点字の看板と触れる模型にびっくり!マヌエル・アントニオ国立公園にて(コスタリカ種蒔日記)

 「バモス パラ プラーヤ、パ クラールテ エル アルマ…」
 7人でぎゅうぎゅう詰めになって乗っている車の中に、軽快なビートが流れている。 
「ビーチに行こう、嫌なことを忘れて」と歌うこの歌は、コスタリカの定番レジャーソングだ。
 休日の朝早く起きてみんなで遊びに出かけるときなど、誰の車に乗ってもお決まりのようにこの歌がかかっていた。

https://youtu.be/1_zgKRBrT0Y

 本日の目的地は、マヌエル・アントニオ国立公園。
 コスタリカのガイドブックには必ず載っている、代表的な観光地であり、自然保護区だ。 
 太平洋岸に位置し、美しいビーチや、野生のナマケモノの見られる森で知られている。
 こちらに来て2カ月も経たないうちにモルフォの人たちと一緒にここを訪れることができたのは、ただただラッキーとしか言いようがない。

 公園までは、車でおよそ3時間。
 途中スーパーに立ち寄って、お昼ご飯の材料を買い込んだ。
 とても一気には飲みきれそうにない2リットルのトロピカルジュースと、大きな袋のスライスパン、チーズにトマトに缶詰め…。
 お弁当を家であらかじめ用意してから出かける日本と違い、ここでは現地に着いてからみんなでサンドウィッチを作るのが主流だ。否が応でもテンションが上がる。

「鞄を見せてください」
 公園に到着して、驚いた。
 受付に、まるで空港の入国審査のような手荷物チェックがあったのだ。
 全員リュックを開けて中身を調べられた。
 各国から多くのツーリストがやってくるとあって、公園の貴重な自然を守るためにスタッフも必死なのだろう。

 ちなみに入場料はコスタリカ人は1人3ドルなのに対し、外国人は15ドル。 実に5倍だ。 
 これこそ、コスタリカを世界に有名にしている「エコツーリズム」の仕組みである。
 エコツーリズムとは、国内にある貴重な自然を保護区という形で守りながら、同時に観光地として整備して人を呼び込むという産業形態のことだ。
 それぞれの観光地では、ガイドによる自然観察ツアーやラフティングや乗馬体験、また場合によってはチョコレート作りや先住民の文化体験など、いろいろなアクティビティが楽しめる。
 観光客が落としていくお金は、保護区の管理やそこで働くスタッフのお給料に回される。
 その地域、ひいてはコスタリカ全体の利益にならなければ意味がないから、現地人よりも海外から来る観光客が多く払うのはしごく当たり前のことだ。
 観光客を呼ぶためにそこにある自然を壊して大規模な施設を作るのと違い、この方法で自然の保護と国の経済発展を両立させようという狙いがある。
 コスタリカにはもちろん博物館などの文化施設もあるけれど、観光地と言ったらたいていは、国立公園を初めとする自然保護区のことだと考えていいと思う。

 マヌエル・アントニオに話を戻そう。
 そこはまさに、森と海が同居する場所だった。
 両者の間に距離がない。
 森を歩きながら耳をすますと、深く静かな波音がすぐそばで聞えてくる。
 ゴミ一つない、ゆりかごのように温かく波の穏やかな海で海水浴。
 せっかく作ったサンドウィッチは、ちょっと目を離した隙にアライグマに盗まれた。
 ゴミバケツのふたに乗っていた野生のサルに大接近!
後1歩で触れそうだった。
 野鳥の声が降り注ぐハイキングコースでは、ナマケモノやさまざまな植物、そして日本人ツーリストとおぼしき一団にも遭遇した。
 雄大な自然の中にいると、呼吸の度に体の中が浄化され、すべての感覚が外に向かって開かれていくのを感じる。

 わたしがこの日いちばん感動したのは、しかし美しい自然ではなかった。
 ハイキングコースに設置されていた看板だ。
 何しろこれ、普通の看板ではない。
 書かれている内容はこの森で見られる動植物の生態で、特段変わったところはない。
 ただ、そのすべてがスペイン語と英語それぞれの普通文字と点じで表記されていたのだ。
 これを読んでくれている皆さんの中には、駅の切符売り場やエレベーターなどに点字が付いているのを見たことがある方も多いと思う。
 でも、自然公園や登山道の看板に付いているのを見たことがある方は少ないのではないだろうか。
 少なくともわたしは、それまで一度も見たことがなかった。  
 ちなみにこれはよく聞かれるのだけれど、点字は万国共通ではない。
 普通の文字がそうであるように、英語には英語の、スペイン語にはスペイン語の、そして日本語には日本語の点字がある。
 つまりその看板は、スペイン語か英語を理解する人であれば、目が見えようと見えなかろうと誰でも読めるようになっていたのだ。

 さらに看板の横には、この公園で見られる動植物のミニチュアの模型が置いてあった。
 これは何でも手で触って理解するわたしたち視覚障がい者にとっては、かなりすごいことだ。
 想像してみてほしい。
 たとえばいくつにも枝分かれした大木を手で触って観察したいとする。
 ところがあまりにも大きいので、精いっぱい背伸びをして両手をうんと伸ばしたとしても、実際に触れるのはその木のほんの一部にすぎない。これでは全体の形を知るのは難しい。
 でも、もしそこにミニチュアの模型があったら? 
 直接手で触れない部分も含めて、その木の全体像を知ることができる。
 そして、その前知識を得たうえで改めて実物を触れば、同じ1本の枝を触るにしても、自分が今何のどの部分を触っているのかがイメージできて、観察の楽しみが倍増するのだ。
 それはちょうど、初めての街を訪れたときに、まず地図を見るようなものだ。
 やみくもにふらふらするのもときにはいいが、普通はどこに何があるのかという全体像と、その中の自分の現在地をざっくりとでも頭に入れてから歩き出すだろう。
 そうしないと迷子になるし、「午前中にこことここに行ってから昼ご飯を食べて…」というような予定も立てられない。
 それと同じで、手で触って観察するときも、手の届く範囲のことしかわからないのと、全体の形が頭に入っているのとでは大違いなのだ。

 後から知ったことだが、コスタリカでは今誰もが観光地を楽しめるようにしようという動きが盛んになっていて、マヌエル・アントニオはそのために政府の指定を受けた10ヶ所の自然保護区のうちの1つだった。
 点字の看板や触れる模型を置くだけでなく、車椅子でも通れるようにハイキングコースを平らに舗装したり、手話のできるスタッフを置いたり。
 海外の事例も参考にしながら、いろいろな取り組みが行われている。
 そしてわたしも、この時の感動がバネになって、後々少しだがこのプロジェクトに関わらせてもらうことができた。
 その話はまた今度詳しく書こうと思う。

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