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【映画評】 チョ・ソンヒョン『ワンダーランド北朝鮮』……砂浜の少女の手のショットの真実
チョ・ソンヒョン『ワンダーランド北朝鮮』(2016)
(英語タイトル)My Bothers and Sisters in the North
チョ・ソンヒョン(1966〜)は韓国・釜山出身の映画監督。本作のナレーションはハングルではなくドイツ語。どこか違和感を覚えるのだが、それには深い理由があった。
本作のオフィシャル・ウェブサイトに、チョ・ソンヒョン監督が北朝鮮で映画製作を行った経緯が述べられている。
わたしたちが描く北朝鮮のイメージとは、独裁国家、核開発、貧困、飢餓、世界から隔絶された国。どれもが負のイメージである。北朝鮮は本当にこのような危うい国なのだろうか。チョ・ソンヒョンは、この問いの答えを探すため、北朝鮮で映画製作を行う決意をする。だが、韓国籍の人は北朝鮮に入国できない。そのため、彼女は韓国籍を放棄し、ドイツに帰化した。ドイツのパスポートを入手することで、北朝鮮入国を可能にしようとしたのだ。
北朝鮮に入国し、エンジニア、兵士、農家、画家、工場労働者などの“普通の人々”への取材を敢行した。
国籍はドイツであるものの、本来的には韓国人であるチョ・ソンヒョン監督。本作は、彼女と北朝鮮の普通の人々の、半島統一の願いが色濃く滲む作品となっている。
“観察者”としての監督チョ・ソンヒョン
だが、チョ・ソンヒョンに半島統一の想いはあるものの、あくまで監督という“観察者”であることで、ドキュメンタリーとしての位相を保持している。そして、カメラの周辺には絶えず北朝鮮政府の監視人がいたであろうが、対象を〈写す/写さない〉も含めてのドキュメンタリー作品となっている。
この場合の〈写す/写さない〉とは、ショットの〈写す/写さない〉とは異なる、撮ることの自律性を欠いた検閲制度のことである。
写真家・伊奈英次の作品に、産業廃棄物を撮ったシリーズ『WASTE』がある。
彼から検閲について興味深い話を聞いたことがある。
機密性の高いダークなイメージの産業廃棄物。それゆえ、産業廃棄物処理所では自由に撮って良いわけではない。〈公開/非公開〉という意味で、廃棄所職員の同行があり検閲がなされる。
第一の検閲は立ち入り〈可能/禁止〉場所の指示。
第二は撮影〈可能/禁止〉の指示。
第三は撮影後になるのだが、廃棄所職員によるネガチェックである。写ったものによってはネガを没収されることがある。
さらに、検閲とは言わないまでも、撮影者自身による〈写す/写さない〉の選択、そして自身によるネガの選択もあるから、作品完成までには他者による検閲と自己による検閲を経ることとなる。
チョ・ソンヒョン『ワンダーランド北朝鮮』にも、このような検閲が多層に介入しているだろう。
フレーム内の北朝鮮の“普通の人々”は一様に北朝鮮の国家主席である金日成と金正日を最高度に崇拝し、自分たちは主席の愛に包まれていると強調する。だが、“普通の人々”は、北朝鮮国家による監視という“検閲された人々”であるとわたしたちは推測する。しかし、監督はあくまでも観察者であり、そのことについて“普通の人々”を超えては語らないし、挑発するような問いかけもない。
だが、挑発はしないものの、観察者としての監督の眼は、“普通の人々”に複眼的で多層のベクトルを静かに向ける。監督は自己の立ち位置の視線を密かに呈示するのだ。それは縫製工場の終了時の総括におけるリーダーと一般工員のショットに見ることができる。カメラは今日の反省と明日の希望について誇らかに語るリーダーを捉える。と同時に、歓びもなにもなく、ただ与えられたノルマをこなすだけの日々を過ごす一般工員の冷ややかな眼差しをも同時にカメラは捉える。しかし、本作は北朝鮮社会の悲劇を描く告発映画ではない。そこにあるのは、観察者としての監督の眼である。
さらに印象的なシーンがあった。ひとりの縫製模範女子工員の浜辺での語らいのシーンだ。彼女は職業としてのデザイナーという言葉を知らないのだが、縫製作業にとどまるだけでなく、やがては「今までにない独創的な服を作る」人になりたいと、はにかみに似た表情で、将来の夢を監督に語る。この語らいでの、彼女の手の表情を監督は見逃さない。浜辺に座り砂を弄る彼女の手のクローズアップである。このシーンが印象的なのは、少なくとも、彼女の未来を夢見る手のショットの美しさだけは真実だろうからである。このショットと出会えただけでも、この作品を見てよかったと思う。そして、北朝鮮で同胞として受け入れられたチョ・ソンヒョン監督の半島統一への想いも深く受け止めることができた。
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(日曜映画批評:衣川正和 🌱kinugawa)
チョ・ソンヒョン『ワンダーランド北朝鮮』予告編
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