Magricco

都内の出版社で働くアラサー会社員。読んだもの記録用(予定)。朝井リョウがいちばん好き。

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    読んだもの記録

最近の記事

SNSの罪(トランスジェンダーになりたい少女たち/アビゲイル・シュライアー)

未だかつてないほど、西欧諸国ではトランスジェンダーを自認する”少女”が増えている。 かつては性同一性障害と呼ばれていた性別違和は、概ね2歳から4歳の幼少期に発現し、男児が圧倒的に多かった。ところが、近年急増しているトランスジェンダーは”少女”、それも幼少期には性別違和を感じていなかったという、逆転の現象が起きている。 なぜだろうか? 2020年に発売されるや否や、各界から非難轟轟で話題になった本。 私はこの冒頭の問題提起を読んだ時、「トランスジェンダーについて学校で教わる

    • 重厚(なれのはて/加藤シゲアキ)

      NEWS加藤君の新作で、今年の直木賞ノミネート作品。 440ページある大作なのだけど、これまでとは比にならないほど重厚で濃密で、かなり衝撃的な作品だった…作家としての覚悟を感じた。 物語は、報道局からイベント事業部に飛ばされたテレビ局員の守谷が、同僚女性の吾妻と1枚の絵画で企画展をしようとするところから始まる。 絵の企画展をするには版権の確認が必須だが、その絵には「ISAMU INOMATA」とサインがあるだけで、作者は謎に包まれていた。二人はどうにかして猪俣勇という人物を

      • 「ゆるし」と「罰」(死刑について/平野啓一郎)

        平野啓一郎の小説には、生と死を扱ったものが多い。 その背景には死刑反対派である自身の考えがあり、本作はダイレクトにこの問題を論じた論文のような作品。テーマは重いが、短く簡潔なのですぐ読めた。 私自身は、死刑賛成派である。 それは被害者の遺族がどうという感情論ではなく、どちらかというと確率論で、自然界で生命が当たり前に淘汰されていくように、どうしても死という方法でしか対処できないDNAや思想を抱えた人間が、ある程度は生まれてきてしまうという考えの元だ。 だけど本作を読んで、反

        • 純度の高さ(愛情生活/荒木陽子)

          天才写真家アラーキーこと荒木経惟氏の妻・陽子のエッセイ。 高校を出て電通に入社し、当時電通のカメラマンだったアラーキーと出会い結婚。子宮肉腫のため42歳の若さで亡くなられている。 夫婦生活は20年ほどだろうか。ともに酒好き、旅好きでグルメや旅のエッセイの要素が多いのだけど、夫婦が骨の髄まで愛し合っていたことがわかる素敵な作品だった。何年経ってもラブラブな私たち!カメラマンとして大成功した夫との裕福な暮らし!などという自慢は1ミリも感じられず、ただただお互いの深い愛が滲み出てい

        SNSの罪(トランスジェンダーになりたい少女たち/アビゲイル・シュライアー)

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          178本

        記事

          雄弁で正直(死体は語る/上野正彦)

          1989年に65万部売れたベストセラー。 監察医を34年務め、2万体の死体を解剖した著者によるエッセイ集のような一冊。私は解剖医ドラマ「アンナチュラル」にハマっていたのだけど、こちらも事実は小説より奇なり的な面白さがあった。 ある時は、同時に心中したはずの2人の死体の腐敗度合いに差があったことから浮上した他殺説を、押し入れの上か下か、西日が当たっていたか否かといった僅かなコンディションの違いから否定する。またある時は、溺死と思われた死体から青酸カリを検出し、逆に他殺説を唱え

          雄弁で正直(死体は語る/上野正彦)

          昭和女ブルース(愛したりない/島村洋子)

          1997年の小説。 20代後半の独身女性・まみは、飲み屋で親友と「今から各々街で男を捕まえてきて連れてこよう」というゲームを始める。親友が連れてきたのは、まさかのまみの元恋人。元恋人は荒々しい(サイコパスっぽい)性格で、別れ際、彼が割った鏡でまみは右手の神経を切断するほどの大怪我をしていた。 リハビリのため、右手で手紙を書くよう医者に勧められたまみが、元恋人と、かつて母を捨てた父親に向けて手紙を書く…という話。 序盤、まみの簡単に男と寝るだらしなさに共感できなすぎて無理かも

          昭和女ブルース(愛したりない/島村洋子)

          重圧と集中力(熔ける/井川意高)

          カジノのバカラにハマり、子会社から106億8000万円もの資金を借り入れ、会社法違反で実刑判決を受けた大王製紙元会長・井川意高の懺悔録。 めちゃくちゃ面白かった…以前Netflixで観たTinder詐欺師のノンフィクションのように、スケールがデカすぎて笑ってしまう感じ。 大王製紙の3代目として生まれ、四国の田舎で育ち、中学から父親(当時は社長)の仕事の都合で東京へ→筑駒→東大法学部という、華麗なる経歴の著者。家はもちろん裕福だったが、父親は厳しくスパルタ教育を受けていた。大

          重圧と集中力(熔ける/井川意高)

          負の連鎖(ヤクザ・チルドレン/石井光太)

          暴力団の家族として生まれ育った子供たちは、社会の中でどう生きているのだろうか?ー ヤクザをフィーチャーした映画やドラマはたくさんあっても、描かれるのはあくまでトップ層の大人にすぎない。下層のヤクザや、その子供たちがどんな人生を歩んでいるのか?あまり知られていない現実を、当事者への取材を元に明らかにした作品。 覚せい剤を覚えた母親は猿のように子供を作り、貧困にあえぎ、薬代を稼ぐため悪事に手を染め、時には娘を風俗に売り飛ばす。その娘もまた、辛い現実から目を背けるために覚せい剤を

          負の連鎖(ヤクザ・チルドレン/石井光太)

          無駄なこと(ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち/レジー)

          ビジネスシーンで使える「話を合わせるのに最適なネタ」をクイックに仕入れて、「うまく立ち回る」ことによってお金を稼ぐ。そのためのツールとして最適なのが教養であるー 中田敦彦やメンタリストDaiGoなど、書籍をコンパクトに紹介するYouTubeが人気を博した昨今、”ファスト教養”の需要が生まれている。 たしかにここ数年、書店にいけば「教養」とタイトルについた本がよく目につく。本来、教養とは、ビジネスシーンで役に立つ短絡的なツールではなく、長いスパンで考えた時に人生を豊かにするもの

          無駄なこと(ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち/レジー)

          定価の感想(転の声/尾崎世界観)

          クリープハイプのボーカル・尾崎世界観による3作目の小説。 処女作『祐介』は半自伝と思しきバンドマンの話、2作目『母影』で自己投影から脱却し、少女を語り手にして芥川賞にノミネートされた。だからもうバンドマンの話は書かないのかと思っていたが、本作は再び、売れてなかった頃のクリープを彷彿とさせる話だった。(そして2度目の芥川賞ノミネート) 舞台は、チケットの転売という行為が認められ、転売ヤーが現在のYouTuberのように持て囃され、無観客ライブの価値が有観客ライブと逆転し、転売

          定価の感想(転の声/尾崎世界観)

          それは、愛ではない(「小児性愛」という病/斉藤章佳)

          アルコール、ギャンブル、薬等の依存症を更生させる施設の職員である著者が、小児性愛(ペドフィリア)は依存症の一種であるとして、性被害を”やめ続ける”ため施設に通う者のデータを元に論じた本。 LGBTQには分類されない超マイノリティを描いた朝井リョウの『正欲』でロリコンが一切ふれられていなかったことが少し引っかかっていたが、小児性愛が性癖ではなく”病”に位置付けられているものだから、ということがよく分かった。 では何が病を病たらしめるのか?同性愛は認められて小児性愛が認められな

          それは、愛ではない(「小児性愛」という病/斉藤章佳)

          俯瞰する男を俯瞰する男(令和元年の人生ゲーム/麻布競馬場)

          5月に感想を書いた「タワマン文学」のアザケイの新作。 つい先日、直木賞にノミネートされ、「アザケイが直木賞候補!?」と心底驚いたが、実際読んでみるとタワマン文学より随分と深みのある物語で、直木賞審審査員には賛否両論だったらしいが私は好きだった。 物語は平成28年・31年(大学生時代)、令和4年・5年(会社員時代)の4話に分かれ、語り手は変わるが全ての話の中心に沼田という男がいる。 沼田は明らかにこの作品の主人公だが、全エピソードに別の”ザ・主人公”が用意されている。ザ・主

          俯瞰する男を俯瞰する男(令和元年の人生ゲーム/麻布競馬場)

          母国語以下(不実な美女か貞淑な醜女か/米原万里)

          ロシア語同時通訳者である著者による、通訳エッセイ。 クスっと笑ってしまう通訳ミスのエピソードがてんこもりで、すごく面白かった。 下ネタの多さ、そして通訳者の勘違いによって生じるシチュエーションコメディは、さながらアンジャッシュのすれ違いコントのよう。 あと以前、映画の字幕翻訳者が「ダジャレや諺が難しい」と言っていたのを聞いたことがあったが、通訳は瞬時に代わりの言葉を探さなきゃいけないのか…とあらためて驚いた。 著者は、「そういうのを日本ではね、『他人のふんどしで相撲を取る

          母国語以下(不実な美女か貞淑な醜女か/米原万里)

          「負け犬の遠吠え」の逆(無敵の犬の夜/小泉綾子)

          文藝賞受賞作。 主人公である九州の田舎の中学生・界は、幼少期の事故で右手の小指と薬指の半分がない。 それが原因で不登校になり(ただしイケメンなので女子にはモテる)、不良とつるみ、先輩の不良・橘さんを崇拝するようになる。 ある日、ひとりで東京に遊びに行った橘さん。 都内のクラブで整形美人と恋に落ちるが、その子は有名な(?)ラッパーの彼女だった。 ラッパーの女と浮気している自分に酔う橘さんに、界は表面上は「ダサい」と言いながら、嫉妬に近い感情を覚える。界はゲイなのか?と思わせる

          「負け犬の遠吠え」の逆(無敵の犬の夜/小泉綾子)

          「あなた自身の人生を歩んでください」(母という呪縛 娘という牢獄/齊藤彩)

          2018年に滋賀県で、医学部9浪の娘が母親を殺害し、バラバラにして遺棄するショッキングな事件が起きた。その娘・髙橋あかり(当時31歳)には懲役10年の判決が下った。現在も獄中にいる彼女を、元共同通信の記者が面会と文通を通じて取材し、まとめたルポ作品。 この著者、95年生まれと若く、これが初の著書らしいのだが、ぐいぐい引き込まれる構成で1日で読み切ってしまった。 内容についての所感は、なんとなく読む前から想像していたが「この娘も被害者だよね」というもの。 ・父親は別居 ・

          「あなた自身の人生を歩んでください」(母という呪縛 娘という牢獄/齊藤彩)

          健康な個人(私とは何か「個人」から「分人」へ/平野啓一郎)

          平野啓一郎氏が「分人」という新しい概念を元に、私とはどういう存在か?を論じる新書。 多くの人は、古くからの友人と話す時と、職場の同僚と話す時ではキャラクターが違う。同じように、家族や恋人やスーパーの店員など、日常的に多くの自分を使い分けていて、それらはすべて本当の自分である。 私たちに知り得るのは、相手の自分向けの分人だけである。それが現れる時、相手の他の分人は隠れてしまう。分割されてない、まったき個人が自分の前に姿を現すなどということは、不可能である。それを当然のことと

          健康な個人(私とは何か「個人」から「分人」へ/平野啓一郎)