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【快挙】「暗黒の天体」ブラックホールはなぜ直接観測できたのか?国際プロジェクトの舞台裏:『アインシュタインの影』

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「ブラックホールを撮影する」という驚異的で壮大なプロジェクトはどのように展開されたのか?

この記事で紹介する本は、「ブラックホールを初めて観測したプロジェクト」の詳細に触れるものだ。もちろん、「ブラックホールとは何か」についても触れられているが、メインとなるのはプロジェクトの方なので、この記事でも、「ブラックホールそのもの」の説明はしないことにする。ブラックホールの性質に一部触れるが、それは「観測」に関係する部分に留めようと思う。

「ブラックホールの撮影」がなぜ可能なのか?

2019年4月10日に、科学史においても歴史的となる記者会見が行われた。ブラックホールの撮影に成功したというもので、撮影された画像が世界中で同時に公開されたのだ。

この時の会見は、科学研究の発表という意味では異例づくめだったそうだ。「解禁時刻」は日本時間では22時07分に設定された。通常なら1時間単位で区切られるものだし、そもそも22時という遅い時間に記者会見を行うこともない。世界同時発表ということでこのような時間設定になったのだろう。そこまでして同時発表にこだわるという点に、注目度の高さを感じさせる。

また通常、科学研究が一般の人の関心を惹くことはないが、ブラックホールとなると話は別だろう。映画・アニメ・SFなどに当たり前に登場するものだし、難しい理論を知らなくてもどんなものなのかイメージしやすい。しかも、「光を吸い込むから真っ黒で見えない」と言われている天体が「観測された」というのだ。どういうことなのか、興味が湧くというものだろう。

さて、まずその点から説明していこう。なぜ「ブラックホールの撮影」が可能なのかという話だ。

ブラックホールは、「光さえも吸い込む天体」であり、自らの周囲にある様々なものを無尽蔵になんでも吸い込んでいく。しかし、なんでも吸い込むといっても、すぐに吸い込まれるわけではない。ブラックホールの周囲で渋滞待ちのように様々なものが滞留しているのだ。

滞留している物質は、ブラックホールの周りをぐるぐると周回しながらやがて吸い込まれていくわけだが、その周回している間に他の物質とぶつかる。どれもとんでもないスピードで周回しているので、ぶつかることで摩擦熱が発生するのである。

つまりブラックホールの周囲は、常に摩擦熱が大量発生している場所というわけだ。そしてその摩擦熱は可視光線を発するため、我々の目にも見えるし、撮影もできる、というわけである。

つまりこういうことだ。「ブラックホールの撮影に成功した」と言っても、その画像の中にブラックホールは映っていない。しかし、ブラックホールの周囲を取り巻く「摩擦熱による光」は撮影できる。つまり、「摩擦熱による光がドーナツ状になり、真ん中にぽっかり黒い穴がある」ような画像になるというわけだ。

観測以前から、「もしブラックホールを撮影したらこのように映るはずだ」という予測がなされていた。そして、まさにその予測通りの画像が得られたことで、「ブラックホールを撮影した」ということが確定した、というわけなのである。

「ブラックホールの撮影」には、科学的にどのような意義があるのか?

ブラックホールの撮影は、我々一般人だけではなく、科学者にとっても大いに興味の的である。もちろんそこには、科学者としての純粋な好奇心もあるだろう。

しかしそれだけではなく、科学的にも意義のあるプロジェクトなのである。

まずそもそもだが、「もしブラックホールを撮影したら『黒い穴』が映るはずだ」というシミュレーションは存在したが、あくまでそれは理論上の話でしかない。科学の世界では、「理論上そうなる」と「実際そうである」の隔たりは大きい。理論家がどれだけ素晴らしい理論を打ち立てても、その理論が導く予言・予測が実験や観測によって確かめられなければ、科学的には意味を成さないのだ。

つまり、「ブラックホールを撮影したら『黒い穴』が映る」かどうかは、実際に撮影してみなければ確定しない、ということになる。この問題に決着をつけたという点がまず挙げられる。

またブラックホールには、非常に有名な「宇宙検閲官仮説」と呼ばれる仮説が知られており、直接観測によってこの検証も期待されていた。

ブラックホールというのは非常に単純な構造の天体であり、「特異点(非常に極小な中心部分)」と「事象の地平面(光が脱出不可能になる限界ライン)」の2つの要素のみで構成される。ざっくりとだが、東京ドームのマウンドに置かれたボールが「特異点」で、東京ドームの外壁が「事象の地平面」みたいなイメージでいいだろう。

ブラックホールは、その実在が示唆されるずっと以前から理論的な枠組みが研究されていた非常に特異な天体であり、重力崩壊によって「100%必ず『特異点』が作られる」ことは理論的に分かっていた。しかし「『事象の地平面』が作られるかどうか」は理論面からは判断できなかったのだ。

つまり可能性として、「『事象の地平面』を持たない、『特異点』だけのブラックホールも存在するかもしれない」というわけである。これを「裸の特異点」と呼ぶ。

そして「宇宙検閲官仮説」というのは、「『裸の特異点』が発生することはない」という仮説のことだ。ペンローズという数学者が主張したものだが、証明されているわけではない。そして、もしブラックホールを観測して「裸の特異点」が観測されたら、この「宇宙検閲官仮説」は否定される、ということになるのだ。

今回の撮影では「裸の特異点」は映らなかったので、この仮説は生き残っている。このように、「ブラックホールの撮影」が何らかの主張の裏付けになるという意味でも重要なのである。

他にも本書では、「ブラックホールの撮影」によってどんなことが確かめられるのかについていくつか挙げられている。そのような複数の成果が期待できるという意味で、このプロジェクトは非常に「お得」だと、著者は考えているようだ。

EHTプロジェクトが誕生したきっかけ

ブラックホールの撮影プロジェクトには、「EHT(事象の地平望遠鏡)プロジェクト」という名前がつけられている。そしてこの計画を率いたのが、シェップ・ドールマンという人物だ。本書ではこのシェップという人物を主軸に置き、EHTプロジェクトがいかにして展開されていったのかを追っていくという構成になる。

EHTプロジェクトの根幹を成すのはVLBI(超長基線電波干渉計)である。これは、地球上の様々な地域に存在する複数の電波望遠鏡で同時に撮影を行い、そのデータを組み合わせることで、1台の電波望遠鏡では捉えられない対象を撮影する、という仕組みだ。今回のブラックホール撮影では、地球上に存在するほぼすべてのミリ波望遠鏡が総動員されたため、EHTプロジェクトは「人類史上最大の望遠鏡」とも呼ばれている。

そのVLBIの仕組みを作り上げたのがアラン・ロジャースという人物であり、シェップが彼と出会ったことでEHTプロジェクトは始まることになるのだ。

シェップは非常に優秀な学生だったが、運に恵まれなかったことで不遇な大学院時代を過ごすことになってしまう。最終的には教授から厄介払いされるようにしてヘイスタック観測所に移ることになるのだが、そこでロジャースと出会うことになる。

シェップはVLBIを詳しく理解していたわけではなかったが、その仕組みにロマンを感じた。そしてシェップは上司であるロジャースから、VLBIでサブミリ波を観測するというミッションを与えられることになる。何年もかかるだろう困難な研究だが、上手くいけばブラックホールの観測ができる、と言われたことがきっかけとなって、シェップの中でEHTプロジェクトが生まれたのだ。

ではここから、実際のブラックホール撮影の話に移っていくのだが、その前に1つ、VLBIによって思いがけず証明されることになったある理論の話をしよう。「大陸が動いている」という「プレートテクトニクス理論」だ。

宇宙には「クエーサー」と呼ばれる天体がある。これは地球からもの凄く離れた場所にあるので、地球から見れば「不動の点」のように扱っていい(クエーサーは実際には光速で移動しているが、それが無視できてしまうほど地球から遠く離れている、ということ)。

これ以降は、ブログ「ルシルナ」でご覧いただけます

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