【読書案内】7月のおすすめ本
個人と社会のあいだに中二階を作って考えるおすすめの本を、月に一度、メザニン広報室が紹介します。
森山至貴『LGBTを読みとく クィア・スタディーズ入門』(筑摩書房)
いま日本は、いわゆるLGBT法案に揺れている。
この法案の正式名称は「性的指向および性同一性に関する国民の理解増進に関する法律」だ。ご存じだっただろうか。
実は私は、この文章を書くために調べて初めて知った。
性的マイノリティやLGBTという話題は、その実態がよくわからないまま、ふわふわとSNS上を流れていて、なんとなく私たちの感情を掻き乱している。でも、ここらでちょっと立ち止まり、誰が何を訴えているのか確認してみる必要があるのではないか。
そんな私たちに、本書はうってつけの1冊である。
森山さんは「L」「G」「B」「T」一つひとつ丁寧に解説する。彼ら・彼女らは「LGBT」とひとまとまりに括られがちだが、実は全く異なる困難や課題を抱えている。そして決して一枚岩なんかじゃない。性的マイノリティの中でさえ、相互の無理解からくる分断に苦しんでいる。
例えば、「ゲイはLGBTの当事者だ」という言い方は適切だろうか? この本を読んだ後なら、きっと違和感を抱くはずだ。
本書の後半は「クィア・スタディーズ」の解説。性の多様性をより包括的に把握するための学術的な試みが、クィア・スタディーズである。
「クィア(queer)」は「奇妙な」を意味する形容詞だ。蔑称として用いられてきた語を当事者たちはあえて使用することで、言葉の持つイメージを乗り越えようとしてきた。歴史的な変遷を経て、今現在のクィア・スタディーズがある。
me and you『わたしとあなた 小さな光のための対話集』(me and you)
映画や舞台、小説、アニメなど様々な表現の場で、「分かりあう」ことはテーマになってきた。
2人の編集者、竹中万季さんと野村由芽さんが立ち上げたウェブメディア「me and you」から13人のインタビューをまとめた本書は、性別・国籍・職業、その他諸々を横断した対話集だ。
フェミニズムやクィア、マチズモ、そしてメンタルヘルスなど、多様なテーマについて、自身の内面や他者とのコミュニケーション、社会と歴史などを紐解きながら語り合う。
話をしているのは編集者の2人とゲストのはずなのに、いつの間にか読者であるはずの私もそこに居て一緒に話を聞いているような気持ちになる。
自分とは異なる他者の語りに耳を傾ける時間は、忙しい現代の都市生活においてかなり少ない。本書を読み進めていくと、やはり「LGBT」とか「フェミニズム」という言葉は記号に過ぎなくて、本当は一人ひとりに固有の経験とか考えが存在するんだと気付かされる。
振り返ってみると、2010年代はソーシャルメディアの登場と同時に「社会の分断」が議論されてきたように思える。
私たちはいつから「対話」を、他者を理解することを忘れて匿名で誰かを叩くようになったのだろう。
仲正昌樹『フーコー〈性の歴史〉入門講義』(作品社)
クィア・スタディーズにおいて欠かすことのできない哲学者がミシェル・フーコーだが、彼の著作は言い回しが非常に難解であり、気軽に読書をオススメすることができない。であれば、ちゃんと読んで理解した人に頼ってしまおう。
難しい哲学書を通読した上で解説してくれる人といえば、仲正さんだ。大学の講義のような形式で、フーコー晩年の集大成とされる「性の歴史」を第一巻から第四巻まで読み進めていく。
フーコーを理解する上で外せないのが、彼の「権力」モデルだ。
仲正さんによると、フーコーは『監獄の誕生(1975年)』までは軍隊的な「規律権力 pouvoir disciplinaire」を問題としてきたが、それが70年代後半から80年代にかけて「生権力 bio-pouvoir」に焦点が移り、『性の歴史』第3巻では古代ギリシアや初期キリスト教会にみられる「司牧権力 pouvoir pastoral」という形態に移行しているという。
私たちは何か一つの強大な権力(例えば国家権力)が、性の多様性を抑圧していると考えがちになるけれど、フーコーは違うという。
フーコーは「権力」を、抑圧する人 - される人の二項対立ではなく、私たちの相互作用に作用する力だと考える。つまり、特定の一人が権力を握っているのではなく、権力は私たちの関係性に内在している。
そして、性に対する関心が拡がった近代以降、性について知りたい・打ち明けたい・恥ずかしいから話したくない・性的欲望はよく無いものだから子供に知らせたくない・隠したい、そんな人々の「欲望」から生じた性についての言説のなかに権力が発生しているのだと論じる。
読み終わると、なんだか自分の頭が良くなったような気がするけれど、これは確実に仲正さんのおかげ。
執筆:メザニン広報室