「白い夜の約束」
両手で包んでいた缶コーヒーも、冷めきってしまった。
ぼくたちはベンチに座ったまま、もう長いこと黙り込んでいる。彼女の綺麗な髪には、うっすらと霜が降り、白く凍っている。吐く息ももう白くはならない。分厚いコートを貫いて、ぼくらの肺には真っ白な雪が積もる。
拙い世間話を口にする余裕もなかった。頬に残った涙の跡は、見ているぼくが辛くなるほど赤くなり、凍えた涙が、どれほど彼女を傷付けたのか、鮮明に伝える。呼び出された公園で、ぼくは静かに彼女の隣に腰を下ろし、待ち続けていた。
「××くん、お願いがあるの」
彼女の唇が小さく震えた。
「殺して」
そう言って、凍えた手でナイフを取り出し、ぼくに渡そうとして、雪の上へ落としてしまう。ナイフは雪に埋もれ、沈み込んだ跡だけが見えた。
ぼくは手袋を外し、ナイフを拾い上げて、彼女の前に立つ。
「ごめんね」
彼女はコートの前を開け、着ているものを胸までまくり上げた。シンプルなブラジャーの下に、くっきりとあばら骨の影が浮かんでいる。雪のように白い肌の下では、青い血がとくんとくんと脈打ち、寒さに耐えかねた彼女の身体が、くっと引き締まり、影の色を強める。
「ここ?」
刃をあてがい、彼女の澄んだ瞳を覗き込む。冴えきったナイフの冷たさに、彼女は少し震えた。
「寒いよ、××くん」
すぐ済ませるから。そう言ったぼくは、上手く笑えただろうか。
雪の上に散った赤色は、死にたくなるほど綺麗だ。
力なく倒れてきた彼女の体温にだらしなく興奮する。深く息を吸い、口の中にまで広がる鉄の味を充分に楽しんだら、ぼくの手の平に熱い血潮が垂れて、こぼれていく彼女の命をこれ以上ないくらい実感した。
自慰に飽きた猿が、新しい玩具を手に入れたみたいにはしゃぐぼくは、寄りかかってくる彼女の重みを、甘く甘く噛み締める。
血から匂い立つ湯気が、彼女の髪に下りた霜を溶かし、つややかに濡らしていく。この髪の毛を一束もらおうと思った。今夜のささやかな記憶の代わりに。
彼女の身体を支えて、ベンチに座り直させる。
「どうだった?」
最後に、彼女はうっすらと目を開けて、ぼくを見た。
「最低」
ぼくは彼女の髪をナイフで切り取り、ポケットに押し込む。
「それじゃあ、〇〇さん。元気でね」
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