時を送りたい時にゲームをしていたという話
■はじめに
こんにちは、花倉みだれです。
実は先日、メチャクチャしんどいことがありました。
思わず匂わせツイートせずにはいられないくらいしんどいことでした。
ありたっけの有給2日と+無給1日+早退するくらいにはしんどいことでした。
私はもう大人なので、辛いときは辛いと言ってしまいます。
しんどい!! 詳しいことは! 何も言えないけど!!!
しんどい!!!!
あまり言いたくないですが、これまでの人生史上で一番きついです。
■時を送ろう
問題は結構多角的で、誰が悪いとか何がどうだったとか、ここが辛いんだとかどうこうとシンプルに考えづらいものでした。自分が悪い部分も間違いなくあって、でもそこを突き詰めてもろくなことになりませんしね……。
結果的に、だからこそ情報が混濁して混乱の極みだったんですよね。
それなりに、こういうしんどさがある時はこうすれば癒やされる、みたいな経験則はありますが、要素が複雑だとそれを取れないんですよねー。
ただ、経験則で言えば、とにかく時間が解決するものだとも思いました。思っています。願っています。
実際、この問題が発生した直後と比較すれば、少しだけ整理できるようになってきたと思います。
というわけで、私がここまで送ってきた戦略はとにかく時間を送ることでした。
何かを考えられる隙間ができた瞬間、思考が嫌なループを爆走しだしてしまいますからね。
■何をしたかメモ
相応に色々試してみました。体も、心の底も元気は元気ですからね。
●外出→☓
例えば信号待ちの瞬間とか、ふとすれ違う誰かをきっかけにとかで無限に考え出すのでダメでした。
●カラオケ→☓
好きでよく一人で行くのですが、これも今ひとつ。スッキリしそうなものですが、逆に悲しさが押し寄せて来てダメでしたね。曲と曲の間とかで思考が走りまくります。
●漫画・雑誌・小説・音楽→☓
そもそも文字を読む能力が著しく落ちているうえで感受性が壊れているのでこれもダメです。
●飲食→△
心の底では元気なので、事象の発生直後以外は普通に食えています。
むしろ無限に食いますし無限に飲んでいます。
いくらか気は紛れますが、限界はありますねという感じです。
●クリエイティブなこと→☓
そういうことする余裕は出てきませんねぇ。
長期的にはこれをする他ないのかなと、思いますけどね。
いわゆる「自己療養のための試み」というやつです。
●パソコン関係→☓
パソコン関係のことだったので、パブロフの犬状態でモニターの前につくだけで泣くような状態で論外でした。今は少し回復しています。よかった。
■結局やっていたもの
やりなれたゲーム 結局のところ、これに救われました。
いわゆる「ゲーム脳」というのは、概要としては思考力が落ちてしまうみたいなとんでも科学だと言いますが、実際ゲームをやっている時というのはいい意味で頭をバカにできるものだと思っています。
大事なことは「やりなれた」ものだということです。
新しいものを理解する元気もないですし、例えば腐ってもゲ製者として意識高く最近の~とか近似ジャンル~とかそういうことは考えません。
具体的には、かなりの時間スパロボ30をやっていました。
若干の変化(Tエリアセレクトとか)こそありましたが、大筋前シリーズのVTXを踏襲していて、あまり覚えることがありません。
だからこそ無心でザクザク進めていけました。
その間は、あまり変な思考に苛まされることはなかったなと思います。
■人生を早送りできるゲームは財産
べつにこれがスパロボである必要は全然なかったのですが、今の私が積んでいたものの中で、手を付けられるタイトルとしてあったのがこれでした。
「何も考えずに進められるゲーム」
これは、しばしば訪れるであろう「人生を早送りしたい」「時が解決する問題に苛まされている」時に一つでも多くあると保険になるものなのかなと思います。
これに当たるものが外出前提の趣味だったり、レンタルできない・配信されていないアニメとか、運営型のゲームだったりするとなかなか立ち行かなかったことでしょう。
ある意味、シリーズとして大きな変化無く進んでいるスパロボに感謝したいなと思いました。
他にもいくつか、なんとなくで遊び出せてだらだら遊べるゲームは私にとってはあると思っています。
こういうのは、一度は遊んでいないと増えていかないですからね。
色々遊んでおいてよかったな、と思います。
そういうものの存在を胸に、明日からまた前向きに頑張っていきたいところですね。