健忘録【人工呼吸器に水、溺死の危機⁉️】
入院中、溢れんばかりの富士山並みの真心がこもった素敵な出来事の中に、実はドッキリするエピソードも針の破片のように極々極々稀に起きなかったわけじゃない。(医療従事者も人で、実に様々な状況で最善を尽くして、協力して改善に努め、普段は数多とあるピットフォールを全て尽く回避して、ミスも事故も防いでいる。本当は、このような例外ではなく、巨大な大陸並みの素敵なエピソードを届けたいんだけど……ね……)
レスピ(人工呼吸器)の管に水が溜まって、溺死するかと思った件
人工呼吸器って、長期の場合には首に気管までの穴(気切)を開けて、そこにカニューレと呼ばれるプラスチックの管を入れて、そこにカポッとネジってつけるちくわの先みたいなジャバラに繋がった人工呼吸器を繋げる。
このジャバラは呼吸機能本体と気切を繋げるパイプ(人口気管)のような物なのだが、実は肺からの蒸気で結露が着いちゃう😳。
それを。手動でたまに外して、ちょっと振って、外にパシャパシャと水滴を逃がす。(滅菌ガーゼに叩きつけて、水滴を落とす)
たかが結露、されど結露!!
この水滴の量が人命を左右しうるなんて、いや〜、本当にね〜、末恐ろしい。(吹き出しそうなのをグッと堪えて、本気の話を聞いてください🤣🤣🤣書き手が笑ってどうする🤣🤣🤣)
こんな水滴というザコキャラに溺死なんてさせられちゃった日には、絶対に死ねずにCPRされなくても蘇生しちゃいますよね。
化けて出るどころの騒ぎじゃぁ、この悔しさは治まらんのだよ🤣
(そんなアホな!大袈裟だなぁ〜🙄😏と思ったそこのあなた!実際に病院でこのジャバラによる事故が起きて、問題になることもあるのよ。信じて。)
これね、私ヒヤリハットの経験あるのよ。
今でこそ、笑っていられるけれども、本当に洒落にならないんだから!
いやね、死闘を生き抜き、ICUを出た後のお話。
人工呼吸器を着けた状態で、一般病棟で日々闘病(お喋りして、笑って)生活してるある日。
夜中にジャバラの水滴で呼吸がおかしくて、目が覚まされるの。
この時は四肢も指も一本たりとも動かせない上、首も動かせないのね。だから、ナースコールは口を開閉した筋電図に反応して鳴るナースコール。(リハビリの人が毎日帰る前に、ちゃんとセットして、鳴のを確認して帰ってくれるんだけど、諸事情により……え~と……これが上手く作動しないこともありまして……)
この気道に直に水が入ってきて、一刻も早く誰かに助けてもらいたい時に、大体はちゃんと鳴ってくれるナースコールが何回口をパクッ(鳴れ〜)パクッ(鳴れ〜)と開閉しても、鳴らないのよ。
まさに、瀕死の魚だと思ったあなた、いつか罰は……多分当たらない……
とにかく、結構必死に無音で助けを求めている。
付き添いに隣のソファーで寝ている父は、イビキをかいて寝ており、ナースコールが口を開けた筋電図を拾った時に出す小さなピっという微かな音ではうんともすんとも言わない。
そんな時、レスピ(人工呼吸器)のアラームが鳴る!
「救われた」とホッとした。
すぐさま看護師さんが部屋に来てくれた。
白衣の天使の救命を喜んだのもつかの間、アラームを見ずに消して、立ち去ってしまった。
いよいよ、水は本格的に気道を塞ぐ。
呼吸できないから、レスピ(人工呼吸器)が繋がっている。たかが水滴でも、空気の通りを塞いじゃっていると、私にできる抵抗はない。(繰り返すようだが、指一本動かないし、体を横にしたり、首を動かすこともできない。当然、咳もできない。そこで瞬きや口の開閉以外にできる動きは一つたりともない。)
呼吸の苦しさも自覚する。
今までね、一度たりとも「死ぬかも」って思ったことはなかったのよ。
ICUで色々合併症と闘っている時も、最初に呼吸が止まった時も……
本当に、一度たりとも「私死んじゃうかも」などと思ったことはなかった。
その私が、ジャバラの水滴で気道が塞がれ、頼みの綱の人工呼吸器のアラームで来た助けが足し去った後……
さらに水が増えて、いよいよ換気(空気が肺への出入り)できなくなって(河だったら、コポコポコポ〜って沈んでく感じの時)
「あ〜、ICUでも死ぬと思ったことないのに、こんなことで溺れて死ぬなんて……」と思いながら、本気で無念……という感情を抱いた。
しかし、そこに看護師さんがすっ飛んで駆け込んできた。レスピ(人工呼吸器)のアラームも再び鳴っている。(どうやら、指に装着していたモニターでも酸素化(SpO2)も下がり、脈が上がっていたよう)
今度は、私を見て、レスピ(人工呼吸器)のモニターも見て、そして例のカニューレとちくわぽいジャバラの先を外して、水を除去(吸引?)してくれた。
こうして、人生初の溺死ヒヤリハットは回避できたとさ。
いや〜、本当に、これは内心構えたね〜。10代にして、生まれて初めて死を自覚し、一つたりとも自分にできることがない状況。
これ、本人は本当に苦しいし、怖いんだよ。(呼吸停止約5分で心停止、約10分で死亡。なにせ、溺れてるんだからね。河だったら、散々藻掻いて溺れたあげく、最期に沈んでいく寸前に近くを通りかかった救世主が飛び込んで子供を岸まで運び、その瞬間に咳して水を大量に吐き出す、あの瞬間みたいな救命の瞬間。咳も呼吸できないと出ないので、吸引で気道の邪魔物を吸い出し、看護師さんの手によって物理的にジャバラの水を除去するわけ。皮肉にも、水泳は大得意で大好きなのよね。)
この後、どのタイミングかは分からないけれども、先輩?が後輩?に「レスピのアラームは絶対に何で鳴っているか確認して、対応が必要かを見極めてから消さないと!」という大きめの声の諫言が聞こえた。(この声の記憶が同晩か、後日かは覚えていない。)
このエピソードは特別だ。普段は300%よくしてもらっており、対応も手厚かった。
この入院中の全てのお世話になった方々に深く感謝している。それは、今も同じ。
こういうのは例外で普段は本当にものすっごく可愛がってくれて、大切に丁寧に対応してもらったとも思っている。
この一連の長期入院で生きて回復し、元気に歩いて退院できたのはスタッフの皆さんのおかげだと、深く感謝している。
そして、私が周囲の人々に生かされていると実感したのも、この入院中の肉体的状況と周囲の真心と誠意と懸命な対応(と結構皆が色々話をしてくれたし、私を凄く良く見ていて、色々汲み取ってくれたからだ。)
とはいえ、溢れんばかりの富士山並みの最高な出来事の中に、実はドッキリするエピソードも針の破片のように極々極々稀に起きなかったわけじゃない。(医療従事者も人で、実に様々な状況で最善を尽くして、協力して改善に努め、普段は数多とあるピットフォールを全て尽く回避して、ミスも事故も防いでいる。本当は、このような例外ではなく、巨大な大陸並みの素敵なエピソードを届けたいんだけど……ね……)
今を大切に生きよう!
私のちょっとした背景は↓↓
↓↓は、これをちゃんと書き出す前の要点書き出し……(大丈夫と本記事を淡々とただ事実の羅列として書いたもの)