マガジンのカバー画像

掌編集

50
運営しているクリエイター

2018年11月の記事一覧

「白い夜の約束」

「白い夜の約束」

 両手で包んでいた缶コーヒーも、冷めきってしまった。

 ぼくたちはベンチに座ったまま、もう長いこと黙り込んでいる。彼女の綺麗な髪には、うっすらと霜が降り、白く凍っている。吐く息ももう白くはならない。分厚いコートを貫いて、ぼくらの肺には真っ白な雪が積もる。

 拙い世間話を口にする余裕もなかった。頬に残った涙の跡は、見ているぼくが辛くなるほど赤くなり、凍えた涙が、どれほど彼女を傷付けたのか、鮮明に

もっとみる
魔女の贄 左

魔女の贄 左

 泉の水はこんこんと湧き出し、陽を浴びて、七色に光る。
 静かな午後、水路を辿り、家へと帰る私は、街のブルーベリータルトを二つ、贅沢して、軽い足取りで森の道を歩いていた。読みかけの本と一杯の紅茶が、この昼下がりを満たしてくれる。
 水路では、持ち主を失くした笹船が堰を越えて、街へと下る。大航海の大冒険、波瀾を横目に、勇者の旅立ちを私は見送る。マストのない小舟でも、森の奥から、おだやかな風が背中を押

もっとみる

魔女の贄 右

 泉の噂を聞き、やってきた森で魔女に出会った。甘やかな、緑の香る木漏れ日の中で、彼女は泉に笹舟を浮かべ、微笑んでいた。
「何か、ご用ですか……?」
 笹舟が流れ過ぎていき、ぼくに気付いた彼女は、顔を上げ、そう言った。
 午後の光に照らされて、彼女の黒髪は、魔力のこもった黄昏色に染まる。
 彼女は立ち上がり、スカートを払って、もう一度微笑んだ。
「実は、人探しをお願いに来たのです」
「それは泉に? 

もっとみる