木曜日のレアチーズケーキ
「私たち離れてもずっと友達でいようね!」
そう言って就職するために遠くの街へと旅立ったあなたは今元気にしているのだろうか。離れ離れになる前はよく会って話をしていた。どれも他愛もない話だった。あなたが好きだと何度も話していたレアチーズケーキのことをふと思い出した。確か今日はあなたの誕生日だったよね。
****
エプロンをつけてキッチンの前に立つ。まずは型にクッキングシートを敷く作業だ。丸い型の底に上手く敷けるようにまずはクッキングシートを円形に切っていく。その次は型の側面に貼るために長方形に切っていく。
チョキチョキと一定のリズムを刻むハサミの音が心地よい。
あなたが引っ越してからも連絡は続いていた。月に一回は電話もしていた。最初に話すことはあなたの仕事や生活についてだった。仲のいい同期がいることや、上司は歳が離れすぎて気を遣ってしまうこと、パンを焼く趣味を持ち始めたこと、そして夜中にふと目が覚めてしまうこと。
クッキングシートを上手に敷けたら次はビスケットを粉々に砕いていく作業だ。その前にバターを溶かすためにレンジで温めておくことを忘れずに。
ビスケットをどこまで粉々にすれば最適なビスケットタルトができるのか試行錯誤している最中なのだけど、今日はとことん粉々にしてみよう。
バターがうまく溶けたら粉々にしたビスケットと混ぜ合わせていく。バターが均一に混ざるようにしないと完成した時にボロボロと崩れてしまう部分が出てくるので慎重に混ぜ合わせる。
混ぜ合わさったらクッキングシートを敷いた型に敷き詰めて冷蔵庫で冷やしておく。
月一で電話をするというルーティーンは半年くらい続いただろうか。思えば電話を誘うのはいつも私だった。
「電話したいんだけど次いつが空いてる?」
このメッセージに既読がつかないまま半年が経った。
次にクリームチーズ、砂糖、生クリーム、ヨーグルトを混ぜ合わせていく。よく混ざったら水に溶かしたゼラチンを加えていく。
冷蔵庫から型に敷き詰めたビスケットを取り出してそこに今混ぜ合わせたものを流し込んでいく。あとは冷蔵庫で三時間ほど冷やしたら完成だ。
料理は片付けが終わるまで、という母の教えを守るためにスイーツ作りに使った食器を洗うことを忘れない。
既読がつかないまま半年経ったメッセージを思い出す。一体何があったのだろうか。体調を崩していないか心配な気持ちもあったが、なぜかどうして連絡をくれないのかというメッセージが送れなかった。
それは他に仲のいい友達ができたか、私との電話が楽しくなかっただけなのだろうという感覚があったからだ。電話を誘うのはいつも私だったし、話を広げるための質問をするのも私だった。
あなたにとっては楽しくない時間なのに無理にその時間を過ごさせていたのならとても申し訳ない。一緒にいて心地がいいと思っていたのは私だけだったのかななんて考えてしまう。
みんなみんないつかはいなくなってしまう。いつかいなくなってしまうのなら優しくしないでよ、仲が良いフリをしないでよ、なんて思ってしまうこともある。
いつかいなくなってしまうのなら、隣にいてくれる今を大切にするのがいいんじゃないかと思う気持ちが出てきた。
あなたは私の人生からいなくなってしまった人。それでも過去の私と仲良くしてくれた人。たくさんの思い出を作ってくれた人。もしかするとこれからのわたしの人生に再登場してくれる人。
いなくなってしまった人を悔やんで時間を過ごすよりは、今隣にいてくれる人を大切にしていこう。
****
レアチーズケーキが完成した。今日はあなたの誕生日。今年のあなたの誕生日は木曜日。木曜日のレアチーズケーキ。あなたと一緒に食べることはできないけれど、あなたの分も切り分けておくね。
あなたが今も元気に幸せに過ごしていますように。