好きなことで生きていく
日々はあっちゅーま
#23,巡礼ノ道
もしもあなたの友達が、ある日思い詰めた顔をして、「俺(私)、そろそろ夢を諦めようと思うんだけど」と、相談してきたとして、あなたは一体どう答えるだろうか?
「何言ってんだよ、そんなに簡単に諦めんなよ!」と熱く喝を入れるだろうか。
「お疲れ様。今までよく頑張ったね」ってねぎらってあげるだろうか。
聞くところによると、世の中には結婚ラッシュというものがあって、20代半ば、20代後半、30代半ばと、バタバタと結婚が相次ぐ時期があるらしい。
結婚ラッシュほど派手じゃあないけれど、おそらくその裏側では、「夢諦めラッシュ」という時期もあって。
20代半ば、20代後半、30代間際、人生の節目節目が来る度に、心の中の守護天使が舞い降りてきてこう囁く。
「どうする?その夢そろそろ諦めとく?」
はじめの内は何度負けてもコンティニューを選べる。
でも歳を重ね、情熱から覚め、限界を思い知るにつれて、一人、また一人と天使に諭され、大人の階段を登っていく。
かくゆう私も気がつけば27歳。今まで頑張って音楽続けてきたけれど、バイト先の保育園で社員に昇格し、主任になり、気がつけば夢は遠く彼方。
今度ばかりはダメかもしれない。
ファイティングポーズは取れそうにない。
悩みに悩んで、ある日親友のナベちゃんに相談した。
「俺、そろそろ音楽を諦めようと思うんだけど」
さて、
こんな時、あなたならどう答えるだろうか?
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日が暮れなずむ西大島駅のアパート。
しばらく黙って話を聞いていたナベちゃんは、おもむろに口を開いた。
「よし、アルバムを作ろう」
「?」
「今までユーキが作った曲で最高のアルバムを作ろう。納得のいくアルバムが完成したら、きっとその時に答えが出るよ。だからアルバムを作ろう」
「ナベちゃん…。いや、心の友よ!!」
きっとジャイアンこと剛田武だったらこう言ってただろう。
まさに持つべきものは友である。
かくして、金なし、コネなし、27才の冴えない私は、消えかけた夢にけじめをつける為、はじめての自主制作アルバムを作る事にしたのである。
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翌週、私の住む八千代中央駅の安アパートに、重たい機材と楽器を抱えたナベちゃんがやってきた。
24トラックのMTR(マルチトラックレコーダー)、ボーカル用のコンデンサーマイク、ギター、ベース、キーボード、ケーブル、などなどをセッティング。
6畳一間のアパートはあっという間に機材で埋め尽くされる。
音楽やられていた方はご存知かと思うが、アルバム作りは本当に根気のいる作業である。
【アルバム作りの一例】
■ まずは、私が作った曲をラフに録音してDEMO音源にする。
■ ナベちゃんがDEMO音源を聴きながら、土台となる簡単な打ち込みのリズム音源を作る。
■ アパートでリズム音源を聴きながら楽器やボーカルを録音。
■ 録音した素材をナベちゃんが自宅に持ち帰り編集。各パートを繋げる。
■ 物足りない部分にはコーラスやギターソロなどを加え、全体を整える。
■ 各パートのボリュームやエフェクト、音の左右の振れなど、細かい調整(ミックス)を行う。
■ 何度も確認し、問題がなければ出力。
■ 完成。
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大体こうやって1曲仕上げるのに数週間。
週に2〜3日、仕事終わりの夕方から明け方までアパートに籠もって録音作業。
自宅に戻って更に編集作業。
その頃はナベちゃんと2人、寝食を忘れてアルバム作りに励んだ。(アパートの1階は墓石屋さんだったので音出しOKでした)
「ユーキ、ここはもっと力を抜いて優しく歌った方がいい」
「ここ、ギターの開放弦鳴っちゃってるから、もう1テイク録り直そう」
「うーん、悪くないけどもう1回録り直そう」
「いいね、でも編集で使うかもしれないから、もう1テイク録ろう」
「よし、最後にあと1テイク!」
こと、作品作りには妥協を許さない男、それがナベちゃん。
何十回とリテイクを繰り返しながら、ミツバチが良質の花粉を集めるが如く、地道に素材を採取していく。
RECボタンを押す。リズムを打つクリック音が、カッカッカッ、と4拍鳴る。ギターを鳴らす。
もう1回。
カッカッカッとクリック音が鳴る。
もう1テイク。
段々と心が集中する。
静寂がやってくる。
なぜだろう、
良いものを作ろうと心を込める時。
そこにはいつも静寂がある。
ギターを鳴らす時。
ボーカルを入れる時。
真っ白な画用紙に、絵の具で線を引く時。
心は凪いで、色彩はクリアになる。
結局のところ、夢を追うとか、諦めるとか、言い始めたらキリがない問題だけれども。
こうやって、ものを作っている時だけはそんな事は考えない。
ただただ良いものを作る為に心を研ぎ澄ます。
詰まるところ、そんなものづくりの瞬間が私は好きだ。
アルバムを作りながら、そんな事を思った。
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そうして数ヶ月が過ぎ、半年が過ぎ、もうすぐ1年が経とうとする、2012年の11月。
念願の12曲入り自主制作アルバムは完成した。(ほとんどの作業はナベちゃんがしました)
(イラスト:プリズム鉄平)
出来上がったアルバムはまさに我が子。iPodに入れて、何度も何度もリピートしながら散歩した。
CD−Rに焼いて、周りの友達に配った。
音楽会社にも何枚か送った。
それよりも何よりも、ナベちゃんの言う通り、アルバムを作って心は晴れた。
やれるだけの事はやった。
ベストは尽くした。後悔はない。
いまなら正々堂々と音楽を諦められる。
これからは心の中の守護天使に導かれるままに、仕事に打ち込ちこんでいこう。
そうして、いつもと変わらぬ日常はやってきた。(かに思えた…)
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それから数ヶ月が過ぎたある日。
保育園でせっせと働く私の元に、見知らぬ番号から電話がかかってきた。
「もしもし、前田さんですか?私、AミュージックのMと言います。アルバム聴きました!良かったですよ〜。もし良かったら一度お会いしてお話し出来ますか?」
…
なるほど、自分の心の中の守護天使というやつは、中々天邪鬼な奴らしい。
半ば放心状態で電話を聞きながら、今まさに、平和な日常がガラガラと崩れていくのを感じてガッツポーズを決めている。
金なし、コネなし、28才の冴えない男、まえだゆうきの冒険はまだまだ続く。
(つづく)