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#034 短編 ✖3で長編(その④)
拝啓 長編作品に尻込みしている方へ
この記事「#033 短編 ✕3で長編(その③)」のつづきです。
では早速、
第3話(完結編)のプロット「リトルガール」のつづき、
スタートします。
翌日、律はフォーマルな姿で来店した。
「いらっしゃいませ」とアンおばさん。
「こんにちは。お世話になります」
「昨日はごちそうさま。焼き鳥、とても美味しかったですよ」
「それはよかったです」
「ぜんぶ美味しかったけど、わたしのお気に入りはカワかな?」
「ですよね。ボクのオススメもカワです」
アンおばさんと律は、しばらく談笑した。
「じゃあ、そろそろ」と言って、
アンおばさんは店の鍵を閉め、
「鏡の部屋に行きましょう」と律を促した。
律は「はい」と笑顔で応えた。
お店の奥にある部屋へと移動すると、
律は1枚の紙をアンおばさんに渡した。
その紙には[小学校の先生]としっかりとした字で書かれてあった。
アンおばさんは言った。
「残念だけど、それはドリームチケットの種類には入ってないの」
「はい。なのでボクは、その夢を自分の力でめざします」
「だったら、お金を返さないといけませんね」
「いいえ。お金は寄付してください。それは父の希望でもあります」
「でしたら、遠慮なく、そうさせていただきます」とアンおばさん。
「ねぇ、律くん」
「はい」
「差し支えなかったら、でいいんだけど」
「はい」
「昨晩、お父さんとどんなお話をされたか、教えてくれる?」
「はい。ボクもそのつもりで、きょう来ています」
律は、
昨晩交わした養父母との会話を語り始めた。
養父母はともに音楽家で、当時、海外で暮らしていた。
子どもに恵まれず、年齢のこともあって不妊治療を断念した頃、
養母の遠縁の子どもが乳児院にいることを知ったそうだ。
産みの母親は、若すぎて生活力もなく、
乳児院に預けざるを得なかった。
律を産んだとき、まだ女子高生だった実母。
実父の可能性のある男性は、複数人いたため特定できなかったようだ。
律が満6歳になる頃、養父母は律の実母に会いに行った。
養子として迎えたい旨を伝えたところ、
実母は号泣しながら土下座した。
「お願いします。律を幸せにしてあげてください」
養父母は律を海外に連れて行くことも考えたが、
いずれ帰国して日本で暮らすつもりだったこともあり、
これを機に養父母が生まれ育った愛知県のN市に生活の拠点を移した。
律の実母は、
養父母宛てに月数万円ずつだが、送金を続けているそうだ。
「ちかぢかボクは実母と会う予定です」と律。
「緊張するね」とアンおばさん。
「はい。めちゃめちゃ緊張しています」と笑顔の律。
「将来の夢が[小学校の先生]なのは、どうして?」とアンおばさん。
「はい。正直いま、将来の夢と言われても、ピンときません。来年ボクは中学生になります。これからじっくり決めていきたいのです。ですが、これまでの人生で身近な職業って、父と母の音楽家、小学校の先生、塾の先生とかに限られていて、そのなかだと[小学校の先生]に憧れています」
「お父さんは、どんなご感想だったの?」
「はい。反対はしませんでしたが、オススメしたくないと言われました。理由は、ボクに大変な思いをしてほしくないからだそうです。たぶんそう言われるだろうと思っていました。なので、こないだ担任の先生に『どうして先生になったんですか?』って訊いてみたんです。そうしたら『子どもと接することが好きだから』と答えてくれて、そして『わたしには憧れの先生がいる。小学校のときの先生』と教えてくれました。で、先生は『その先生みたいな大人になりたいと思って、わたしもいま先生をしています』とおっしゃいました」
「律くんの先生は、女の先生?」
「はい。女の先生。山口先生です。山口先生の、憧れの先生も女性だったそうです。山口先生は『教師って大変な仕事だと言われてるし、ストレスも多い。でも、どんなお仕事でもストレスはある訳だし、わたしは職業としての先生じゃなく、憧れた身近な大人が小学校の先生だったから、この仕事をめざした』っておっしゃいました」
「素敵な先生ね」
「はい。素敵だし、面白い先生です。だって『憧れた大人がアイドルだったら、きっとわたしは、いまごろアイドルかもね』って、K-POPアイドルのサランヘポーズをしました」
「サランヘポーズ?」
律は「コレです」と言って、両手で頭の上にハートをつくった。
「日本では、なんちゃってポーズって呼ばれています」
「あら。なんちゃってなのね」とアンおばさんは笑った。
「で、山口先生は『いろいろ訊いてくれてありがとう。律くんみたいな教え子がいてくれるから、先生になって良かったと思えるし、憧れだった先生に少し近づけたのかなって嬉しくなる』っておっしゃいました。そして『律くんも、憧れられる大人にたくさん出会って、いつか大人になったとき、ひとから憧れられる大人になっていてほしい』って。だからボクはいま[小学校の先生]っていうか[担任の先生]に憧れています」
「そうなんだ。律くんの周りには、いい大人がいますね」
「はい。アンさんも、いい大人です」
「あらあら、お世辞がお上手ね。きょうはたくさんキャンディー、プレゼントするわ。…… そろそろ、お店の方に行きましょうか」
「あの …… ひとつ質問いいですか?」と律。
「なぁに?」とアンおばさん。
律が鏡を指さした。
「この大きな鏡。未来が映るってことは、まさか」
「あら。律くん。利発ね」
「りはつ?」
「頭がいい、っていう意味」
「アンさん、お世辞がお上手ですね」
「お世辞じゃなく、本音。でも、どうしてこの鏡の秘密が分かったの?」
「自分の将来の姿が鏡に映っているとき、なんだか向こう側に行けそうな気がして、だからもしかして? って思いました」
「そう。この鏡は未来とつながっている。実はわたしも、この鏡を通り抜けて、むかしのヨーロッパからこっちの世界に来たの」
「えっ! そうなんですか?」と律。
「そう。タイムマシンみたいでしょ」
「はい。…… でもどうして日本なんですか?」
アンおばさんは「そうねぇ。それは ……」と言いかけたが、
「きょうはやめておきましょう。長い話になるから」と自重した。
「分かりました。残念ですけど、ボクも陽が沈まないうちに帰らないと、両親に叱られます。心配かけたくないですし」
「そうね。こんど教えてあげるわ」
「はい。じゃあ、またこんど」
律は、お土産のキャンディーをもらって、
陽の傾きかけた街を自転車で帰っていった。
その日の夜、
アンおばさんは1枚の写真を眺めていた。
その白黒写真には、
油彩画と、その絵の隣りに自分が写っている。
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この油彩の肖像画は、
第2話「ドリームチケット」のエンディングで、
鏡の中の映像内で描かれていた肖像画。
肖像画のモデルは、占いおばさん=アンおばさん。
その肖像画の現物は、
現在、作品名『キャンディー屋の婦人』として、
N市美術館の常設展示室の壁に掛かっている。
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アンおばさんは写真を眺めながら、
昔のことを思い出していた。
<アンおばさんの回想シーン>
第二次世界大戦が終結したヨーロッパ。
キャンディー屋は戦時下に閉業したまま、鏡占いの客も来ず、
どちらの商売も、再開のメドすら立っていなかった。
そんなある日、
閉業中のキャンディー屋に、1人の紳士が現れた。
「久しぶりだね、アン」
「これは、これは、カシエルさん」とアンおばさん。
※この紳士・カシエルは、
第1話「少女と娼婦」の記憶を預かる(消してくれる)時計店の元店主。
アンおばさんが「相変わらず、お若いままですね」と言うと、
カシエルは「アンには、わたしがどう見えているのかな?」と訊ねた。
「40代の紳士のまま。初めてお会いしたときのまま、変わっていません」
「そうですか。わたしが初めてアンに会ったのは、アンが13歳のとき。そのときのわたしが、40代の紳士に見えていたということですね」
「ええ。かれこれ50年ほど経っていますが、カシエルさんの姿はそのときからずっと変わっていません」
「アンも知っての通り、わたしは歳を取りません」
「ええ」
「性別もありません」
「はい。知っています」
「わたしは[時の翼]を持った天使ですから」
アンおばさんの背後からリトルアンが顔を覗かせた。
カシエルはリトルアンを認め、
「ひとによって、わたしの姿はさまざまに見えます」
13歳の姿をしたアンに向かって、
「アンには、わたしが亡くなられたお父さんの姿に見えるのでしょう」
リトルアンは何も応えず、アンおばさんを見上げた。
リトルアンに視線を落としたアンおばさん。
「そうかもしれません。でもわたしには、父親の記憶があまりなくて …… 。わたしが小さいころ、戦地へ行ったまま、それきりですから」
カシエルは「そうでしたね」と言って、腰を屈め、
リトルアンの頬に手を添えた。
すると、リトルアンはすうっと消えた。
「それはそうと、カシエルさん。どうして突然」
アンおばさんがそう訊ねると、
「再びわたしが、アンの前に現れた理由ですか?」
「ええ」
カシエルは「お店の移転です」とはっきり言った。
「キャンディー屋を再開するにも、砂糖と水飴などの材料が手に入りません。鏡占いも、戦後まもないこの時勢ですから、お金に余裕のある客なんていません。ですから、この場所での営業はもうおしまいにして、別の場所に行きましょう。その準備はわたしがすべて整えます」
アンおばさんはカシエルに訊ねた。
「たとえ別の場所へ移ったところで、状況は同じではありませんか?」
「だから、未来に行くのです」とカシエル。
「未来って?」と戸惑うアンおばさんに向かって、
「アンは肖像画の写真を持っていますよね? それがチケットになります。その写真を持って鏡の前に立てば、肖像画の未来が映ります。そして鏡を通り抜ければ、そこはもう、肖像画のある未来の世界です」
カシエルは話をつづけた。
「あの鏡は、いまと未来がつながっています。チケットがあれば、時を跨ぐことができます。アンにこのことを隠していた訳ではありません。話す必要がなかっただけで、話すタイミングもありませんでした」
アンおばさんは「…… まだよく理解できていませんが」と前置き、
「キャンディー屋と鏡占いを続けることができるのなら、わたしは未来の世界へでもどこへでも行きます。ですが、まさか[記憶を消す]あの仕事を復活させるなんてことはしませんよね?」と確認した。
「その心配はしなくていい。アンが記憶を取り戻したあの儀式を最後に、記憶を消したり戻したりするサービスは、永遠に封印しました。良かれと思って行っていたサービスでしたが、子どものころの記憶を失ったままのアンと再会したとき、わたしは反省しました。たとえどんな記憶であろうとも消してはいけない。記憶を消してしまったひとの苦悩が、アンを通してよく理解できました。あのときアンはいくつでしたか?」
「21歳になっていました」
アンおばさんがそう答えると、リトルアンがまた現れた。
アンおばさんはリトルアンをちらっと見てから、
カシエルに視線を戻した。
「春をひさいで暮らしていたわたしを、すぐにその場で雇ってくださって、時計店だったこの場所をキャンディー屋にも変えてくださいました。鏡占いの仕事もつくっていただいたカシエルさんには、とても感謝しています」
「いや、いや」とカシエルは首を横に振って、
「つらい境遇の子どもたちのために、何かわたしができることをしたい。そう言ったのは、アンだった。その希望に応えるために、いや、アンの希望に賛同して、わたしは[ドリームチケット]の仕組みをつくった。誰も困らないし、むしろ誰もが幸せになれる仕組み」
「そうですよね。お金に余裕のある方のご子息・ご息女に、いくつかの将来を見せてあげる。その代わりに多額のご寄付をいただく。子どもには、鏡に映った将来の姿、その具体的な目標に挑むための自信を授けてあげる。お金で将来を買うのではなく、あくまでも自信を授けるための仕組み。なかには、ドリームチケットの種類に入っていない将来を、自ら選択する子もいます。親御さんからいただいたご寄付は、つらい境遇の子どもたちの福祉に使わせていただく。本当によくできた仕組みだと思います」
「わたしは仕組みをつくっただけで」とカシエル。
「鏡占いを長い間つづけてきたのは、アン自身に他ならない。だからこの先も、アンには鏡占いをつづけてほしいのです。もちろんキャンディー屋も」
「はい。わたしもそうさせていただきたいです」
「では、肖像画の写真を用意してください」
「写真は、鏡のある部屋に飾ってあります」
「でしたら早速、鏡の部屋へ参りましょう」
カシエルと、アンおばさんと、リトルアン。
天使カシエル・アンおばさん・アンの分身リトルアンは、
大きな鏡のある部屋へと移動した。
律は、2日連続で、
キャンディー屋さん「AUNT ANN's(アントアンズ)」に来ていた。
大きな鏡のある部屋で、アンおばさんから、
いまの日本にタイムリープしたときのことを聞いていた。
「そのあと、どうしたんですか?」と律。
「この写真を持って ……」
アンおばさんは律に白黒写真の入ったフォトスタンドを手渡し、
「鏡の前に立つと、その肖像画が壁に掛かっている映像が映ったの」
「はい」と律。
「鏡に足を伸ばして跨いだら、この部屋だった。カシエルさんが『ようこそ』と出迎えてくれた。でもね。どこにも肖像画が見当たらなくて『絵は?』って訊いたの。そうしたら『近くの美術館に掛かっている』って。その美術館が、すぐそこの美術館」
「N市美術館ですか?」
「そう。常設展示室の壁に掛かっているわ。常設展示は中学生以下無料なので、律くんはいつでもタダで観覧できますよ」
「この白黒写真のホンモノですよね。あしたは塾があるので、あさっての金曜日、観に行ってきます。夕方は何時までやっていますか?」
「17時だったかな。金曜日は20時まで観覧できるはず」
「夜になってしまうのは両親に心配かけるので、夕方までに観に行ってきます。…… でも、日本にタイムリープって、アンさんにしたら、まさかですよね?」
「ええ。まさかでした。カシエルさんに『ここはどこですか?』と訊ねたら『ジャポン』って言われて、それから日本語の猛勉強をしました。ほんとに日本語はむずかしい。てか激ムズ」
「アンさん、もうペラペラじゃないですか」
「日常会話だったら、全然だいじょうぶ」
「あの …… ひとつ質問いいですか?」と律。
「なぁに?」
律が大きな鏡を指さした。
「過去にはタイムリープできないんですか?」
「それね。カシエルさんに訊きそびれたままなの。過去への行き方も聞いていないし、そもそも過去に行けるかどうかも分からない」
「そうなんですね」
「過去に行けるのなら、わたしはしなくちゃいけないことがあるの」
「それ、訊いてもいいですか?」
「ええ。13歳のときのアンと、21歳のときのアンに会って、わたしが導いてあげないといけない。いまのわたしがその年齢のとき、わたしは占いおばさんに会った。そして時計屋の場所を教えてもらった。その占いおばさんは、おそらく未来の自分だったと思う」
「どうしてそう思うんですか?」
「こないだ買ったツバの広い紫色の帽子を被って鏡を見たとき、びっくりしたの。あのときの占いおばさんとそっくり同じ。時計屋のことを教えてくれたのは、おそらく未来の自分。いいえ、ぜったい未来の自分だった。だからね。わたしは過去への行き方を見つけないといけない」
「カシエルさんに会って訊くことはできないんですか?」
「そうしたいんだけど。どうすればカシエルさんに会うことができるのか、まったく分からないの」
「そうなんですね」
「律くん。そろそろ帰らないといけない時間じゃない?」
大きな鏡の部屋にある時計が、16時45分を指していた。
「そうですね。ボク、帰ります」
アンおばさんは、
「また、いつでもいらっしゃい」と見送ると、
「あさって美術館の帰りにまた来ます」と言い残し、
律は自転車で帰っていった。
店内に戻ると、リトルアンが立っていた。
アンおばさんは「過去への行き方、分かる?」と訊ねた。
リトルアンは黙ったまま。
「じゃあ、あのときの占いおばさんは、やっぱり、わたし?」
そう訊ねても、
リトルアンはやっぱり黙ったままだった。
その夜、アンおばさんは夢を見た。
夢のなかで、
13歳の姿のアンが「待ってるから」と言った。
すると赤い煙が13歳のアンを包み込み、
やがて煙の色が薄くなるにつれて13歳のアンが消え、
今度は21歳の姿のアンが現れた。
「わたしも待ってるから」と21歳のアン。
すると今度は、緑色の煙が21歳のアンを包み込み、
やがて煙の色が薄くなるにつれて21歳のアンが消え、
つぎにカシエルが現れた。
「わたしは、アンに言い忘れていたことがある」とカシエル。
アンおばさんが「なにをですか?」と訊ねると、
カシエルは「サブリエだよ」と答えた。
「サブリエ? どういう意味ですか?」
カシエルは小さく微笑んで、
「律くんが届けてくれるから、あと1日待っていなさい」
そう言い残すと、カシエルも消えた。
昨晩の夢から目覚めたアンおばさんは、
サブリエの意味を早朝から考えた。
リトルアンに「分かる?」と訊ねたが、
リトルアンは黙ったまま。
「わたしがわたしに訊いても分かるはずないよね?」
リトルアンはくるりと後ろを向いて、すうっと消えた。
アンおばさんは、
「あした、律くんが来るのを待つことにしましょう」
自分にそう言い聞かせて、
開店時間の11時までキャンディーづくりに専念した。
お昼ごろから急に女子高生たちがやってきた。
「きょうはみなさん、どうしたの?」
アンおばさんがそう訊ねると、
女子高生のひとりが答えた。
「きょうからテスト期間で、学校は午前中までなんです」
店内は1時間ほど賑やかだった。
13時を過ぎた頃には、女子高生たちもいなくなって、
お昼を食べていなかったアンおばさんは、
近所のファミマで、焼き鳥のカワタレと塩むすびを買ってきた。
遅めの昼食を摂りながら、
昨晩の夢のなかでカシエルが言った「サブリエ」の意味を考えた。
( …… サブリエ。……… アワーグラス。…… サンドタイマー。…… 砂時計。…… 時間の経過を計る? 限られた人生の時間を計るってこと? それとも別の意味? 未来から過去へと砂が落ちていく? )
午後も、夜になっても、
結局「サブリエ」の意味が分からなかった。
そして、この日の夜も、
アンおばさんは昨晩と同じ夢を見た。
カシエルの最後の言葉だけが「夕方まで待っていなさい」に変わっていた。
翌日の金曜日。
夢のなかでカシエルが言った「夕方まで待っていなさい」に従い、
アンおばさんは、夕方の律の来店を待つことにした。
午前中はキャンディーづくりに勤しみ、
お昼は昨日と同様、女子高生たちが多く来店したため、忙しく過ごした。
13時を過ぎて、店内が落ち着いてからは、
キャンディーの新しいデザインを複数パターン考えた。
時間はあっという間に過ぎて、店内の時計が16時を回ったとき、
「こんにちは!」と律が来店した。
アンおばさんが「いらっしゃ ……」と言い終える前に、
「アンさん!」と律が言葉をかぶせてきた。
「なに、なに、どうしたの?」とアンおばさん。
律が興奮気味に、
「聞いてください」
「美術館でカシエルさんに会いました」
「ギャルJKのカシエルさんです」
「で、コレ、渡されました」
律が手の平サイズの砂時計をアンおばさんにかざした。
「この砂時計、アンさんにって」
「まあ、落ち着いてください、律くん」
「はい。ごめんなさい」
「ゆっくりお話、聞かせてくれる? その前にお茶飲む?」
「はい。ありがとうございます。飲みます」
「冷たいお茶でいい?」
「はい。冷たいお茶、お願いします」
先ほどまでの興奮も落ち着き、
律がN市美術館での出来事を話し始めた。
「アンさんの肖像画を観ていたら、ギャルJKさんが近づいてきて『ねぇ、律』って声をかけてきたんです。呼び捨てだし、なれなれしいし、ちょっと恐かったし、だから無視していたら『わたし、カシエルだよ』って。そのとき初めて顔を見たら、なんだか知っているひとっぽくて。ボクを産んだ若いときのお母さんの姿かもしれなくて。こんど初めて会う予定なんですけど、たぶん、ボクを産んだお母さんで ……」
律がボロボロと泣き始めた。
「そのひと、カシエルさんなんだけど、お母さんで ……」
アンおばさんは律を抱きしめた。
なにも言わず強く抱きしめた。
律もアンおばさんにしがみつき、
そして、大声で泣き始めた。
アンおばさんの背に、リトルアンが凭れ掛かっている。
いつもは無表情のリトルアンだったが、
このときに限っては、律の感情に同調し、
つぎからつぎへと大粒の涙が頬をつたっていた。
しばらくして、律が「ごめんなさい」と言った。
「アンさん、もう大丈夫です」
そう言って、アンおばさんから離れると、
律は深呼吸を2回した。
「もう大丈夫です」と笑顔になった。
「美術館でも泣いたの?」とアンおばさん。
「いいえ。びっくりしたのと、なんか緊張もしていて、泣きませんでした。いま泣いたおかげで、とてもスッキリしました」
「そう。それは良かった」
「で、コレなんですけど ……」
律が砂時計をアンおばさんに手渡した。
「ギャルJKのカシエルさんが『アンに届けて』って」
「ありがとう、律くん。この砂時計が、過去への行き方のヒントみたいなの。でもね。わたしには全然分からなくて、とても困っている」
「ねぇ、アンさん。鏡の部屋に行ってみませんか?」
「そうね。じゃあ、お店の鍵、閉めないとね」
大きな鏡のある部屋。
鏡の前に椅子をふたつ並べて、アンおばさんと律が座った。
「夢のなかでカシエルさんが『サブリエ』って。サブリエは日本語で砂時計のことで『律くんが届けてくれる』って。そしてさっき、律くんがこの砂時計を届けてくれた」
「はい。ギャルJKのカシエルさんは『アンに届けて』と『よろしく、律。たのむね。じゃ、バイバイ』って言ってました」
「それにしても、カシエルさん。姿に合わせて口調も変わるみたいね」
「アンさんの場合の紳士カシエルさん。ちょっと羨ましいです」
「そぉお?」
「はい。ボクのお母さんがギャルJKだったことも、少しショックです」
「いまはギャルJK卒業して、変わっていると思うよ」
「こんど会うとき、確認してきます。でも、すごくラクになりました。実は会うのが恐かったんです。どう向き合えばいいのか? なにを話せばいいのか? ギャルJKのカシエルさんに会って、いい予行演習になりました。それと、さっき泣いて、もう少し自分らしくしようと思いました」
「律くん、やっぱり無理してた?」
「はい。たぶん。演じていた訳ではないですけど、ほめられるひとになろうとカッコつけていたし、これからもカッコつけると思います。でも、たまには人前で泣いたり怒ったりしてもいいかなって。こないだ少し言いましたけど、ボク、反抗期に入ったみたいで、両親に対してちゃんと反抗してみようと思います」
「ねぇ、律くん」
「はい」
「律くんの、本当の将来の夢って、実は何?」
「バレてますね」
「ええ。小学校の先生に憧れを持っているのはウソじゃなくて、これからじっくり決めていきたいのも、たぶん本当のこと。でも、本当の将来の夢。律くん、隠してるよね?」
「はい」
「差し支えなかったら、教えてくれる?」
「ジャズピアニストです。ドリームチケットの5種類のなかに[ピアニスト]はありましたが、この鏡に映ったのは、クラシックでした。ボクの将来の夢は、ジャズピアニスト。理由を訊かれても、好きだからとしか言えなくて。いまもずっとクラシックを学んでいますが、好きなのは、ジャズ。たぶん両親も気づいていると思います。家でジャズを弾いていても、両親は何も言わないですから。だからこの先、ちゃんと理由を見つけて、自信を持って両親に話したい。それがいまのボクの夢というか、目標です」
「律くんは、本当に利発で、真面目ね」
「アンさん、本当にお世辞がお上手ですね。そろそろボクの話は終わりにして、過去への行き方、考えませんか?」
「そうね。そうしましょうか」
律が椅子から外れて、椅子の前にしゃがみ込んだ。
「アンさん。その砂時計、貸してください」
アンおばさんは「はい」と手渡し、
受け取った律が椅子の座面に置いた。
上から下へ、ノズルを通って、サラサラとした砂が落ちていく。
部屋の時計を見た律。
「5分でしたね。意外と長いですね」
「そうね。5分にヒントがあるのかしら」
「うーん」
アンおばさんが「哲学っぽいんだけど」と前置き、
「上の膨らみにはこれから落ちる砂があるから未来の空間で、下の膨らみがすでに砂の落ちた過去の空間。そう考えると、砂時計は下の過去から上の未来には行けない。重力があるから」
「はい」
「でも、この鏡は、過去から未来には行ける。未来から過去には行けない。いや、行ける。…… んっ? わたし、なにが言いたいんだっけ?」
「ねぇ、アンさん。砂時計って、どっちが上で、どっちが下ですか?」
律が砂時計に手を伸ばし、
「いまは、こっちが上ですよね。でも、こうやってひっくり返すと、こっちが上に ……」
「あっ!」「あっ!」
アンおばさんと律が同時に声を上げた。
「分かった!」「分かった!」
アンおばさんと律が見合った。
「そうだよね」とアンおばさんが言うと、
律が「そうです。この鏡を ……」
ふたりが同時に叫んだ。
「ひっくり返す!」「ひっくり返す!」
アンおばさんは、
翌日・翌々日の「AUNT ANN's(アントアンズ)」を臨時休業にした。
来店客も多い土曜・日曜を休むことに気が引けたが、
土曜日、N市内をあちこち回って、
占い師風の洋服、アンティークトランク、
クリスタルガラスボールなどを買い揃えた。
日曜日、
準備を整えたアンおばさんは、
大きな鏡を「よいしょ、よいしょ」と上下をひっくり返した。
アンティークトランクを開いて、
過去から戻ってくるための[肖像画と自分が写った白黒写真]を確認。
そして昨日買った占い師風の洋服に着替え、
鏡の前に立って、服装チェックをした。
「よし、バッチリ」
最後に、ツバの広い紫色の帽子を被った。
鏡を見ながら「さぁ、出てきて。リトルアン」
そう言うと、
アンおばさんの背後からリトルアンが現れ、アンおばさんの前に立った。
すると、鏡の表面が歪んで、
そこに13歳のアンが映し出された。
<鏡に映った映像>
13歳のアンが、田舎町の建物のかげで、
ルイス・キャロルの小説を読んでいる。
「さぁ、行きましょう。リトルアン」
リトルアンが足を伸ばし、鏡を跨いだ。
つづいて、
占いおばさんの格好をしたアンおばさんが、
鏡の向こう側へと入っていった。
おしまい
※しっかり時代考証・調査確認をしていないため、
ヨーロッパでの出来事(戦争)と、
登場人物の年齢設定などにズレがあります。
しかし、あくまでプロットの段階なので、何の問題もありません。
小説化するタイミングで、調整すればいい訳なので。
あるいは、プロットを進化させるタイミングで、
整合性のチェックを同時に行えばいいと思っています。
(てか、小説化の予定は、いまのところありません)
とにもかくにも、
第3話(完結編)のプロット「リトルガール」を読了いただき、
誠にありがとうございました。
(長文のプロット、誠に申し訳ありませんでした)
さて、今回の記事はこれで終わります。
次回の記事で、
「#030 ~ #034/短編 ✕3で長編」についてのまとめを書きます。
(#032 は違います)
ではでは、
次回「#035 短編 ✕3で長編(まとめ)」も、
ぜひお読みくださいませ。
★なるほど~。紙の本ならではの体験でした★
杉井 光 著「世界でいちばん透きとおった物語」