見出し画像

なつっこいトルコ人のおじさま(2014年45歳)

まだ空も明るい、爽やかな晩春の夕刻。
アルバイト帰りの電車内は、帰宅ラッシュ前だというのに、すでになかなかの混み具合。
そんな中で、何故か私は、見知らぬトルコ人のおじさまと立ち話をしていた。

出逢いは、電車を待つ人々が林立する駅のホームだった。
少し離れた隣の列に並ぶおじさまと、一瞬だけ目が合ったのである。

そしたらその後、たまたま乗車するタイミングが一緒になり、ちょっとした人の波に流され、あれよあれよとドア前で隣同士に。気がつけば会話が始まっていたのだった。

話の口火を切ったのは、もちろんおじさま。
しかも、のっけから結構プライベートな内容全開で、「トルコから来て日本で働いており、今日はフォークリフトの試験を受けに行った。これから帰宅するところである」に始まり、「離婚して子供が何人かいる」などという、こっちが戸惑う程の深さにまで及び、更には私の家族構成(子供はいるのか)などに関しても、興味津々に聞いて来られた。

でもって、これまたおじさまの日本語が結構お上手なのである。
なので、当初『キリの良い所で……』とやめ時を見計らっていた私も、つられてトントン返答。
会話は思いのほか弾み、途切れることなく流れて行ったのであった。

ところで。
国際色に乏しい人生を送る私が、どうして見知らぬトルコ人のおじさまにここまでグイグイ来られてもあまり抵抗が無かったのかには理由がある。
それは、トルコに8年ほど在住していた“トルコ大好きっ娘な後輩(しかもトルコの方と結婚)”が、常々「トルコ人はとても人懐っこいから、行けばすぐに友達が出来ますよ!」と言っていたからだ。

その予備知識があったからこそ、境界線をぶっちぎるようなエネルギッシュなコミュニケーションに少々腰が引けながらも、『なるほどね~こういうことか!彼女が言っていたことを日本で味わえるなんて、なんて面白い偶然!』と内心ニマニマしながら、この体験を楽しむことが出来たのだった。

……っていや。本当は、この裏状況をひとりでニマニマしてないでおじさまにもお伝えしたかった。後輩のことを話したら、さぞかしお喜びになるだろうという確信だってあったのだ。
だが、私はそれをしなかった。何故なら、おじさまが今以上に白熱してとんでもなく長引きそうな予感があったからである。そう、何事もほどほどがいいのだ。それでなくても、こうして会話はまだまだ続いているのだから……。

とかなんとか、脳みその奥で思っていたら、10分程が経過。次の停車駅の車内アナウンスが流れた。
おじさまは不意にお話を中断され、次の駅で降りるとおっしゃった。

そして、停車と同時に懐っこい笑顔を浮かべられ、「じゃあ、元気で!!」とブンブン手を振りドアへ。
ホームでも元気よくブンブンされた。

つられた私も、笑顔でブンブン。
通常は控えめリアクションだが、この時ばかりはこうしたかった。
何だか無性に楽しかった。
人類のエネルギーって、幅が広いんだなぁ。世界は広いなぁ。あれこれ悩んでいるのがバカらしい……。

間もなく電車は、何事もなかったように発車した。
歩きながらも、未だ手を振って下さるおじさま。
手を振り返した私は、少しずつ変わらぬ日常に覆われていったのだった……。

おそらく他の乗客の皆さんは、私たちのことを知り合いか何かだと思っていただろう。
しかし、わずか10分ほど前に出逢った、全く見知らぬ者同士。
その事実は自分でもちょっとビックリだが、大陸のパワフルなエネルギーに触れることが出来たのも事実。
例えひと時のことだったとしても、私の人生にとって貴重なワンピースとなったのである。

余談 
後日、早速メールにて本エピソードのくだりを後輩に報告したところ、すぐさま「すごいです!それは偶然ではなく必然ですよ!!」「トルコの人たちの人懐っこさを分かって貰えて嬉しいです!」と、驚きと興奮と喜びに溢れたコメントが返って来た。
私も嬉しかった。