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名前のないもの(残像に口紅を/筒井康隆)

1989年に初版が出たにも関わらず、TikTokの読書アカがバズらせ数年前に「TikTok売れ」した作品。
私はそのTikTok動画は観てないのだけど、確かにこれはバズるわ…と思わされる設定勝ちの物語だった。
主人公は男性の小説家(=メタ構造)。編集者と話す中で、使えない文字(50音)を一つずつ増やしながら物語を作ることになる。
文字を奪われたものは存在も消えるので、まずは3人の娘と妻が消える。孤独を感じた主人公は、かつて好意を寄せていた女性が同じく夫を無くしたと知り不倫に走る。ここで突然の官能小説パート、そして袋綴じ。
私が手に取ったのは2022年刊行の復刻版なので、実際には袋綴じにはなってないのだけど、「ここまで読んで読む気を失われた方は、この封を切らずに出版社までお手持ちください。書籍の代金をお返しします」というようなことが書かれている。斬新すぎる。
(ちなみに当時、持ち込んだ人は一人もおらず、むしろ袋綴じを開く用と保存用で2冊買ったファンがいて、著者は申し訳ない気持ちになったとか)

7割くらい読み進めた時に私は気づいた。
普通に読めてしまう。
途中、「ひ」が使えなくなり、飛行機を航空機と表記するような不自然な箇所はたまにあるのだけど、そこまで違和感なく読めてしまうことに驚いた。
8割を超えると短文や体言止めが増え、父親のことを「勝夫を産んだ男」と表現したり、物語自体も白昼夢のような支離滅裂な感じになってくる。最後に残された言葉は「ん」。

どうやって書いたのだろう?
使える文字がかなり減った終盤は言葉遊びみたいで楽しそうだけど、最初の方、編集者は大変だったろうなぁ。
「名前のないものは存在しなくなる」という設定は、どこか哲学的でもあった。なおタイトルは、妻や娘が消えかかった時の残像に、口紅を引きたいと願う主人公の様子から。オシャレだな、おい。

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