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【第5話】翻訳や回答負荷の配慮。適切な調査実施運用のために

グローバル市場でのマーケティングリサーチ(以下、グローバル調査)のプロセスや重要ポイントを解説する本連載も、第5回目となりました。
前回は、グローバルでの消費者調査(特にアンケート調査)の調査票設計の際に注意したい点などを解説しました。
今回は、設計をした調査票で実際に調査を「実施・運用」する際のプロセスで注意したいポイントとして、「翻訳」の問題、および「回答の質」の問題を取り上げて解説していきます。


1. 翻訳の難しさ ~バックトランスレーションから考える~

外国語で調査を行う場合には、調査票(アンケートやインタビューガイド等)の翻訳というプロセスが不可欠です。直接、英語等の言語で調査票を作成するケースを除くと、最も一般的なプロセスは日本語で作成したオリジナル調査票を対象国・地域の言語に翻訳するものです。これがグローバル調査の大きな特徴の1つでもあります。

翻訳も難しいプロセスの1つです。翻訳の内容を確認するため、ある言語から一度別の言語に翻訳したものを、再度元の言語に翻訳し戻すという検証方法があります(バックトランスレーション)。例えば、ある調査票を日本語から一度英語に訳し、その英語を再度日本語にしてみるというものです。

統計学者の林知己夫氏の著書『日本らしさの構造』では、次のような事例が紹介されています(以下、同書(pp.140-141, 158-160)をもとに構成)。

(A)
物事の「スジを通すこと」に重点をおく人と、
物事を「まるくおさめること」に重点をおく人では、
どちらがあなたの好きな”ひとがら”ですか。

1.「スジを通すこと」に重点をおく人
2.「まるくおさめること」に重点をおく人

上記(A)の質問文と選択肢を、日本語に堪能な英語のネイティブ・スピーカーが1度翻訳した英語を、再度日本語にバックトランスレーションすると、以下の(B)のようになったそうです。

(B)
物事を決定するときに「一定の原則に従うこと」に重点をおく人と、
「他人との調和をはかること」に重点をおく人では、
どちらがあなたの好きな”ひとがら”ですか。

1. 物事を決定するときに一定の原則に従うことに重点をおく人
2. 物事を決定するときに他人との調和をはかることに重点をおく人

「スジを通す」「まるくおさめる」のように、やや日本語特有の言い回しが使用されている原文(A)に対して、(B)ではその意味する内容をうまく訳せていると考えられますが、当然のことながら同じ日本語表現にはなりません。

さらに興味深いことに、林氏の研究では実際に(A)(B)それぞれの日本語を用いて調査も行われています。結果に違いはあったのでしょうか。

(A)
物事の「スジを通すこと」に重点をおく人と、
物事を「まるくおさめること」に重点をおく人では、
どちらがあなたの好きな”ひとがら”ですか。

A-1.「スジを通すこと」に重点をおく人    → 37%
A-2.「まるくおさめること」に重点をおく人    → 53%

(B)
物事を決定するときに「一定の原則に従うこと」に重点をおく人と、
「他人との調和をはかること」に重点をおく人では、
どちらがあなたの好きな”ひとがら”ですか。

B-1.  一定の原則に従うことに重点をおく人    → 20%
B-2.  他人との調和をはかることに重点をおく人    → 68%

どちらの調査でも「2の人柄 > 1の人柄」という結果にはなりましたが、その割合は異なります。

林氏によれば、A-1の「スジを通す」には肯定的なニュアンスが付帯し、一方のB-1の「一定の原則」は融通が利かないというネガティブなニュアンスも感じられるため、1の選択肢は(A)のほうが高くなっていると解釈されています。
2の選択肢については、A-2「まるくおさめる」は悪い意味ではないものの、ややごまかすようなニュアンスも感じられるが、B-2「調和をはかる」にはそのようなニュアンスを感じにくいため、(B)のほうが高いという解釈をされています。

2. 調査票設計の段階から「翻訳」を意識した作成を!

翻訳の正確性や質は担保しなければいけませんが、同時にマーケティング・リサーチにはスピードも強く求められますので、翻訳のプロセスだけに長い時間を割くこともできません。

そこで、日本語で作成したオリジナル調査票を専門家に翻訳依頼する場合、正確性の高い翻訳ができるように日本語調査票の設計段階から以下のような点に気をつけて作成するとよいと考えられます。これは、前回ご紹介した「調査票設計」段階のポイントの1つとも言えます。

翻訳が必要なグローバル調査のアンケート調査票作成の留意点

実は、上表で記載したような注意点は外国語で実施するグローバル調査だけではなく、日本語のみで調査を実施する場合であっても、有用なポイントばかりです。

そうは言っても、なかなか難しいものは多くあります。単語レベルだけで考えても、食品・飲料調査における「味」に関する言葉や、化粧品調査での「香り」「肌感覚」に関する言葉などのように、何か別の表現にしようと思っても言い換えが難しいものもあります。そのため、重要語・概念には、必要に応じて翻訳作業用にニュアンスや補足説明などを加えておくなどの方法も有効です。

「翻訳」というと、いわゆる翻訳者だけの問題のような気がしてしまいがちですが、基になる文章の質を高めておくことも非常に重要です。

3. 回答品質の担保 ~回答負荷を下げ、離脱者を防ぐために~

グローバルの消費者調査では、日本での調査以上に調査の回答品質が問題になることも少なくありません。例えば、回答者がきちんと調査票を読まず、適切とはいえない回答(手抜き回答、いい加減な回答)をする、satisficing(サティスファイシング、「(努力の)最小限化」等と訳されることが多い)などと呼ばれる問題がその1つです。

回答データの品質を保つために、(グローバル調査に限らず)アンケート調査においては、回収後に様々な方法で回答をチェックします。

チェック方法の1つは、個々の回答状況のチェックです。いわゆる白票やそれに近い票、不真面目と判断される票(全ての質問で同じ数字にチェックをしている、自由回答に質問と明らかに関係のない書き込みをしている、など)を目でチェックしたり、プログラムを組んだりして、基準を設けて判定していきます。
もう1つは、回答の整合性によるチェックです。例えば、ある質問で「未婚」と回答している人が、別の質問で「配偶者と出かける」などの選択肢を選んでいる場合、きちんと質問文や選択肢などを読まずに回答している可能性が考えられます。

同時に、そもそもそのような回答が減るよう、回答者によりよい調査環境を提供するための調査会社等の継続した企業努力も必要です。

例えば、一昔前と違い、インターネット調査への回答はパソコンよりスマートフォンが主流です。したがって、スマートフォンの画面からでも見やすく答えやすくレイアウトされた調査画面UI(ユーザーインタフェース)を作成すること、快適に回答できるよう最適なUX(ユーザーエクスペリエンス)を設計することも改善の1つです。

また、回答者は忙しい中わざわざ時間を割いて調査に協力してくださっています。長時間かかっても終わらないようなボリュームの多い調査や、何を問われているのかわかりにくい質問、あるいは回答に非常に時間のかかる質問などがあると、せっかく回答を始めていただいたのに途中で中止(離脱)したり、上述のような不真面目に見える回答内容が増えたりする危険が高まります

例として、マクロミルで実施した検証調査をご紹介します。7カ国で、様々な企業のイメージを「複数回答マトリクス」形式で尋ねた質問です。回答者を3グループに分け、グループごとにマトリクスの項目数(企業数)×選択肢数を変えて提示し、回答の完了状況を見たものです。複数回答形式のマトリクスは回答者の負荷が高いため、ボリュームが増えていくと、日本以上に外国の回答者は多く離脱していくことがわかります。

企業イメージに関する複数回答マトリクス形式質問での回答者離脱率

したがって、グローバル調査では、「日本の調査ではきちんと回答が集まったから大丈夫だろう」などと安易に判断せず、適切な調査ボリュームや設問形式で実施できるような調査企画・管理も重要です。
離脱者が増えると、回収数や実査期間に影響するだけでなく、その調査テーマに非常に興味のある人ばかりが回答しているといった、回答者の偏りも発生しやすくなる危険があります。

4. パラデータ等の活用で調査環境の把握・改善へ

調査を実施すると、アンケートやインタビューへの質問に対する回答データ以外に、メタデータ(全体の回収率など)や、パラデータ(調査の過程で生成・取得されるデータ。電話調査のコールに関する記録や、インターネット調査の各問の回答時間など)といった、調査の実施・運用に関するデータも得られます。調査会社は、これらのデータを蓄積・分析することで、調査に必要な期間・費用などの見積をできるだけ精緻に算出したり、調査に回答いただく方の環境改善の施策につなげたりしています。

特にグローバル調査は、実施する範囲(国・地域)が広く、使用するシステムも回答者の環境も多様なことがあるため、回答いただく方の状況への考慮も大切なポイントの1つです。

5. まとめ

今回は、調査の運用・実施面において、グローバル調査で特に留意すべき点として、翻訳に関するトピックと、回答品質に関するトピックを取り上げました。

そして本連載も次回が最終回です。次回は、現在グローバル調査に起きている変化や、今後のグローバル調査の方向性や課題などについてご紹介し、グローバル調査を知る旅の締めくくりとする予定です。最終回までお読みいただければ幸いです。

[参考文献]
・林知己夫, 1996, 『日本らしさの構造 こころと文化をはかる』東洋経済新報社
・松本渉ほか, 2017, 「特集 パラデータの活用に向けて」『社会と調査』第18号(pp.4-61)

この記事を書いた人

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