最後のアイドル(プロジェクトぴあの/山本弘)

2025年、物理学専攻の大学生・スバルは、人気アイドルグループ「ジャンキッシュ」のメンバー・結城ぴあのと秋葉原でばったり出会う。ぴあのは幼い頃から宇宙へ行くことを夢見て、知名度を上げスポンサーを募るためだけにアイドルになった物理の天才。自宅ガレージでひとり実験を重ねていたぴあのはスバルと手を組み、物理の定理を覆す新しいマシン「ピアノ・ドライブ」の発明に成功する。そして2035年、ぴあのは単身で宇宙へと飛び立つ…
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物理学×宇宙×アイドルという、斬新な設定のSF。
実験やマシンの解説のくだりは「?」だったものの、アルマゲドンやゼロ・グラビティなどの宇宙映画を観るような感覚で面白く読めた。
スバルがぴあのに出会う2025年、ARゴーグルをつけて街を歩けばさまざまな立体広告が出現し、世間ではバーチャル・アイドルが人気を博している。
歳を取らず、スキャンダルも起こさず、ゴーグルをつければ触れられて、人工知能によって会話もできるバーチャル・アイドル。ARの普及がその優位性を強固なものにし、欠点だらけの肉体と魂をもったリアル・アイドルは滅亡の危機にあった。

そんな時にデビューした最後のアイドル、結城ぴあの。
彼女のコンサートでは観客全員がARゴーグルをつけ、CGで作られた舞台装置や衣装を楽しむという、実際にあり得そうな世界が描かれている。ぴあのの人工知能を搭載した「メカ・ぴあの」も登場し、リアル・ぴあのがステージ上でメカ・ぴあのとの対決を試みるシーンは特に印象的だ。この小説が書かれたのは2014年だが、これに近い未来がもうすぐそこにあるように思う。

多くの職業がAIに取って代わると言われる現代、アイドルという職業がなくなる可能性について私は考えたこともなかった。少しバカで(あくまで表面上は、の話)不完全性が求められるアイドルという職業も、いずれはその不完全性さえ完璧に再現したバーチャル・アイドルに淘汰されてしまうのかも知れない。

この作品の面白さは物理学×アイドルというギャップに加え、宇宙以外のことに一切関心がないぴあの自身が、バーチャル・アイドル以上に「バーチャルっぽい」存在であることの違和感にあると思う。
限りなくリアルに近いバーチャルと、生まれながらにバーチャルっぽいリアル。ぴあのが夢への踏み台としてアイドルという立場を利用する一方で、ぴあのというイメージが世間に利用され、消費されていく。最初は両者の対立構造に目がいくものの、いつの間にか、周囲の視線などおかまいなしに夢へと突き進むリアル・ぴあのの物語にすり替わっている。
ぶっ飛んだキャラクターながら「ありえないでしょ」と言い切れないのは、いまが、民間宇宙飛行の実現がすぐそこに見える2021年だからだろうか。

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