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アメリカで食べた故郷の茶碗蒸し

日本を離れて暮らしていると、無性に日本食が食べたくなる経験を誰しも一度はしているのではなかろうか。

北カリフォルニアのアルバニーという町に住んでいた時、近所にSugata Restaurantという日本食レストランがあり、「姿」という漢字の看板がやけに目に焼き付いて気になっていた。
当時は留学後の研修期間ということもあって給料は安く、家族4人でお金が出ていく一方の生活だったので、外食をする余裕はとてもなかった。
わずか100メートルの距離でも、このレストランは心理的に少し遠い存在だったのである。

ある時、何がきっかけだったかは忘れてしまったが、意を決して家族で一度行ってみようとなり、いくつかのメニューの中から茶碗蒸しを頼んでみた。
私にとって茶碗蒸しは、何かの祝い事や特別な時に食べる料理というイメージがあり、ちょっと高めのランチセットについてくると満足度が高まるといった存在だ。

出てきた茶碗蒸しを食べたら驚いてしまった。なんと春雨が入っているではないか。
うちの両親は鳥取県の西部出身で、茶碗蒸しには春雨を入れる。
思わずお店のご主人に、「春雨が入っているなんて珍しいですね。私のふるさとの味です。」と言ってしまった。
すると、ご主人夫妻も鳥取県西部出身で、ご主人は私の母と同じ町の出身ということが分かった。しかも母のことも叔父(母の弟)のことも知っているという。

子供の頃夏休みのたびに帰省しカブトムシやクワガタを捕まえて遊びまわった懐かしい思い出がよみがえり、とても幸せな気分だった。妻も子供たちも「今日のお父さんとても楽しそうだったね」と言っていたので、日頃の緊張から心が解き放たれていたのだろう。

これをきっかけに、姿レストランにたびたび行くようになった。ご主人がアメリカに渡ってから苦労した話を聞いたり、サンフランシスコ鳥取県人会に誘われて参加してみたり、生活に変化が生まれた。

まだ姿レストランはあるようだ。ご主人は80歳を優に超えているはずなので、たぶん代替わりして息子さんが取り仕切っているのではないか。
息子さんはアメリカ生まれアメリカ育ちで日本語はほとんどしゃべれないけれど、その分アメリカ人が好む和食やサービスを理解でき、店は進化しているはずだ。

今は物理的な距離のせいでまた遠い存在になってしまったが、もしベイエリアに行くようなことがあれば行ってみようと思う。もうあの茶碗蒸しは食べられないかもしれないけれど。


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