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【才能】映画『トノバン』が描く、「日本の音楽史を変えた先駆者・加藤和彦」のセンス良すぎる人生(「♪おらは死んじまっただ~」「♪あの素晴しい愛をもう一度~」の人)

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観ながら「『帰って来たヨッパライ』の人か!」と感じたぐらい加藤和彦については何も知らなかったが、映画『トノバン』はメチャクチャ面白かった

映画を観るまでまったく存じ上げなかった加藤和彦は、音楽業界で凄まじい評価を得ている人だった

本作『トノバン』を観ながら最初に驚いたのは、「『♪おらは死んじまっただ~』の曲の人なのか」ということ。そんな基本的な情報さえ知らないまま本作を観る人などまずいないだろう。ちなみに、「♪あの素晴しい愛をもう一度~」の人でもあると知ってさらに驚かされた。時代を超えて認知されている、まったく違うタイプの曲を生み出したなんて凄いものだなと思う。

そんなわけで私は、本作を観ながらずっと「どうして加藤和彦本人は登場しないんだろう?」とさえ感じていた。既に亡くなっていることも知らなかったからだ。作中で使われていた過去映像の中に、肩書きが表記されない人物が1人だけいて、「恐らく彼が加藤和彦なのだろう」と思ったのだが、映画を観終えるまで確証はなかった。そして本作は、そんな程度の知識しかない人間が観ても十分楽しめる作品である。

ちなみに、加藤和彦は「トノバン」という愛称で知られており、それが本作のタイトルにもなっているわけだが、作中では「どうして『トノバン』と呼ばれているのか?」という説明はなかった。恐らく、「加藤和彦のことを知っている人なら常識的な知識」なのだろう。私は知らなかったのでネットで調べたのだが、スコットランド人のフォークロックミュージシャンである「ドノヴァン」という人物から付いた名前なのだそうだ。まあ「ドノヴァン」のことも知らないので、「へぇ」としか思えないのだが。

さて本作中では、加藤和彦が作曲してきた様々な曲が流れるのだが、現代の感覚でも「斬新」「カッコイイ」と感じるんじゃないかと思う(私は普段音楽を聴かないので、その辺りの感覚に自信はないのだが)。例えば2025年の今、加藤和彦が作った曲を「謎のアーティストの新曲」として発表したら、全然受け入れられるような気がする。加藤和彦は「日本の音楽史を変えた先駆者」と評されているそうなのだが、その評価に相応しい仕事をしてきた人なのだろうなと感じた。

そしてそんな人物を取り上げるドキュメンタリー映画だからこそ、出演者も豪華である。泉谷しげる、坂崎幸之助、つのだ☆ひろなどのミュージシャンはもちろんのこと、シェフ・三國清三やデザイナー・コシノジュンコなど異業種の人も出てくるし、声だけの出演も含めれば坂本龍一、松任谷正隆、吉田拓郎と、錚々たるメンツなのだ。そしてそんな面々が口々に、加藤和彦の才能を絶賛していたのである。

あれほど「イコール音楽」だった人はいないと思う。

ワンアンドオンリーですよね。

あの当時、圧倒的なセンスがあったし、同時代では頭一つ飛び抜けていた。

音楽だけではなく、ファッションも食も一流だった。

凄い舌を持ってるなと思った。

あんな人にこれまで会ったことがない。

とにかく「べた褒め」という感じだった。音楽だけではなくあらゆる分野で「一流」だったそうで、そういう意味でも稀有な存在だったのだと思う。

加藤和彦が率いたバンドがメジャーデビューした経緯と、そのデビューCDが大ヒットした理由

さて、加藤和彦についてまったく何も知らなかった私は当然、「♪おらは死んじまっただ~」というフレーズがあまりにも有名な『帰って来たヨッパライ』が彼のデビュー作だということも知らなかった。正確には、彼が組んだバンド「ザ・フォーク・クルセダーズ」のデビュー曲である。しかも彼らは『帰って来たヨッパライ』をインディーズで発表し、それが話題となりデビューを果たしているのだ。これは、1967年当時にはちょっと「あり得ない」状況だったという。

というわけでまずは、加藤和彦が音楽の世界で知られるようになったデビュー前後の話から始めようと思う。

さて、「ザ・フォーク・クルセダーズ」は「結成時」と「メジャーデビュー時」とではメンバーが異なっているのだが、まずは「初代ザ・フォーク・クルセダーズ」がどのように結成されたのかから始めよう。当時はもちろんSNSなど無かったわけで、知らない人との交流は雑誌上で行われていた。そして「初代ザ・フォーク・クルセダーズ」は、大学生だった加藤和彦が男性ファッション誌『メンズクラブ』内の「MEGA PHONE」という読者交流欄でメンバーを募集して結成されたバンドである。そのまま加藤和彦の地元・京都で活動を行っていたのだが、メンバーの何人かが受験やら就職やらで入脱退を繰り返し、その後正式に解散しようということになったようだ。

その際、「どうせ解散するなら、記念にLPレコードを録音してから終わりにしよう」という話になった。当時、あるバンドが自主制作でLPレコードを作ったという話を耳にしており、それなら自分たちにも出来るはずだと考えたのだ。またここには「中央に対するアンチテーゼ」という意味合いもあった。当時、文化の中心はやはり「東京」だと考えられていたため、京都で活動していた彼らは「『東京以外でだって面白いことは出来る』という気概を示してやろう」と思っていたのである。こうして、僅か300枚の「解散記念LPレコード」を作ることになった。タイトルは『ハレンチ』。そしてこの中に、『帰って来たヨッパライ』と、後に物議を醸すことになる『イムジン河』が収録されていたのである。

さて、普通ならここで終わりだろう。「ザ・フォーク・クルセダーズ」は解散したのだから、これ以上進展のしようがない。しかし何と、解散記念で作った『ハレンチ』が思わぬ状況を引き連れてきたのである。

その説明のためにまず、本作『トノバン』の冒頭のシーンについて説明することにしよう。本作は、あるラジオの収録現場から始まった。2022年10月3日午前1時から放送された「オールナイトニッポン」である。「オールナイトニッポン」は1967年10月3日午前1時に始まった番組だそうで、2022年のこの日の放送はちょうど55周年記念だった。そして、初代パーソナリティである斎藤安弘が一夜限りの復活を果たし、始まった頃の雰囲気に近い「オールナイトニッポン」の放送がスタートしたのである。

さて、この「オールナイトニッポン」が本作とどう関係するのだろうか。55周年記念放送でももちろんリスナーからお便りを募集しており、その中に「また『帰って来たヨッパライ』を流して下さい」というリクエストがあったのだ。「オールナイトニッポン」と『帰って来たヨッパライ』は実は切っても切れない関係にある。というのも、「オールナイトニッポン」がこの曲を何度も繰り返し流したことで人気に火が付いたからだ。

そもそも、「300枚しか製作されなかった『ハレンチ』を聴いた者が、ラジオにリクエストを出す」というのがまず奇跡的である。さらに、始まったばかりだった「オールナイトニッポン」には、「面白い曲なら、1日に何回流したっていいじゃないか」みたいな勢いがあったというのだ。そしてそれ故に、『帰って来たヨッパライ』はラジオでしこたま流され、爆発的な人気を博すことになったのである。

曲が人気になれば、バンドに注目が集まるのは当然だ。こうしてレコード会社各社が、どこの誰とも分からない「ザ・フォーク・クルセダーズ」にアプローチを試みるようになった。そんなこともあって、結果的にバンドは再結成することになったのである。

バンドの初期メンバーがこの時のことについて、「自主制作のレコードが品切れたことが申し訳なかった」と話していた。聴きたいと思ってくれるファンの元に届けられないことへのもどかしさを感じていたそうなのだ。だから、色んなレコード会社からオファーがあった中で、最も早く発売してくれるという東芝レコードと組む決断をしたのだという。そして、初代とは少し異なるメンバーでバンドが再結成され、メジャーデビュー曲として『帰って来たヨッパライ』の発売に至ったというわけだ。ちなみに、作中では言及されていなかったのだが、公式HPによると、『帰って来たヨッパライ』は「オリコン史上初のミリオンヒット」というとんでもない売上を記録したという。

こうして、京都で細々とバンド活動を続けていた加藤和彦らは衝撃のデビューを果たし、一躍時の人になっていくのである。

加藤和彦と彼が率いたバンドにまつわる様々なエピソード

さて、先程少しだけ触れた通り、第2弾シングルとし発表するはずだった『イムジン河』は、色んな事情から発売中止となってしまう。また、再結成した「ザ・フォーク・クルセダーズ」をすぐに解散したり、そうかと思えば、作詞を担当していたバンドメンバーの北山修とすぐに曲を発表したりと色んな紆余曲折を経ながら、加藤和彦は次に「サディスティック・ミカ・バンド」を結成した。相変わらず私は何も知らなかったので、鑑賞後に調べて新たに知ることも多かったのだが、本作に出演していたつのだ☆ひろは、この「サディスティック・ミカ・バンド」のドラムを務めていたそうなのだ。本作においては、そういうことも「観客は当然知っているだろう」という前提で作られているので、加藤和彦について知らない人間が観るには「説明不足」という印象が強くなる。もちろん、私のような人間に合わせる必要などないので、これは別に文句のつもりではないのだが。

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