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裁判員裁判における刑事責任能力(刑法39条)の判決理由における言い表し方

今回の記事では、責任能力が争点となった令和6年中の裁判員裁判において、責任能力の定義を、判決理由中においてどのように示されているのかということを見てみたいと思います(一部、高裁判決も含んでいます)。

一般的に責任能力とは、
①行為の事理を弁識し、かつ
②その弁識に従って行動(行為)する能力
とされています。

①を、事理弁識能力
②を、行動制御能力
と呼びます。

詳しくは以下の記事をご覧ください


まずは、「責任能力の定義を比較的分かりやすく述べている裁判例」を見ていきます。

【裁判例Ⅰ】
裁判年月日 令和 6年 1月25日 裁判所名 京都地裁 裁判区分 判決
事件番号 令2(わ)1282号
事件名 建造物侵入、現住建造物等放火、殺人、殺人未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件(所謂「京アニ事件」)
裁判結果 有罪(死刑(求刑 死刑)) 文献番号 2024WLJPCA01259002

4 良いことと悪いこととを区別する能力について
 R鑑定によれば、被告人の妄想は、犯罪であることの認識を損なわせるようなものではないというのであり、善悪を区別する能力に影響を及ぼすようなものではないと認められる。被告人は、本件犯行当時、放火殺人を「よからぬこと」と考えていた、「良心の呵責」があり、犯行直前に逡巡したと供述しており、悪いことであることは認識していたといえる上、被告人は、京都で犯行の準備を行う際、人との接触は最小限にとどめるよう心掛け、周囲に怪しまれないように行動するなど、自己の行為が犯罪に当たることの認識を前提とした合理的な行動を取っている。
 以上によれば、被告人は、本件犯行当時、良いことと悪いこととを区別する能力を有していたと認められる。

5 良いことと悪いこととの区別に従って犯行を思いとどまる能力について

被告人の犯行を思いとどまる能力は、妄想性障害が動機形成に影響していた点等において多少低下していた疑いは残るものの、著しく低下していなかったと認められる。

→ 7 結論
 以上のとおり、本件犯行当時、被告人の犯行を思いとどまる能力が多少低下していた疑いは残るものの、被告人の良いことと悪いこととを区別する能力やその区別に従って犯行を思いとどまる能力は、いずれも著しく低下していなかったと認められ、被告人は、本件犯行当時、心神喪失の状態にも心神耗弱の状態にもなかったものと認められる。

<コメント>
この裁判例Ⅰでは、責任能力の定義をかなり噛み砕いて述べられています。事件の重大性ということもあったのでしょうし、争点として責任能力の有無・程度が大きな問題となっていたということも併せて考えられます。判例・通説に従った責任能力の定義を、裁判員にも分かりやすくなるように工夫しようとした跡が見られます。


【裁判例Ⅱ】
事件名 殺人未遂被告事件 裁判年月日 令和 6年 2月 7日 裁判所名 大阪地裁  事件番号 令4(わ)4230号 文献番号 2024WLJPCA02076013 

→ 以上によれば、犯行時、被告人については、てんかん発作後のもうろう状態や境界知能の影響により、自身の行為がやって良いことかどうかを判断する能力やその判断に従って行動をコントロールする能力が一定程度低下していたとは認められるものの、それらの能力のいずれかが失われていた疑いや、著しいというべき程度にまで低下していた疑いが残るものではない。したがって、被告人は、犯行時、完全責任能力であったと認めることができる。

<コメント>
先の裁判例Ⅰとは言い回しは異なりますが、この裁判例Ⅱにおいても、責任能力の定義について、判例・通説を基礎とした上で、裁判員が理解しやすいように工夫しようとしている跡が見られます。裁判例Ⅰでは、事理弁識能力について「良いことと悪いこととを区別する能力」と述べたのに対して、本裁判例Ⅱでは「自身の行為がやって良いことかどうかを判断する能力」としています。両者とも基本的には同様の方向性での噛み砕き方だと思います。確かにシンプルな理解は可能になるでしょう


【裁判例Ⅲ】
事件名 現住建造物等放火被告事件 裁判年月日 令和 6年 2月 8日 裁判所名 広島高裁 裁判区分 判決 事件番号 令5(う)66号 事件名 現住建造物等放火被告事件 裁判結果 棄却 文献番号 2024WLJPCA02089004

◆被告人が実家に放火し全焼させたという現住建造物等放火事件について、被告人がり患していた解離性同一性障害の精神症状が責任能力を失わせたり著しく低下させたりすることはなかったとして完全責任能力を認め被告人を懲役3年6月に処した原判決の判断を是認し、また、被告人の解離性同一性障害の症状とその程度を立証趣旨とする取調べ録音録画映像の証拠請求を却下した原審の訴訟手続に違法があるとはいえないとした事例

→被告人はその供述によっても本件犯行当時火をつけることが悪いことであると認識していたことは明らかであり、善悪を判断する能力が低下していたとの疑いは生じず、

→ 3 さらに、所論は、行動制御能力の本質は、犯行が悪いことと判断できている場合にその行為を行わないでいることができる能力であり、被告人においては、人格の切り替えをコントロールすることはできず、本件当時は犯行前後を通じて人格が頻繁に切り替わり、火をつけるときは「別」の状態にあり選択肢を選ぶことができなかったのであり、原判決のいうように「精神症状が犯行へのためらいを抑えるものであり」「被告人自身が選択肢を選んでいる実感がない」のであれば、被告人が本件犯行を思いとどまることができたということには合理的な疑いが残るなどというのである。
 しかしながら、B医師は、被告人の人格が意識しないところで切り替わることを踏まえた上で、既に述べた諸事情から、別人格は主人格とほぼ同一で連続性があると評価しているのであって、所論の指摘を踏まえてみても、その判断が不合理であるなどということはできない。「別」の状態における離人感による「選択している実感がない」というのは、既に述べたとおり、B医師によれば、選べないわけではなくて選べないような感覚があるというにすぎないのであって、被告人は主人格とほぼ同一で連続性のある人格において本件犯行を行い、その犯行当時において、火をつけることが悪いことであると認識し、その上で、状況に即応した一貫性のある合目的的行動をとっており、自己の判断に従って選択した行動を実行し得る能力を有していたとみられ、是非弁別能力はもとより、行動制御能力を欠く又は著しく減退していたと疑わせる事情は見当たらないのであるから、そのような離人感が被告人の責任能力に著しい影響を与えたものと解することはできない。所論は、本件犯行を主人格とは異質で連続性を欠く独立の別人格によるものとの理解の下、その別人格に対して主人格がコントロールできたかどうかを問題として原判決の判断を論難するものであって、そのような所論は前提を異にしており採用の限りではない。
 4 以上のとおり、所論はいずれも原判決の責任能力に関する判断を的確に論難するものではなく、所論の指摘を踏まえてなお十分に検討してみても、原判決の判断に論理則、経験則等に照らし特段不合理なところは認められず、本件犯行当時、被告人に完全責任能力があったと認定した原判決の判断に誤りはない。
 事実誤認をいう論旨は理由がない。

<コメント>
この裁判例Ⅲは事理弁識能力を「善悪を判断する能力」としています。先に見た裁判例Ⅰ・Ⅱと比較すると、裁判員裁判ですので、多少不親切かなとは思います。行動制御能力についても、被告人側の所論で述べられている定義を引いてきているものの、裁判所としては、「行動制御能力」というワードをそのまま使っています(責任能力の定義①についても「是非弁別能力」というワードのみを述べています)。責任能力の有無・程度が主な争点となっている事案における裁判員裁判ということを考えると、高裁判決ということもあるのでしょうが、多少不親切な気もします。


【裁判例Ⅳ】
事件名 監禁、窃盗、死体遺棄、殺人被告事件 裁判年月日 令和 6年 3月15日 裁判所名 名古屋地裁 裁判区分 判決 事件番号 令4(わ)558号 ・ 令4(わ)874号 ・ 令4(わ)1030号 事件名 監禁、窃盗、死体遺棄、殺人被告事件 文献番号 2024WLJPCA03156006   2025/01/11 19:15

→ 第1 争点
 本件の争点は、判示第3の殺人及び判示第4の死体遺棄の各犯行(以下「本件犯行」という。)時、被告人が心神耗弱であったか否か、すなわち、被告人について、精神障害の影響により、①本件犯行がやってはいけない違法な行為であると認識する能力や②その認識に基づいて行為を思いとどまることができる能力が著しく損なわれていたといえるかどうかである。
 弁護人は、要旨、被告人が知的障害を有することを前提に、本件犯行時、被告人はパニック発作を起こしており、その影響下で支配従属関係にあった共犯者であるB(以下「B」という。)の指示に基づいて本件犯行を行ったのであるから、知的障害とパニック発作という精神障害の影響により、前記各犯行がやってはいけない違法な行為であると認識する能力ないしその認識に基づいて行為を思いとどまることができる能力が著しく損なわれていたとして、本件犯行時、被告人は心神耗弱であったと主張するものと解される。
 当裁判所は、被告人について、本件犯行当時、完全責任能力であったと判断したため、以下補足して説明する。

→ 第3 心身耗弱の主張に対する判断
 以上を前提に、本件犯行時、精神障害の影響により、①前記各犯行がやってはいけない違法な行為であると認識する能力や②その認識に基づいて行為を思いとどまることができる能力が著しく損なわれていたといえるかどうかを検討する。

 1 パニック発作について
 まず、パニック発作は、精神病理を持たない人にもみられる比較的ありふれた症状である。また、被害者を殺害する直前に被告人に生じたパニック発作についてみても、呼吸が苦しくなるなどの身体的な症状のみで、精神作用に直接影響を及ぼすような症状ではないといえる。そうすると、被告人のパニック発作は精神の障害にあたらない。
 2 知的障害の影響について
 次に、被告人の知的障害について、精神の障害に当たることを前提に、知的障害が本件犯行に与えた影響について検討すると、前記第2の2のとおり、被告人の知的障害の程度はそもそも中等度に近い軽度である(D鑑定●1)上、前記第2の1のとおり認定した本件犯行に至る経緯や被告人の行動のほか、事後に被告人が被害者の遺体を遺棄した場所に異常がないことをBと共有していたこと(甲227)を見ても、本件犯行がやってはいけない違法な行為であると認識する能力(前記①)について、著しく損なわれていなかったと認められる。
 前記第2の2(D鑑定●2)のとおり、被告人は、被害者を殺害する直前にパニック発作を起こし、被害者の殺害時には、冷静であればできるような判断ができない状態となっており、被告人がこのような状態に陥った背景には知的障害の存在があったと認められるところ、本件犯行時には、平時であれば冷静に考えて思いとどまることができる行動について冷静な判断ができなくなっていたという意味で、被告人の知的障害が、本件犯行を思いとどまることができる能力(前記②)に影響を与えていたこと自体は否定し難い。
 他方で、被告人は、Bから恐怖によって支配されていたとはいえず、被告人が、Bから被害者を解放するか、始末するかを問われた際、捕まりたくないとの思いから、解放できないと述べたこと(前記第2の1(1)カ)は、本件犯行が、被告人の思いと合致する行動であったことを示している。また、殺害時においても、被告人は、Bの明確な指示がないにもかかわらず、被害者がかぶったビニール袋から空気が漏れないように、自分の判断で2回目、3回目のガムテープを巻いており(前記第2の1(2))、被害者の殺害に向けて、自ら合理的な行動をとっていたといえる。さらに、被害者殺害後においても、被告人は、死体遺棄の場所として、自分に縁のある場所を複数箇所提案する(前記第2の1(3))等、本件犯行が発覚するのを免れるための主体的な言動が見て取れる。
これらの事情に照らせば、被告人の知的障害の影響により、被告人の本件犯行を思いとどまることができる能力(前記②)は著しく損なわれていなかったと認められる。
 3 結論
 以上より、被告人は本件犯行当時、完全責任能力であったと判断した。

<コメント>
本裁判例Ⅳでは、責任能力の定義について、①本件犯行がやってはいけない違法な行為であると認識する能力、及び②その認識に基づいて行為を思いとどまることができる能力、と述べられています。これはシンプルな中にも「違法な行為」というワードを入れ込むことにより、理解しやすさの中に正確性を併せ持たせようとした思いが伝わります。なかなか好感の持てる訳し方だと思います。


【裁判例Ⅴ】
事件名 殺人被告事件 裁判年月日 令和 6年 7月 5日 裁判所名 岡山地裁 裁判区分 判決 事件番号 令5(わ)12号 事件名 殺人被告事件 裁判結果 有罪(懲役14年(求刑 懲役15年)) 文献番号 2024WLJPCA07059002 

→ 1 争点
 本件では、包丁で被害者を刺したのが被告人であるか否かを除いて外形的事実には争いがない。争点は、①事件性(被害者は被告人によって殺害されたのか、自殺したのか)及び②責任能力の有無及び程度(被告人が犯行を違法であると判断して思いとどまることができる状態であったか否か)である。

<コメント>
この裁判例Ⅴも裁判例Ⅳと同様に、「違法」という言葉を入れています。その結果、訳し方としては先の裁判例Ⅳとほぼ同様となっています。

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以下は、「責任能力の定義のキーワード、もしくは『責任能力』とだけ述べている裁判例」を見ていきます。

【裁判例Ⅵ】
事件名 現住建造物等放火被告事件 裁判年月日 令和 6年 2月 8日 裁判所名 福岡地裁小倉支部  事件番号 令5(わ)87号 事件名 現住建造物等放火被告事件 文献番号 2024WLJPCA02086003 

→ 第4 責任能力について
 1 弁護人は、被告人の慢性的な飲酒、事件から約2日前の多量の服薬に加え、事件直前の多量の飲酒や睡眠導入剤1錠の服薬が相互に作用し合い、被告人は、犯行当時、事理弁識能力及び行動制御能力を失い、心神喪失状態にあった合理的な疑いがある旨主張する。

→ 犯行直後の記憶の保持状況からは単純酩酊(普通の酔った状態)であったと判断できる。

→ 4 以上を基に検討すると、まず、飲酒や服薬後における犯行当時の被告人の精神状態は、いわゆる単純酩酊(普通の酔った状態)の範囲内であったと認められる。

→ 以上の検討によれば、飲酒や服薬後の被告人の精神状態が本件犯行に与えた影響はあったとしても大きいものではなく、犯行当時、被告人の事理弁識能力又は行動制御能力が欠けていたとか、あるいはそれらのいずれかが著しく制限されていたといったような疑いは生じない。


【裁判例Ⅶ】
事件名 殺人被告事件 裁判年月日 令和 6年 7月 9日 裁判所名 名古屋地裁 裁判区分 判決 事件番号 令5(わ)36号 事件名 殺人被告事件 裁判結果 有罪(懲役30年(求刑 懲役30年)) 文献番号 2024WLJPCA07099002 

→ 殺害方法や犯行後の行動にも異常な点は見られないのであるから、妄想の影響を受けていない正常な精神を働かせ、妻を殺害するという重大な行為に及ばないという選択をすることは十分期待できたといえる。よって、被告人は心神耗弱の状態ではなかったと間違いなく認められる。

→ これに対して、弁護人は、本件犯行が被告人の元々の人格や従前の家族関係とかけ離れていることなどを指摘する。しかし、今まで見てきたように、本件の殺害行為は感情の高ぶりによる情動行為であって、その点では誰でも起こり得るものであるから、被告人に対する周囲の人物の評価や従前の家族関係が良好であったとうかがわれることを踏まえても、本件犯行と元々の人格がかけ離れているとは評価できない。何より、妄想の内容や程度、犯行への影響の程度は今まで検討したところにとどまるから、その程度の妄想性障害をもって責任能力が著しく損なわれていたと評価することは不可能である。


【裁判例Ⅷ】
事件名 殺人被告事件 裁判年月日 令和 6年 6月11日 裁判所名 名古屋地裁 裁判区分 判決 事件番号 令4(わ)974号 事件名 殺人被告事件 裁判結果 有罪(懲役23年(求刑 懲役25年)) 文献番号 2024WLJPCA06119003 2025/01/11 15:47

→ もっとも、これまでみてきたところからすれば、被告人は、本件犯行当時、事物の理非善悪を弁識し、それに従って行動を制御する能力はいずれも失われておらず、著しく減退していたともいえない。被告人は、本件犯行当時、心神喪失でも心神耗弱でもなく、完全責任能力を有していたものと認められる。


【裁判例Ⅸ】
事件名 殺人被告事件 裁判年月日 令和 6年 6月11日 裁判所名 名古屋地裁 裁判区分 判決 事件番号 令4(わ)974号 事件名 殺人被告事件 裁判結果 有罪(懲役23年(求刑 懲役25年)) 文献番号 2024WLJPCA06119003 

→ もっとも、これまでみてきたところからすれば、被告人は、本件犯行当時、事物の理非善悪を弁識し、それに従って行動を制御する能力はいずれも失われておらず、著しく減退していたともいえない。被告人は、本件犯行当時、心神喪失でも心神耗弱でもなく、完全責任能力を有していたものと認められる。

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今回は以上です。
裁判員裁判はもとより、職業裁判官のみによる一般の刑事裁判においても、判決文を読むのは被告人であり、被告人は全て法に詳しいとは限らないということを考えれば、裁判官は、難解な法律概念については特に、丁寧で理解しやすい言葉に訳すことが求められると思います。


それでは今回はこの辺で!



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