祖父が死んだ日のこと
今日祖父が亡くなった。
23歳にして初めて身内を亡くした。この感情も思いも、祖父の存在も私の中でなかったことにしたくなくて。
すぐに歌を詠んだ。
私にはこれしかできなかった。
祖父が亡くなったというドタキャンの理由を今日 初めて使った
わかっていても人の死は突然で 私は明日の予定を立てる
体内に繋がった管 目を合わす事もできずに最期会った日
この数年まともに会っていなかったじゃないか。最期にあったときだって、管に繋がって死んだみたいな目をして息をしている祖父を見て、本能的に目をそらしたじゃないか。
でも涙が止まらない。
抗うつ剤を今朝飲み忘れたからかもしれない。
嗚咽をしながら涙を流す私を気にもとめない心療内科の待合室が妙に心地よかった。
そもそも。祖父が危篤状態だというのは1週間前から知らされていた。
私が誕生日だった5日前、最期にと祖父の家に行った。その前にいつ会ったのかわからないくらい久しぶりにあった祖父は、もう生きているか死んでいるかわからなかったけれど、濃い灰色の目を開けていた。
母は新しい喪服をるんるんで新調していて、数珠の色がピンクがいいか紫がいいかわざわざ私にLINEしてきたくらい。それは死から目を逸らしていたのか。いや、私なんかと比べ物にならない時間、最期まで祖父の隣にいた母の感情なんてわからない。
仕事をしながら介護もしていたから、死んで安心したかもしれない。かもしれないだけ。
一方私は知らされたときは冷静で、だから予約していた心療内科にやってきた。このあと薬局で薬をもらって詰め替え用のシャンプーとトリートメントを買う。いつもの日常の中に人の死というものがあって戸惑っている気もする。
それと、私の中で祖父はどんな孫だったかと考えていた。感謝とかが苦手だから反抗期な孫だと思っていただろうか。呆ける直前まで私の塾の送迎をしてくれていた。小さい頃、両親が仕事で泊まりのときは、家まで泊まりに来てくれていた。愛されていたと思う。
呆けた祖父の目がひらくときチカちゃんになった私の彼に似た鼻
祖父が認知症を患ったときに詠んだ歌。彼と血が繋がっていると思うことも多々あったから悲しいのかな。
鬱で色々な言葉を探しているときに「あなたはひとりじゃない。必ず愛してくれている人がいる」と生成AIに言われたことがある。私を愛してくれていた人がいなくなったから悲しいのかな。
冷静に分析して文章にして。なんて薄情だろう。
大切な友達の親族が亡くなったときのことを詠んだことがある。
友人の母の葬儀でこんなにも涙を流していいのだろうか
なんて薄情な歌だろう。彼女が葬儀で「来てくれてありがとう」と笑ったのを思い出した。
人は死ぬということを思い出した。
今日はそんな気持ちだった。
私が初めて親族を亡くした日のこと。
2023年9月23日