隣に座ったのがクラスで一番苦手なあの子だった❕😱~子どもの頃は誰とでもすぐに仲良くなれた話~
☘️子どもの頃の思い出☘️
あれは5年生の時だったかしら
席替えをした時に
隣に座った子が
クラスで一番苦手な子だったんですよね
『最悪❕こいつの隣かよ』
あれ?わたしのこころの声聞こえた?
相手の子もわたしが隣で
最悪って思ってて
『わたしも最悪❕💢』と
返したくらいにして
2人で次の席替えまで
地獄じゃん・・・って
ため息ついてたのよね
それがね
次の席替えをする頃には
なぜなのでしょうか?
お互いに好きな子を教えあうくらい
こころを明かし合う仲になっていたんです
隣の席じゃなくなるのが
残念で・・・
わたしがその学校から
転校する時も
別れを惜しんでくれて
泣きながら縦笛で
『ふるさと』の曲を吹いてくれてね
校庭の石にメッセージを書いてくれて
忘れないでねって渡してくれて・・・
あれからもう何十年もたっているけど
わたしのこころはまだ温かいままです
子どもの頃は
超苦手で
合わない子とも
こんな風に
こころ通じ合えることが
よくありました
その子ともたくさん喧嘩をしましたね
本音でぶつかりあっているうちに
いいとこあるなと気づいて
仲良くなっていたんですよ
大人になるにつれて
一見平和で
表面的には仲良くしていても
こころが温まらない交流が
増えてきました
こころの隠し事が増えてゆく
嫌な思いをしないための
傷つかないための
処世術を身につけてゆく
社会がそうさせてゆくような
気がしています
それが『大人』になると
いうことのようにさえ感じます
『大人』になるにつれて
こころがどんどん冷たくなって
ゆきました
わたしは以前
シュタイナー教育の勉強を
していた時期があって
シュタイナー学校の子どもたちは
なにかあると
みんなで集まって話し合いをするのだそうです
輪になってね
ちなみに
学校のあの配置
先生が教壇に立ち
生徒が前に座る
あの配置は上下関係
支配関係を生む
座り方なのだそうです
輪は
対等な関係を感じさせます
輪になって
ただただ
自分の考えを明かし合うことを
するのだそうです
ベースに信頼があります
シュタイナー学校は
クラス替えがないんですよね
兄弟のように
同じ友達と長い間共に学びます
話し合いの際
結論を出さないんです
なにかを一致させようとはしないの
ただ相手の思いを聴くだけ
それね
すごくいいなぁって
思ったのです
いろんな意見があって
正しさがないような世界
ただなるほどなぁって思う
自然となにかに気づいて成長してゆく
教えなくても大切なことに
自分で気づいてゆくんです
子どもの時はね
その感覚があったのだと思うの
正しさに支配されてないの
こうあるべき❕
という狭い世界がね
仲良しになれない理由
相手の立場や状況
相手の感覚をただ感じてみる
それだけでよいのかなって
思うのだけど
それが大人になるにつれて
物事を推し量るようになるので
難しくなってゆくんですね
クラスみんなで仲良くなれなくなるのは
3年生くらいからが多くなるそうです
なぜかというと
『違い』に気づくからなんだそうなんです
優劣を感じるようになるんですね
価値判断が入ってくる
学校ですと
勉強が出来る子
運動が出来る子
など評価されやすいものを
もっている子が
優れていると思いやすいかもしれません
評価はこころを冷たくしますね
そして人のこころを分けます
いま
子どもの頃の純粋な感覚を
取り戻す必要をとても感じています
そして
相手の話を本当の意味でよく聴き
相手をよく知り
どの人も素晴らしいことに気づき
立ち位置や状況や感覚を感じる智慧も
学ぶ必要を感じています
こころをね自然に温めあえる関係性が
人に力を与えます
なかにはね
目と目が合っただけで
こころ通じ合えて
ハートが温かくなるような
交流もあります
言葉がいらないの
どの人とも
それが出来たらしあわせです
わたしの夢のひとつです
その夢が叶うまで
どのくらいの時間がかかるかしら?🕰️
そんな世界が早く来るといいなぁって
願っているのです