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★無料記事★[interview]#19 窪川典子さん(織座農園/佐久穂町)
この連載は…
長野県の一人出版社・八燿堂によるポッドキャスト「sprout!」の文字起こし+番組未公開パートです。長野県でさまざまな活動する人たちへインタビューしながら、長野県の人、活動、街の魅力をたっぷりご紹介していきます
そして、この記事は2024年12月21日に刊行した『sprout!』のムック版にも掲載されています。本の立ち読みの意味も込めて全文無料で読めるようにしました。ぜひご一読を!
長野県南佐久郡佐久穂町にある織座農園は、約40年にわたって地域の有機農業を牽引して来た。……と書くと、農園主の窪川典子さん(以下、親愛の情を込めて典子さんとお呼びします)は謙遜しそうだが、豊かな自然とふくよかな土、数多くの研修生や子どもたちに囲まれて暮らす風景に、ひとつの理想形を見出してしまうのは、きっと筆者だけではないだろう
取材・文=岡澤浩太郎(八燿堂)
写真=丸田平、藤本真璃子(*)
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■プロフィール/窪川典子
三重県鈴鹿市出身。東京で暮らしたのち、長野県南佐久郡南相木村で1986年から織座農園として有機農業を始めていた夫・眞さんと合流し、教職から転身して同地へ。1987年に同郡八千穂村(現・佐久穂町)に移り、八ヶ岳の標高1000~1200mの寒冷地で無農薬無化学肥料の野菜を育てている
※インタビューのダイジェスト+αはポッドキャストで公開しています
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もがき続けて38年
岡澤浩太郎(以下、岡澤) 織座農園は1986年、ご夫婦で始めたそうですね。長野県内でも有機農業がさかんな佐久地域のなかでも、先駆けのひとつです。
窪川典子さん(以下、典子さん) 長いだけよ(笑)。もがいてもがいて、さまよい続けて38年。だって、わからないもん。自然のことも土のことも微生物のことも、わからないことばかり。
岡澤 やればやるほどわからない?
典子さん うん。毎年違うし、ひとりでもがいて頑張ったってさ、(敷地の)上の畑なんて草だらけだし。
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典子さん 昔は私も一生懸命に草を取ってたんですよ。だけどやっぱり草を取ることのマイナスも、やるごとに見えてくる。草がないと地面が渇いちゃうし、草は土を肥やしてくれるから。草は太陽の光を一身に受けて空気中の窒素を固定して育っているわけです。それがまた土に還るわけでしょう。うちは雑草が大量にあるから、そういう意味ではすごくいい畑だと思うの(笑)。
まあでも、自分のつくり方は上手くないんだろうなと思うけど。
岡澤 そんなことはないでしょう(笑)。
典子さん 昔はね、有畜複合経営を目指して、ニワトリやウシやヤギを飼って、蓄糞を農園で使いながら持続可能でありますようにと願ってやって来たの。買った飼料は一切与えないで本当に身近なものを与えていたから、ウシやヤギのエサを確保するのがすごく大変で。冬は藁だけどそれ以外は毎日夕方になると刈払機で草を刈って軽トラで運んで……。
だけど、22年前に夫(窪川眞さん)が突然亡くなって。農業を辞める選択肢は私のなかにはなかったんだけど、どうやってひとりでやれるか悩みました。そのうちに動物もみんな死んでしまって。やっぱり、ひとりでは限界がありましたね(笑)。
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典子さん いまは、(長野県南佐久郡)南牧村の有坂さん(注・有坂満さん。平飼い自家配合飼料養鶏を営む)と物々交換で鶏糞をもらってきて、その範囲でやっています。落葉で踏み込み温床をつくって、糠と鶏糞を合わせた発酵熱でトマト、ナス、ピーマンの苗をつくるという、昔ながらのスタイルは変えていません。
それがヒントかもしれない
岡澤 スタイルを変えなくても、毎年違うことが起こるんですか?
典子さん うちは落葉温床のあとに落葉と鶏糞と燻炭を入れて苗土をつくっているんだけど、1年目の落葉だと若くて再発熱しちゃうから、もう1年置いたのを使うんです。
だけど今年(注・取材は2024年に行った)は3月の頭に雪が降ったから落葉が取れなくて困ってたんですよ。それで苦し紛れに、もう一回発酵させたらどうかなと思ったの。それで、ちょうど広島からうちを訪ねて来てくれた、有機農業10年目くらいの人に、固まった温床を下からひっくり返してもらって、そこに糠と水と鶏糞を混ぜたんです。
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典子さん でも、こっちは寒いから3月の初めに種を蒔かないと間に合わないでしょう? だからちょっと、私が焦ったんだな。時間が足りないと思って。そうしたら発酵熱で苗が焼けちゃった。
岡澤 あらら……。
典子さん だけどふと脇を見たらね、去年落ちたミニトマトの種が発芽してたの。いつもだったらそれでは間に合わないんだけど、苦し紛れで一番よく育った苗を鉢上げして養生したわけですよ。そうしたら、それが一番良かったの。天井まですくすく育って、さらに枝も広げて。あんなにミニトマトを収穫した年はないくらい大豊作だった。
岡澤 へぇ……わからないものですね。
典子さん だけど、そこにヒントがあると思いません? 土と、そこで冬を越した種の生命力。もう、いろいろなことが良くも悪くもすごくドラマティックなわけ。それが勉強なんですよ。だから、「絶対にこれ」とは私は言えない。
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岡澤 でも、わからなくても大切にしていることはあるわけですよね?
典子さん 私はやっぱり、「持続可能である」ということをすごく考えるの。そこにあるものをどうやって生かして、みんなが食べるものにしていくのか。私は、市販の肥料を使わずに試行錯誤。失敗の連続だけど、長いことやって来てひとつわかったのは、子どもが野菜を嫌いな原因は、野菜が苦いから。だけどうちで一緒に料理してると、例えば子どもがダイコンをつまんで「甘い」って言うわけ。親はびっくりするんですよ、「うちでは食べないのに!」って。そういうのもヒントですよね。
織座農園の始まり
岡澤 織座農園の始まりの話を聞きたいんですが。眞さんや典子さんがそもそも有機農業をやろうと思ったきっかけはなんだったんでしょうか?
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典子さん 有機農業をやろうというのは彼が言い始めたんだけど、「どうやったら(地球環境や人間の体などに)負荷をかけないで生きていけるか」という共通の思いが二人にあったんです。それから、私の母親が農家の出で、自分で家庭菜園をやっていたんですよ。だから多分、私も小さい頃から有機野菜の美味しさを知っていたんだろうね。
岡澤 畑はどうやって始めたんですか?
典子さん 東京で結婚してからは、自分たちで食べる野菜は自分たちでつくっていたんです。空いている貸農園や農家の庭先を借りたりして、いま考えたら一反ぐらいやっていたと思う。有機農業という感覚は私にはなかったんだけど、週に一度だけの農業でも食べきれないほど結構たくさん採れたの。確率で言えば、いまより採れたかも(笑)。
岡澤 やり方は独学だったんですか?
典子さん その頃は研修も何もないから(笑)。まわりの人に教えてもらったり、種を蒔いてから考える実験の連続です。
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岡澤 その頃から農薬は使っていなかった?
典子さん もちろん。夫はよく本を読んでいたけど、私は誰かから教わったわけでもなくて、負荷をかける恐れがあるものは一切使いたくないという感覚が強かったから。まわりの人は「薬を撒け」って言うけど、「いやいや、撒くべきじゃないでしょう」と。
岡澤 先ほども「できるだけ負荷をかけない」という話が出ましたが、そう思うようになったきっかけは何ですか?
典子さん 小さい頃から環境問題に引っ掛かりがあって。私は四日市ぜんそくが起こった三重県四日市市のすぐそばで生まれ育ったから、あの強烈な臭いを子どもの頃に体験していたんです。化学物質の正体が何なのかはわからないけど、あり得ない、わからないものは、使っちゃダメだという感覚があったんだろうね。
「青空がきれい、広い」、ただそれだけ
岡澤 お二人は東京で暮らしたあと南相木村に移住します。これはどういう経緯だったんですか?
典子さん たぶん1984年頃に有機農家として就農しようと思って、土地探しを始めたんですね。夫が山好きで、『山と渓谷』を購読していたんだけど、そのなかに空き家情報が載ってるわけ(笑)。それを伝って千葉や埼玉、山梨も見たし、北信の信州新町(現・長野市)の空き家を見に行ったりしたんだけど、ちょっと合わなくて。
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典子さん それで、東京に帰ってくるときに通った国道141号線の道筋で、「青い空が美しすぎて、ここなら住めるかも」って思ったの。あとで南佐久っていうんだと知ったんだけど。それからこの辺に焦点を当てて家探しが始まって。そうしたら、たまたま南相木村の村長と知り合って、「一軒空いている」と。それで住み始めたんだけど、私はそこには住まず東京から4年間通っていました。
岡澤 その後、典子さんは当時教職に就いてましたが、眞さんと合流して農家に転身することになりますよね。これはなぜですか?
典子さん うーん……、教員も楽しかったんですよ。でも、「これでいいのかな」っていう疑問はつねにあって、もがいていたというか。
例えば、子どもたちはもうちょっと絵を描いていたいのに、授業の終わりの時間で途切れてしまう。私自身がそういうことに違和感があったの。反対に一日中絵を描くことを保障すると、子どもの集中力が高まったり、ものを見る力につながったり、そういう体験をいっぱいさせてもらって。
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典子さん それで、夫と離れて暮らすのもあんまりよくないと思ったし、4年で踏ん切りをつけて、「えいや!」って。
岡澤 そして南佐久郡八千穂村(現・佐久穂町)に場所を見つけて、1年後に南相木村から移ります。現在の場所である大石地区は石だらけの土地だと聞いたことがあるんですが、そんな土地をどうやって開墾したんですか?
典子さん それは彼が頑張ってくれた。横浜でたまたま知り合った人が、使わなくなったバックホーをここまで持ってきて寄付してくれたんです(笑)。
岡澤 寄付! 標高が1000m以上ありますよね。冬の寒さとかそういうのは……。
典子さん 何も知りませんでした(笑)。ただ、「青空がきれい、広い」っていうだけで来ちゃったから。
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典子さん 冬はもう、本当に寒かったわよ。だって最初に建てた掘っ建て小屋は壁なんて鉄板一枚で、ちょっと隙間が空いてたんですよ。それで朝起きたら、枕のまわりが雪景色(笑)。そんな笑い話はいっぱいありますよ。
でも、それをイヤだとは思わなかったんです。朝起きて外に出るじゃない? そうしたらもう、本当に『サウンド・オブ・ミュージック』の世界みたいで、楽しかった~。やっぱり私、この景色が好きなんだなって思うの。そうじゃなきゃ、ひとりで草と格闘するとか、多分やれないと思う。
岡澤 つらいよりも楽しかった?
典子さん うん、それが原動力かな。
知らずに「提携」していた
岡澤 有機農には「提携」という仕組みがありますよね(注・生産高に限らず消費者が年間購入分を生産者に先払いすることで有機農家の生業を支える相互協力関係)。織座農園も提携でやっているんですか?
典子さん いまもずっと提携でやってますよ。私にはそれしかないから。
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岡澤 ほかのやり方はしなかった?
典子さん 最初は彼ひとりで細々とつくっていたから、売り先はないですよね。それで、昔調布に住んでいたことがあったから調布で売り先を探したんですよ。調布生協という5000人規模の小さな生協に営業に行ったら、担当の人が乗ってくれたんですよね。だけどそのうち合併に次ぐ合併が始まって、小さな組織は見事に吹き飛んだんですよ。私たちを応援してくれた担当の人も、もうどこに行ったかわからない。
だけど運が良かったことに、調布生協で野菜を取ってくれていた7人の方が、「織座の野菜を食べ続けたい」って言ってくれたの。その7人が核になって、私たちが行くたびに小さな集会を開かせてもらって、自分たちの思いを語って……それこそ一票ずつ入れてくれたのが、いまにつながってて。だからもう、全部口コミです。
岡澤 ということは、提携という仕組みを知っていたわけじゃなくて、自然とそういうやり方になっていったと。
典子さん そうそう、自然発生的に。
岡澤 へえ! いまはだいたいどれくらいの方と提携でつながっているんですか?
典子さん 80件。
岡澤 長い人だとどれくらい?
典子さん すごいよ、38年(笑)。調布生協の頃からの人が2人います。87歳と75歳よ?
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岡澤 すご過ぎる(笑)。いまも東京まで自分で配達しているんですか?
典子さん そうよ。月2回直接配送しているんだけど、まずは調布にあるクッキングハウスという精神障がいの方たちとともに生きるレストランに届けて、そこで待っていてくれている消費者の仲間たちと、おしゃべりしながらランチタイムするの。そのあと、夫を亡くして落ち込んでいた87歳の消費者とティータイムをするようにしていて。そうしたら彼女もすごく元気になったし、私も彼女の来し方をいろいろ知れて。
やっぱり対話することで、お互いが響き合う感じがあるんですよ。「この人にも会わせてあげたい!」っていう気持ちがいっぱい出てきますね。贅沢な発送です。
岡澤 野菜を届けるだけじゃなくて、消費者と対話することでつながっていくんですね。
食は命の源
岡澤 織座農園には数多くの見学者が訪れ、また研修生も迎え入れていますね。なかには織座から巣立って地域で就農した元研修生もいて、佐久地域で有機農業が広がる大きな要因にもなっていると思います。
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典子さん 夫がいたときは、農業で生計を立てたいという男性が結構来てましたね。その人たちはみんな就農してます。この辺りで就農したのは7人かな? でもこの2年はプツンと研修生がいなくて。だけど火曜日だけ手伝ってくれる人とか、月木の出荷日の夕方に手伝いに来てくれる人とかがいたりして、そこで一緒に作業することで会話が生まれたり、人間関係が深まったりすることはあります。
私ひとりになってからは農業研修のほかにも、心を病んだ人とか、これからどうやって生きていこうか迷っている人とか、医者の卵もが来るようになりました。そういうことを通してつながってきた豊かさが、織座の豊かさなんだろうなと。
岡澤 実際にどんな人が織座農園に来たんですか?
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典子さん 例えば生理が来なくなってホルモン剤治療を受けている女性もいました。うちは有機野菜の玄米菜食が中心で、肉も食べるけど抗生剤やホルモン剤を使っていないものを選ぶんですけど、そんな食事をしていたら3か月で生理が復活するという経験をして。そういうのを救うのは有機農業かもしれない。
岡澤 それはすごいな……。典子さんは佐久穂町の森のようちえん「認定こども園 ちいろばの杜」をつくる発起人でもありますね。現在はちいろばに加え、同じ佐久穂町にあるオランダの教育メソッド「イエナプラン」を採り入れた、学校法人茂来学園 大日向小学校・大日向中学校の給食にも、織座農園の野菜や元研修生がつくった米を提供していますが。
典子さん そうそう。「畑にあるものから給食の献立を考えてほしい」って、最初に要望してあって。やっぱり食は命の源じゃないですか。土台に有機農業があって、幼稚園や学校があって、さらにそこに療養所があれば、もう少しマシな世の中になると思います。だから今度は、森の診療所をつくりたい(笑)。それでおそらく、ほとんどの病気は治ると思うんです。
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本当の平和のために
岡澤 確かに! あらためて聞きますが、典子さんにとってオーガニックとは何ですか?
典子さん 実は私、オーガニックっていう言葉自体、あんまりピンと来ないの。自分では使わない。私はやっぱり「有機農業」なんですよ。つまり、有機的につながっていくこと。土とも、人ともそうだし、私の人生もすべてが有機的なつながりで生かされている。
岡澤 農法とかそういう話ではない、と?
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典子さん うん。偉そうに言えないけど、やっぱり自分の生き方なんだろうなと思って。
岡澤 ちなみにうかがいますが、有機JAS認証についてはどう思いますか?
典子さん 論外!(爆笑) そもそも国のお墨付きをもらうこと自体、よくわからない。それに、使っていい農薬がどんどん増えているし。私も100種類ぐらいまでは人から聞いて知ってたけど、すごく不自然で、何を考えているかわからない。しかも、それが幅を利かせているわけじゃない?
岡澤 そうですね。有機JAS認証がないと「オーガニック」と明記できないし、世間的には認証があるものが「正しい」と思われる。
典子さん でもそうやって、「正しい」って容易に思ってしまうところに、社会で起きているいろいろな問題が集約されていると思うの。新型コロナウイルスのときだって、手を消毒するのが「正しい」と。だけどそれって常在菌を殺すわけだから、むしろ戦う力を弱めているわけですよね?
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典子さん 草が出るから除草剤、虫がつくから殺虫剤、医者に行けばステロイド剤。みんな同じですよ。「共に生きる」という視点がない。何かをやっつければそれでいいのか。たとえやっつけても強い雑草が生えてくるし、強い虫が出てくる。「だったらもっと強い薬を何回も撒けば」って言っても、水も空気も汚れるし、人の体も汚れるわけです。深刻な環境汚染です。
そういう、本当の意味でのつながりを、みんなでもっと語り合いながら模索できるような場ができたらいいなと思ってます。
岡澤 最後の質問です。典子さんが目指す社会のあり方は?
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典子さん それはもう、願うのは平和でしょう。ガザのことも食料問題もそうだし、(世間では)米がなくなって買い占めに走ってたけど、根本的な原因を誰も考えないし、考える材料も持たないし、つながりもないから不安でしょうがない。だからひとりひとりがちゃんと自立して、「おかしいぞ」って疑問を持って自分の頭で考える。それが本当の意味での平和につながると思っています。
(2024年10月、長野県南佐久郡佐久穂町にて)
〔八燿堂より:サポートのお願い〕
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