同じ目線、異なる視点の対話でつくる理想のリハビリウェアの姿【MR&S有限会社 SDX研究所・SOLIT株式会社】
互いに信頼し合える間柄であるからこそ、営利関係を超え、未来の可能性を共創できる。そう信じるわたしたちは、「恋に落ちるくらい好きになった相手と仕事をする」ことを大切にしてきました。
共に未来を創っていくパートナーでもある団体や企業の方々を紹介する本企画、『わたしたちが恋に落ちた、あの人』。社会課題解決の現場で挑戦されている皆さんの想いや葛藤、そして弊社とどんなコラボレーションが生まれたのか、対談を通じてお届けしていきます。
今回取り上げるのは、「街に溶け込む、リハビリウェア odekake」です。病院×患者×医療従事者×インクルーシブファッションを扱うスタートアップが連携し、異分野の知見を掛け合わせて新しいリハビリウェアを開発した想いや経緯、今後の展望を伺います。
お越しいただいたのは、医療福祉の内外から患者体験の改善をおこなうことを目指して2021年4月に設立したMR&S有限会社 SDX研究所の大門恭平さん。
morning after cutting my hairとSOLIT株式会社の代表を務める田中美咲、morning after cuttin my hair でPRライティング等を務める中西須瑞化が対談相手をつとめます。
「面白そう」が出発点。医療×ファッションの異例のコラボが実現
ー-今回のプロジェクトは、医療従事者とインクルーシブファッションを扱うスタートアップの異例の連携だと伺いました。このコラボが生まれた経緯や、リハビリウェアを開発しようと思った背景をお聞きしたいです。
大門恭平さん(以下、敬称略):以前から、「医療といえばこういうもの」という思い込みがたくさんあるなかで改善できる部分はたくさんあるのではと思っており、患者さまの体験の改善を目的にMR&S有限会社 SDX研究所(以下、SDX研究所)が立ち上がりました。。
過去に患者さまと関わるなかで、以前からリハビリウェアの機能性・デザイン性の改善ができないかと感じており、事例を調べていくなかでSOLITや田中美咲さんの存在を知りました。
「面白そうな人だな」と思って連絡をとり、それから1年くらいオンラインでのやりとりをして、ちょうどSDX研究所を立ち上げた直後である2021年5月頃にはじめて対面でお会いしましたね。
田中美咲:海外の病院では、ファッションやデザイン性も取り入れているところが結構あって、医療に関わるものであったとしてもお洒落なプロダクトも多いんです。日本のインクルーシブファッションは既存の商品でも機能性では優れているのですが、デザイン性やファッション面ではまだまだ遅れています。
障害の有無や身体的特徴を問わず誰でも着こなせる「オール・インクルーシブ」な服を作っているSOLIT株式会社は、企画段階から衣服に関して課題を感じる当事者をまきこむインクルーシブデザインの手法を用いて開発をしているのですが、今回のリハビリウェア開発のプロジェクトは医療現場の皆さんの協力が実現に必要不可欠でした。
ー-SDX研究所とSOLITが連携して開発をすすめることができたポイント、PRや広報・ブランディングを担当したmorningが皆さんと恋に落ちたところを伺いたいです。
中西須瑞化:オンラインで初めて大門さんや医療現場の皆さんとお話ししたときに、患者さまに寄り添った素敵な言葉がたくさん出てきたことが印象的でした。リハビリを受ける患者さまは一つ一つの動作のハードルが大きいことを実感し、もっと楽しさを取り入れたいという想いがある一方で、医療介護関係のプロダクトでは安全性や介護のしやすさが優先されることが多い現実があるというお話や、これから先はもっと患者さまに寄り添えるような工夫をしたいという声を聴き、一緒に挑戦してみたいと思いました。
美咲:日本では経験年数による上下関係を重視する文化が残っていて、医療・福祉の業界でも声をあげにくかったり、風通しが悪かったりするところもまだまだあると思います。今回協力していただいたSDX研究所や岸和田リハビリテーション病院は、上下関係に関わらず皆が意見を出せる環境があり、対等な立場でディスカッションをすることができました。現場の声を形にしていこうという想いで一致しているところがとても素敵で、SOLITとしてもmorningとしてもご一緒したいと思い、美しい関係性を築けたと感じています。
それぞれの声から、理想をカタチにする
ー-大門さんがご自身の臨床経験から感じていた課題意識、そして関わる皆さんが築いた関係性からプロジェクトが生まれたのですね。リハビリウェア odekakeの開発はどのような手順でおこなったのか、教えていただけますか?
恭平:まず初めに、リハビリウェアに関する課題を明らかにするため、3つの病院に協力していただき患者さまと医療従事者にアンケートをとりました。デザイン性に関して、患者さまから「患者だと分かりやすい服だと自信を持って家族や友人に会いにくい」「病人として見られれば見られるほど、落ち込んでしまう」という声をいただき、ファッション面を取り入れたリハビリウェアの需要を確認できました。また、医療従事者からも「ファッションを通じて患者さまの生活の質を高めたい」という意見が届きました。
機能面では患者さまからの「もっと装具のつけ外し等が楽なものがいい」という声、作業療法士さんからは「麻痺があると肩まで袖を通しにくいので改善できたら嬉しい」といった具体的な意見もいただきました。そうやって具体的にいただいた機能面の課題については、できるだけ全部改善できるようにしたいと話をしていました。
美咲:服のデザインに関しては、実際に着用することになる患者さまを含めて皆で一緒に話し合いながら進めたいという意向になりました。アイデアを考えて、患者さまや医療従事者の皆さんとディスカッションする、という試行錯誤を4か月間くらいに渡って繰り返し行いました。
当事者である患者さまは、自身の体験を話すことが出来る。医療福祉従事者の皆さんは、患者さまの声をもとに機能面を提案することが出来るけど、デザインに関しては意見し辛い。デザイン従事者は、機能面の有用性が分からないけど、それらを美しくすることができる。
それぞれの強みが重なるからこそ出る解があって、誰か一人でも抜けていたら出来ていないことだったと思います。多様な視点を織り交ぜることで、リハビリウェアの本来あるべき姿を共に紡いでいくことが出来たのだと思います。
日常に、ちょっとした「おでかけ」を取り戻す
ー-医療従事者、デザイナーという役割にこだわらず、それぞれの強みを活かしたディスカッションを重ねて完成した製品だということですが、morningがブランディングや広報・PRをおこなうときに意識したところはどういったものでしたか?
須瑞化:製品の開発とほぼ同時並行で、患者さまや医療従事者の皆さんにリハビリウェアに関する想いをヒアリングし、その言葉の中にある気持ちを製品名やPRの文章に活かせるように心がけました。
名前のアイデアは、初めは40案以上あったのですが、皆さんの意見を聴きながら少しずつ絞っていきました。今回、現場の方は商品開発の経験があるメンバーではなかったこともあり、ただ候補を渡すだけでは選ぶのが難しいと思うので、何を基準に見てほしいのかをお伝えしたり、直感で好きなものを選んでもらったりと、皆さんが意見を言いやすいようにヒアリングして絞り込んでいくことを心がけました。
ー-「odekake」という名前に、当事者である患者さまのお気持ちや開発側である医療従事者、デザイナーの想いが込められているのですね。
須瑞化:ヒアリングのなかで、「リハビリはただ身体の機能を回復するものではなく、その人の暮らしに繋がる全ての回復を意味するものだ」というお話をいろいろな人の口から聞けたのが印象的でした。身体機能のみならず、気持ちや人との交流も含めて、その人の人生を日常に回帰させていくのが役割であるということです。
朝起きて、一日が始まる時に服を着るのがつらかったら、きっとちょっとそこまで出かけるのも億劫になってしまいますよね。けれど、その人の日常や暮らしを取り戻していくときに、「小さなおでかけ」を復活させるということはとても重要な意味を持つのではないかと感じ、名前を考えました。決め手としては、「odekake」という表記の丸みのあるビジュアル、そして幅広い世代の日常会話に馴染みやすく、口に出しやすいところです。
恭平:この製品には、患者さまと社会との接点をつくるきっかけになって欲しいという想いがありました。最後まで「odekake」と「meet」の2案が残っていたのですが、「odekake」の方が口馴染みが良いという皆さんの意見で決まりました。
必要な人に、必要なものを、必要な分だけ
ー-試行錯誤を経て製品の開発が進み、「odekake」という名前も決まり、2022年の7月にリリース。現時点で得られた成果や世の中の反応はどのようなものでしたか?
須瑞化:知り合いがスノーボードで大怪我をして入院していたときに、リハビリウェアを探していたらodekakeのクラウドファウンディングに辿り着いたという話を聞きました。これまで心身ともに健康だった人が突然リハビリをすることになったとき、それまで楽しんでいたファッションも奪われてパジャマみたいなリハビリウェアを着なければならないという現実に直面し、必死に調べて「odekake」を見つけてくれたそうです。届けたい人にちゃんと届いていることが実感できたことが嬉しかったです。
美咲:私はodekakeの試作品を私服で着ているのですが、機能性にこだわったことでとても着やすくて、すっかりヘビーユーザーになっています。日常で使いやすく、リハビリウェアであることを忘れるような製品ができたと実感しています。
恭平:患者さまの声はまだこれからという段階ですが、病院以外の外部の方々からクラウドファウンディングを通して、応援していますと連絡をいただけたのが嬉しかったです。これから改善を繰り返していくにあたって、ある症状をもつ患者さまの意見をもとに改良すると別の症状をもつ患者さまにとってはそれがハードルになっていた、というケースも出てくる可能性があります。新たなものを生んだとき、それがまた別のハードルを作り出してしまうリスクも同時に意識して、たくさんの方の声に耳を傾けていきたいと思っています。
ー-今回のプロジェクトでは、「odekake」が全国に届いたあとに廃棄されず、この社会に残り続ける仕組みをつくるような研究も合わせて進められたと伺いました。その想いや成果などがあれば教えてください。
美咲:「odekake」では退院後は継続的に課題をヒアリングし、リペアとリメイクを繰り返すことで廃棄を前提としない循環を目指しています。このアイデアを「医療現場を中心とした服の循環システム」として循環型経済の実現を目指すプロジェクトを表彰するcrQlr Awards (サーキュラー・アワード)で提案し、「Showing Perspective of Co-creation Prize」を受賞することができました。
恭平:医療現場での一番の目的は患者さまの健康ですから、今後もその本来の目的とつながるような形で社会や環境に配慮した提案をしていきたいです。
いまや環境問題は誰もが取り組む必要があるテーマだと思うので、今回提案した医療現場における服の循環システムが、これまであまり環境問題に意識してこなかったような方々にも届いて、取り組むきっかけになってほしいと願っています。
odekakeの種が社会に広がり、芽を出せるように
ー-改めて今回のプロジェクトを振り返って感じたことや、今後に向けての意気込みを聞かせてください。
美咲:日常的につかえるリハビリウェアをプロダクトとして制作できるところまで完成させたことは、インクルーシブファッション、ユニバーサルファッションという分野をより拡大するような存在になっていると思います。このプロジェクトを続けていきながら、多様な視点を織り交ぜた開発の仕組みも含めて世界へ拡張していけるのではないかと感じています。
須瑞化:今回のプロジェクトを経て、医療や福祉の現場にももっと課題を踏まえたPRの視点は活かせるのかもしれないなと感じました。私自身もヒアリングや調査を通じて初めて知ることができたリアルな課題もありましたし、こういった多様な分野での連携を今後も続けていけたら、いろいろな選択肢が生まれていくんじゃないかなと思います。あとは、医療福祉は誰しも「明日入院やリハビリが必要になるかもしれない」といった実は誰にとっても身近な分野だと思うので、いつか自分や周りの大切な人が当事者になった時に取れる選択肢がたくさんあったらいいなと純粋に思いました。
恭平:このプロジェクトが、患者さまの日常生活をより快適にし、リハビリに対する意欲を増すことにつながり、退院後の社会との関わりを持つことに貢献できるようになってほしいと思っています。そして、社会全体にこの挑戦が広がり、他の病院の施設の患者さまにも対応するような製品ができるような循環が生まれてほしいです。
また、今回外部の皆さんと連携してこうして新たなプロジェクトをつくったことで、居場所や関係性が自分らしさにつながると気付きました。障がいをもつ方やご高齢の患者さまも、このような居場所を持てたら良いと思い、多様な繋がりを持つきっかけを作る仕組みを学びたいと思っています。「odekake」の今後を考えることが、患者さまの選択肢をつくり、居場所をつくるような流れができたら嬉しいです。
対談の様子をPODCASTでも配信中
こちらの対談は音声でもお聴きいただけます。文章は少し編集を加えているものですので、より詳しく、生の声で聴きたい方はぜひご視聴ください。
※今回の音声は強弱やノイズが目立つ箇所がございます。音量にお気をつけてお聞きください。
morning after cutting my hairでは、企業・団体の皆さんの価値観や大切にしている想いを細やかにヒアリングし、議論を重ねた上で、「本質的な社会課題解決」を加速させるご提案をさせていただきます。
何か迷うことやお悩みがありましたら、ぜひお気軽にご相談ください。
/// 社会課題について考えるNews Letterも配信しています
(執筆:西野日菜、編集:中西須瑞化、取材:佐藤伶)