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茜あゆむ
2018年11月13日 22:43
両手で包んでいた缶コーヒーも、冷めきってしまった。 ぼくたちはベンチに座ったまま、もう長いこと黙り込んでいる。彼女の綺麗な髪には、うっすらと霜が降り、白く凍っている。吐く息ももう白くはならない。分厚いコートを貫いて、ぼくらの肺には真っ白な雪が積もる。 拙い世間話を口にする余裕もなかった。頬に残った涙の跡は、見ているぼくが辛くなるほど赤くなり、凍えた涙が、どれほど彼女を傷付けたのか、鮮明に
2018年11月16日 21:49
泉の水はこんこんと湧き出し、陽を浴びて、七色に光る。 静かな午後、水路を辿り、家へと帰る私は、街のブルーベリータルトを二つ、贅沢して、軽い足取りで森の道を歩いていた。読みかけの本と一杯の紅茶が、この昼下がりを満たしてくれる。 水路では、持ち主を失くした笹船が堰を越えて、街へと下る。大航海の大冒険、波瀾を横目に、勇者の旅立ちを私は見送る。マストのない小舟でも、森の奥から、おだやかな風が背中を押
2018年11月17日 23:17
泉の噂を聞き、やってきた森で魔女に出会った。甘やかな、緑の香る木漏れ日の中で、彼女は泉に笹舟を浮かべ、微笑んでいた。「何か、ご用ですか……?」 笹舟が流れ過ぎていき、ぼくに気付いた彼女は、顔を上げ、そう言った。 午後の光に照らされて、彼女の黒髪は、魔力のこもった黄昏色に染まる。 彼女は立ち上がり、スカートを払って、もう一度微笑んだ。「実は、人探しをお願いに来たのです」「それは泉に?