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『ふたり』 角田光代
聡史は、誕生日を祝うような年じゃないんだし、そういうの、そろそろやめにしない? と言ったのだ。じゃあいくつまでが誕生日を祝っても許される年で、いくつになったら誕生日を祝うべきではないのよ、と訊くと、それが嫌みだということにも気づかず、やっぱ三十歳が境じゃないのかなあ、なんてまじめくさって答えやがった。 (p.10)
誕生日に思うこと。
ひとつ目は、そのときの状況によって異なる思いだ。
「一番に“おめでとう”とメッセージをくれる人は誰だろう」
「好きな人からは、メッセージが届くだろうか」
「彼氏と会えるだろうか」
「プレゼントは、アクセサリーがいいな」
などなど、自身の願いやわがままで脳内がいっぱいになる。
そして、毎年思うこととしては、
「やっと○年生きた」
ということと、
「今日という日に、母は痛い思いをして産んでくれたんだな。こんな私を…」
という実感だ。
もちろん、健康なからだで産んでくれて、健康に過ごせていることへの感謝もある。
しかし、親には本当に申し訳なく思うが、そのような感情とは別の感情のほうが大きい。
周りの大切な人に「おめでとう」と言ってもらって、ケーキに灯されたろうそくの火を消す。
「ありがとう」
笑顔でお決まりの挨拶を済ませたあと、私は胸に手をあてて、自分自身にそっと言葉をかける。
「やっと○歳を迎えました。お疲れさま」
誰にとっても、誕生日は特別だ。
だからこそ、いろいろなことを考えてしまう。
ありがたい日のはずなのに、やっぱり少し苦手だ。
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『ふたり』 角田光代 『私らしく、あの場所へ』(角田光代、大道珠貴、谷村志穂、野中柊、有𠮷玉青、島本理生、講談社、2009) 第1話に収録