リンパ芽球性リンパ腺・白血病(-4)〜予兆に気がつく前 part1〜

遠い異国の地でのできごと。これが事実かフィクションかは、読者の皆さんの判断に委ねます。



異国の地での数日を無事終えた私は、とりあえずは少しは使えそうだということで、早々にただの入試のような、居なくても手術が回る第3助手から居たら便利な第2助手へと格上げになった。


朝のカンファレンス中に、元々この外科で下積みをしていてスタッフらと交流が多い同級生・同期の友人が私に声をかけた。



友人「ね、午後からの横隔膜ヘルニアの手術代わってあげようか?」



私「え、いいの!?」



友人「私は以前入ったことあるから、譲るよ。おめでとう😉」



私「マジで!? ありがとう!! 恩に着るよ☺️」



ヒソヒソ声で私達は会話し、友人が目でコーヒーに牛乳を入れるかを尋ねてきて、私は小さく顎を縦に振った。


笑顔で医局のコーヒーが入ったマグカップを手渡してくれる。



温かくて香り高いミルクコーヒーを体の深部に注ぎ込みながら私の腹の奥で広がる温かさは、ホットコーヒーの温度に加えて、友人の言葉も影響していたかもしれない。



午前中のオペ(手術)を終えた私は早々に昼食を食べ終えて、大手術の舞台に舞い戻って室内をウロウロしている。しっかり食べて、しっかり備えるのはとても重要だ。


患者はまだ麻酔導入もされていない。というか、まだ手術フロアに下りても来ていないようだった。



時間が過ぎるのが異様に長く感じる。ずっと立っている気がする。なんだかあまりにもずっと立ちっぱなしで、術前に疲れてしまっても困ると思う。だから、手術室に無造作に置かれた、麻酔科が良く座っている丸椅子を手繰り寄せて腰をかける。


それでも、どうしても落ち着かない。



手洗い場を何度も確かめに見に行く。



患者はMRSA(多剤耐性ブドウ球菌)を保菌している、長期寝たきりの若めの成人男性だった。


気がつくと、手術チームは全員私と同じ空間にいて、皆で一緒に手洗いをして手術に入る。


私は小柄なため、皆と立った高さを合わせる必要がある。手術台は執刀医の最も手術しやすい位置に合わせられるためだ。若い女性看護師が気を利かせて、高めのお立ち台(足台)を用意する。それをみて、もう少しベテランの看護師が、それじゃぁ低いわよ。絶対にこっちが必要だわ、と奥から倍くらいの高さのお立ち台を引っ張り出してきて、元々のものと入れ替えた。


私は歯に噛みながら、大きな手術用マスク横からチラッと断片的に見える頬を赤くした。そして、ハッキリとお礼を何度も言った。内心、オペ看(手術器具を術者に渡したりする看護師)は手術の肝だと言うが、こう言うことかと早がってんしていた。(もっとも、オペ看の凄さを実感する出来事が起きるのは、この先だった。)



いつも通りにガウンを着て、このオペの時には全員が手術手袋を2枚着用した。



執刀医は、若手の女性医師。



前立ち(第一助手)はベテランの指導医だった。



この配置は、執刀医を指導する時の配役だ。

前立ちのベテラン男性医師は、執刀医と私に手術手袋を2枚する利点や好みを伝えた。今回は特に手袋を2枚した方が良い点も強調して。



私はというと、患者の大の字に開かれた両腕の片方(右)と執刀医の間にピッタリ収まる所に立って、患者の組織を様々なしっかり釜のようなヘラ(リトラクター)で押さえている。様々なリトラクターをとっかえひっかえしながら皮膚、筋、臓器と術野を広げるために退けたい組織を上手い位置で押さえ、執刀医が手術しやすいように視野を確保することが私の仕事だ。こういう単純作業は、正直誰にでもできる力作業だ。



イメージとしては、建築時にクレーンを運転するのが執刀医、そのクレーンをリアルタイムでメンテして執刀医がクレーン操作を万全にしやすくして、時たまクレーン操作を解除したり、代わったりするのが前立ちだとすると、私がこと時やった視野確保はクレーンの荷物を運んだり、結びつけたりするような感じだ。



視野も手術には大切。
そう、とっても大切。



当然、慣れたチームメンバーが一緒にやった方が円滑だし、術者の好みに合わせられる。けれども、学生や新人が導入として性格や体力、気配りなどを試される目的もゼロではない。そして、術中に術者の最も手術しやすい環境づくりを理解し、想像して、その環境づくりを上手く実行するのも助手の腕の見せ所😉同時に、手術を最も身近で観察して技術を吸収できる特等席とも言えなくない。


ま、まだまだ見習いかつ異国からの研修医の私は役に立てることから証明しなければならない。


とはいえ、患者の安全と健康が第一なのは当然。


ここではまだまだはじめましてに近くても、他で手術をして来た経験値は役に立つ。器具は病院によっても多少違うし、好みの手法も違う場合がある。先ずは、患者ファーストで仕事をしていくのが一番。


手術の詳細は省くが、思いの外難航した。裂肛の具合や以前の手術の癒着などもあり、手術は予定よりも長くなった。7時間だっただろうか?


一般外科に特化した病院で洗礼されたスタッフでも、想定よりも長くかかる内容となった。


無事、手術はほぼ終了した。私もどうやら役に立ったようで、メインが終了した時に術野の縫合の手伝いをするか声をかけてもらえた。今までに経験したことのないほどの背中や左骨盤から下肢にかけての痛みに苛まれていたものの、それは表情にも態度にも出さなかった。(なんのこれしき)当然、喜んでやると承諾したら、早々に前立ちをした指導医はその場を立ち去った。


執刀医が見守る中、私は術野の縫合に尽力した。適宜、この方がやりやすい等の助言をもらいながら、チョビチョビと精進していった。(カットや糸結びは他のオペで教授に見守られながらやった後ではある。)


こうやって、安全で患者に不利益がない形で、ゆっくりと成長の階段を上がっていく。


無事に手術が終わり、温かい言葉をいただいた。


この後、想定していなかった事態を切り抜けることとなった。


手術が行われた、手術フロアの一番角のL字の先辺りにある手術室を退室して手術フロアの廊下に出たら、そこはガラスのシャッターが下されたかのような透明な仕切りでピッタリ隔離されていた。


ヤバい💦


ロッカーに戻れない😨


一番最後に手術室を出た私は、「何これ⁉️ どうやって外に出るの⁉️」と周囲に聞ける人がいない。


皆の手術サンダルがドサッと脱ぎ捨てられている所に、着終わった手術着を入れるゴミ箱のような容器が置かれていた。そこに、脱ぎ捨てられたような着古した手術着が、袖やズボンの脚の片方が容器からはみ出す形で無造作に突っ込まれている。中には、周囲に落ちた手術着もある。



どうやら、下着一丁で簡易脱衣所脇のドアから出るらしい。


当然か、多剤耐性菌をその場から持ち出すことは言語道断。


きっと、私の知らない中通路でロッカーに繋がっていると信じて、手術着も手術用サンダルも脱いで、パンツとブラジャーになって勇敢にドアを開けて中に入った。


そこには、手術着が全サイズキレイに収納されている棚が置かれている。ちょっと、収納庫っぽい見た目が醸し出されており、不思議な心持ちになる。



ここで、新しい手術着を着るのだろうか?



アレ? ロッカーは?



その先には、さらにもう一つドアが付いている。

私は、きっとこの先がロッカーに繋がる通路なのだと確信しつつも、念のために下着で出てしまう前に、ドアを開けて頭だけ突き出してキョロキョロとどこに抜けるかを確認してみる。


アレ?


えーーーーーー⁉️


それは、ロッカーからは大分離れた、病院の右隣の駐車場につながる病院本体の廊下ではないか🤯


私…… ロッカーに入るための電子キー、ロッカーの置いて来ちゃったよ〜〜〜


靴も……普段着も……寮への鍵も……電話も……


全ての持ち物ロッカーに置いて来ちゃったよ〜〜〜


ヤバい💦


どうしよう💦


病院のスタッフようのドアは、出る時は中から開くが、閉まると鍵がかかって外からは開けられない。ヒョイと飛び出してしまう前に、周囲の状況を確認したことに心底安堵した。



迷路を迷いなが進むネズミのように、周囲を慎重に確認しながら次の動作に進む。


自分のサイズの手術着を棚から引っ張り出して着用した。



周囲にサンダルが有るか見回すが、履き物はない。



靴下に手術着で外に出るしかない。


その辺に針なんて落ちてないよね?


よし、行くぞ!


この続きは次話をお楽しみに〜


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