう。
日々の何気ない口癖、頑張らなきゃという背負いすぎる想いを、時に振り返る。
自分に優しい言葉をかけてあげよう。
自分に優しい行いをしてあげよう。
あなたはもう十分頑張っているよ。