夏あざみの弔い(その2)#詩のようなもの
1
雷鳴に驚倒するように
枯れはてた夏薊が 血を滴らせ あざやかに蘇える
手向けたのは 誰だろう? 家鴨の首と一緒に この湿った墓に供えたのは
青鷺が 闇夜の中空に浮遊するビニール袋のように 不吉に漂いまわり
驢馬が後ろで 大きく湿った 老いたくしゃみを続けている
あたりは無人のぬかるんだ墓地で 憂鬱と 皮肉と 生者のささやかな喜悦で 腐りきっている
わたしの墓標に刻まれたラテン語は たしかに 熱病にうなされて一度口にしたものだ
しかし何故? 識られた?
蘇らせたのは 誰だ? なんのために?
途切れることない悪夢と 浅い眠りを 裁ち切り さらに わたしをさいなむためにか
それとも 現し身の 責め苦を ふたたび加えるためにか
かつての ちっぽけな罪業と 逸越した凡庸と無知を とがめるためにか なぜ?
腐肉の躰と萎えた気をふるいたたせ 朽ち崩れた金襴銀糸の屍衣を引きずり
ウジ虫どもが肉を食い千切る 痛みに耐え
また立ち上がらねば ならぬのか
L'enfantの荒れ地から 家禽の血痕がつづいている
血と夏薊を手向けた者を たしかめるにしても 跡を追うにしても
マムシと毒虫が まとわりつく この深い沼を 這いずりまわるのか
星明かりすら のぞめないのに
でも
かなたの人家を
Dupont Circleの とぼしい燈火をめざそう
足許を浸しかけている海霧が すべてを閉ざす前に……
さあ!
2
ある昔 初夏に接吻し
沈黙が雪原を溶かし 微笑みが夏陽炎を凍つかす そんな
おまえに 黄金造りの髪飾りだけでは ものたりず
夏薊の一輪を添えた ”想ひ出” のためだけに
「そんなお方は、もともとあらしゃらなかったのと違いますか?」*
水白粉を塗りたくった 廓の禿姿が 投げやりに告げる
そんなはずがない!
あの白石版にうがたれた あの文は?
あの雪の日は? あの梅雨の下宿屋は?
「それも心々ですさかい」**
綸子の袖で 口元を隠して 禿がそっと上目を遣う
わたしは この巫女を呪った
彼女の一言は 無情すぎないか?
ふと 石畳の割れ目から伸びた タンポポに触れると
おまえの 衣擦れを きいたような気がする
この音は 午睡の余韻のように うら哀しい
3
すなわち
塀越しに白木蓮が咲き誇る お屋敷街の角をいくどもめぐる
花びらが ぬれたアスファルトに安息する朝に
性悪なミッフィーの 道案内を信じたばかりに
崩れそうな高石垣を 避け
まぼろしの路地道を いくつか行きあぐねて
心象の地平面に たどり着く
ここには 概念なんぞはそもそも存在しないし 善悪も 法則も 時空もない
煉獄も 極楽浄土も 輪廻転生も 解脱も ラッパがたからかに響きわたる復活も 救済もなく
「無」すらも 存在が許されない
心象のみが ただただ生き続ける
おまえへの追憶と エセ記憶だけが 無限ルーチンして輪舞し とわに逃げ出せない
これからは
カレールーが辛すぎたとか 多くつくりすぎたとか
ズボンの裾の 長さをミリ単位で気にするとか
もう 考え悩む必要もない……
ここは心象の地平面 だから 死と地獄のほうが なまめかしい
(たぶん、つづきます)
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注)
* 三島由紀夫 豊穣の海四『天人五衰』より
** 同 上