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ストロベリーキャットウォーク

「大切なのは点なんだよ」

柔らかな日差しが差し込む午後
ベットの上で猫のように体を丸めた彼が
子供みたいな目で私を見上げている

季節は冬から春へと変わる頃で
暖かく乾いた風が
レースのカーテンを揺らしていた

「点なの?線じゃ無くて?」

私はお気に入りの部屋着を着て
ふわふわと風に揺られている彼の髪を撫でていた
真っ直ぐで硬い
芯のある私のそれとは違って
細くて柔らかい
カールのかかった彼の髪は
日差しに照らされてなのか暖かくなっていて
本当に猫みたいだなと思った

「だからそうだってば」

彼はちょっと拗ねた様に
口を尖らせてそう言った

「君の愛してるには点が必要だよ」

恋人と過ごす穏やかな午後の昼下がり
いつもの様に額にキスをして
目を合わせて愛してるとそう言うと
彼がそんな事を言い出したのだ

「貴方の事が好きだから愛しているのよ
他の誰でもない貴方だからそれが理由なの」
「それにね」

私がぽつりぽつりと話す間
彼はやっぱり子供みたいな
子猫みたいな目で私を見上げている
それに?とでも言いたげな口元で
話の続きを待っている
本物の子猫だったなら
耳はぴんと立っていて
しっぽが急かす様に左右に振れていただろう

「それに愛してるはやっぱり線だと思うの」

何気ない毎日や特別でも何でもない時間が
重なって繋がって今日まで届いて
そして今日を超えて明日にも
その先にも成っていく
途切れる事なく伸びていく線が
二人で過ごして来た事の証なのではないだろうか
私はそう思った

「あー違う違うその点と線じゃないの
もっと単純なやつだよ」

彼は余程私の勘違いが可笑しいのか
口元を毛布で覆ってくすくすと笑っていた

「ちゃんと説明してくれなきゃ分からないよ
それは意地悪でしょ」

真面目に答えた事に気恥ずかしくなって
私は両手で子猫の頭を撫で回した
やめてよと笑いながら
子猫は遠ざかって私の手から逃げて行く
柔らかな暖かさが指の間を跳ね回った
ひとしきりじゃれあった後に
彼は口元を毛布で覆ったまま話を始めた

「もっと単純な話どこで区切るかなんだ」

彼いわく
愛してると言う言葉は
何処に点を置いて区切るかで
全く違う顔をするらしい

「例えば愛、しているだったなら」

愛をしている
愛すると言う行為を
自分がしている
それは相手ではなく自分が主体の気持ちで
自分の愛情を相手に注いでいく
受け止めて貰えると言う安心感の形

「つまり愛をしている自分を含めて
君は僕を愛しているんだよ」

ただの言葉のあやではないか
私はもっと何か別の
ロマンチックな答えが返ってくるのではと
そんな期待をしていた事に腹立たしくなった
うちの子猫は時折こんな調子で
誰にも分からないような
正解が何処にも無いような小難しい話をするのが好きだ

分からないわと素直に言うと
嬉々として持論を解説してくれるのだが
話の一割も理解出来たと思えた事はない
ただ嬉しそうに
楽しそうに話をする子猫を見ていると
何だか分からないままでも良いのでは無いかと
そんな気持ちになってしまう

「他にはどんな愛してるがあるの?」

私は手持ち無沙汰になってしまった指で
自分の髪を触ってみた
やっぱり硬くて針金みたい
少し冷たい気までしてくる
春風みたいに柔らかな子猫とは
似ても似つかない黒髪

「例えば愛して、いるだったなら」

愛しているは愛して居る
愛が欲しいから側に居る
相手の愛情を注いで貰う事で満たされる
確かに欠けていると言う心の形

「つまり愛を注いでくれる存在である君を
僕は愛してるって事さ」

窓から入り込んだ風の冷たさに
私は体を震わせた
気が付けばすっかり日は落ちて
辺りが薄暗くなっている
そんなに長い時間話し込んでいたんだっけ
キラキラと輝く様な太陽は半分沈んで
夕焼けの赤色で真っ赤に燃えていた

焼けた空を背にした子猫は
黒い影に包まれていて
表情もよく見えない
その中であの
真ん丸の瞳だけが輝いている

私は
誰と話していたんだっけ

「君は」

子猫がゆらりと身を起こした
黒い影がこちらまで伸びて来て
反射的に身を引いてしまった
触れてはいけない
そんな気がした

「君は」

子猫の瞳が真っ直ぐに私を捉えている

「欠けているの?溢れているの?」

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一つ目の星は猫の星でした
何故かとても印象に残っている夢のお話です
今回は1800文字程になりましたが
「、」はたったの二つだけです
私と子猫と二つ分
私と読んでくれた貴方と二つ分

次は二つ目の星

始まりは一つ前のお話からお読みください
続きます

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