
厳しい上司。はたらく
上長の年俸が話題にあがっていた。
大体これくらいだろう、すげえよな。
先輩達は、そこだけ切り取っていた。
歯に衣着せぬ物言いで刃向かうものを容赦しないあの上長。
私は黙っていた。
悪口を言うでもなく、反対意見を述べるでもなく
ただ空気になって。
私は転職組で、同じような背景をもつ人たちは
なんとなく雰囲気で分かりあう。
殆どが年長者とベテラン勢有資格者なので、私は様々な先輩やチーム外の人に迷惑をかけ続けている自覚がある。
みんなが当たり前にしていることが出来ない。臨機応変ができない。
そもそも土台がないのだ。
組織としては頭数としている方が助かるというのは事実だし
私からすると月給という形でお金が振り込まれるだけで幸せだと感じるたちなので
この荒波でも風邪を引かずただ航海に出ている。
やりがいとか夢とか、仕事に対しては抱いていないが
目標と、そこに至る道筋については解像度が高いし譲らないので凹まない。
それを皆「よい人」「がんばり屋」と切り取る。
臨機応変が苦手、環境の変化に弱い、利口でないという短所は
芯がありブレず、信頼を得やすいという長所でもある。
好きなように食べて、運動の習慣のない人が多い職場だ。
よく言われる。あなたは丈夫だね。
人は、自分の見たいように世の中を見る。
「なにやってんすか」
転職組の先輩が私をからかう。
引き締まった肉体をもち
目立たないのにしごできの。
私が一番尊敬している先輩だ。
細かな業務でやらかすと、具体的に教えてくれるのだ。失敗する自由をくれる。
笑いながら真面目に指導する。とても低姿勢に。
私は、将来こんな大人になりたいと思う。
ユーモアで人を柔らかく包むような大人に。
感覚で話さない。具体例や数値や資料を用いて視覚から教えてくれるので私は痛み入る。
世の中は本当にあたたかくて優しい。
どんな組織でも、どんな場所でも
自分が腐らないでいれば
見ていて助けてくれる人がどこからともなく現れるのだ。
楽園は、私の心の中にある。
だから謝り、非を認め、感謝し、笑う。
冒頭の上長だが、
私はその人のおかげで今の仕事を得た。
最終選考の時、その人についていきたいと思ったのだ。
たぶんそれは伝わっている。
優しい物分かりの良い上司よりも
気難しく恐れられているような人の元で働きたいと思った。
だから、私は配属先がその上長のチームだと分かったとき嬉しかった。
それで、他の部署の人に上長をいじられるとき真面目に返す。
私は好きですけど、と。
「絶望女さんだけは、何も言わずに黙々と働いているので却って気になる」
と他の管理職が言っていたと小耳に挟んだ。
私は別に何も思わない。
「困ってること、ない?」
色々な管理職に聞かれる。チーム内外の。
ないです、と私は笑う。
みんな色々抱えている。
私に見える景色だけが全てではない以上、さまざま飲み込む。
今できないことは、明日の私に託して
日々振り返り、軌道を修正する。
コツコツ、気の遠くなる作業だけれど
それができる人間は多くない。
多くの人は目に見える成果を、労力なく手に入れたいと思っている。
だから年収の高い人や、厳しい人を槍玉にあげるのかもしれない。
「いつもお疲れ様」
彼はたまに仕事について労いの言葉をかけてくれる。
「ありがとう。あなたもいつもお疲れ様」
私はまた、笑う。
彼は彼なりにうまくやる。
私も私なりにうまくやる。
そうやって、生活がととのうことを
私はありがたいと思っている。