高校時代の、切ない思い出(後編)
▽前編はこちら
それから私は就職したが、私生活では随分荒れた。
お酒が飲める体質ではないので、泥酔することはないが、しょっちゅう部屋で泣いていた。
会社の同期会でカラオケに行くと、奥田民生の音楽を歌っているのを聴くだけで、泣きそうになっていた。
友達にもどれだけ話を聞いてもらい、救われたか分からない。
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それからしばらくして、突然電話がかかってきた。
例の彼である。
「はい。何の用?」と冷たく出た。
「元気?どうしてるかな?と思って…。」
よく電話をかけてこられたものである。
おのれは幸せかもしれないが、こちらはズタボロなのである。
今更何の話をしようっていうのか?
彼との思い出は大切だし、その段階ではまだ好きな気持ちは正直残っていた。
しかし私としては、人が将来一緒になるために必死で就職活動している間に、よそ見をしていたことが許せなかった。
こういう人は、仮に彼と結婚できたとしても、私が妊娠したら浮気をするタイプかもしれないと思って、これで良かったのだと、何とか気持ちの落とし所を見つけようとしていた最中だった。
何のつもりか知らないが、私の神経を逆なでされたことに、一気に怒りのK点を超えてしまい、
「もう、二度と電話してこないで!!」
と叫ぶように言って、電話を切った。
しばらく、呆然としていた。何なら、呼吸も荒めであった。
それから、しばらくの記憶はない。
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別れてからは地獄のような日々で、当時から分かっていたが、悪い運気そのものであった。
彼に振られ、翌年かわいがっていた弟(うさぎ)が亡くなり、他にも細かいことはあったと思うが、とにかく全体的に最悪であった。
…ただ、時間が経って冷静になってくると、
「あんな言い方しなければ良かった。他に言う方法はなかったのか。私も悪い部分がたくさんあって、こういう結果になったのではないか?」
と考えるようになった。
それにも随分と時間がかかった。
ちなみに風の噂で、彼は無事に“堅い所”に就職し、例の占いをさせられた彼女と結婚して、子供が産まれたと聞いた。
しかも、もう一組のカップルも別れてしまったらしい。
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そんなある日、部屋でカセットテープの整理をしていたら、高校時代に彼と演奏したあの“ケダモノの嵐”が出てきて、思わず聴いてしまった。
…懐かしい。こんなこともあったな…。
もう普段彼を思い出すことはないのに、何故か音源を聴くと、胸がチクッと痛い。
胸を痛めながら聴いても、なかなか当時の我々にしては上出来だと思った。
その時はMD全盛期だったので、カセットテープから、アナログ録音をして、形に残した。
今でも,MDプレーヤーは多分元気なはずなので、聴けると思う。
あれから数年の時間が経っても、まだ胸が痛い私は、その“音源”が捨てられない。
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それから時が経ち、高校の集いが行われた。
人に、「あの人、あそこにおるで。」と言われた時、躊躇することなく、彼を探した。
全然当時と変わらなかった。…むしろ私は太ってしまい、変わってしまったが。
会うと、別れてからのことをすっかり忘れ、お互い普通に話せた。
あれから随分と時間が経ったのと、その時、私は結婚しており、細かいことは別にして、それなりに幸せにしていたので、気持ちに余裕があったのかもしれない。
別れた当時、私はブチギレていたとはいえ、やはり別れ際にキツイ言葉で怒って言ったこと等を反省しており、彼に謝った。
「あぁでも言わないと、自分の気持を断ち切ることができなかったんよ…。ごめんね。」
彼は笑って「いやいや…。」と手を振っていた。
(若干、お宅は悪いと思ってないのか?と心の中でツッコんだが。)
私は、何となく聞きたくて、彼に聞いてみた。
「今でもUNICORNの音楽聴くことある?聴いて、私のことや付き合っていたことを思い出すことある?」
彼は、笑いながら「そうそう、分かる分かる。」といった感じで何度も頷いていた。
彼も、今はどうであれ、あの頃のことを曲を聴いて思い出すことがあるというのを聞いて、なぜかちょっとホッとしたような、嬉しいような気持ちになった。
彼の子供さんの話をしたり、懐かしい話をしたりしていたら、彼が、
「それにしてもピアノ、めっちゃうまかったよな。」
「え?覚えててくれたん?」
「そりゃ、そうやで。あれだけは忘れへんよ。だってスゴかったもん。あんなに弾けて、うらやましかったわ。」
「え…そうなん。覚えてくれてるだけでも嬉しいな。」
「俺も自分(私のこと)みたいにピアノ習いに行こうかなと思ってんねん。あんな風に弾けたらいいなって。ジャズとかやってみたいよなぁ。」
…彼がずっと私のピアノのことを今でも忘れずにいたことは、意外だったし、心から嬉しかった。
しかもそれを羨ましがってくれ、自分も習いにいくことを検討しているというから、余程インパクトがあり、興味が湧いているのであろう。
最後に他の同級生とかと一緒に写真を撮って、解散した。
それから友人に、ある人と連絡が取りたいから連絡を取ってほしいと頼まれて、代わりに彼に連絡をし、彼の更に友人に中継ぎを依頼したことはあるが、それ以外連絡も取ってないし、勿論会ってもいない。
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それから、私はまた一人になって実家に出戻りし、ひょんなことからジャズピアノを習い始めた。
元々他の習い事のことで出向いたら、私がやりたいことはやっておらず、代わりにそれが目に飛び込んできた。
私は今度ピアノを習う時は、ジャズやポピュラー系をやりたいと思っていたので、ある意味ぼんやりと思っていた“やりたかったこと”が叶った。
それと同時に、高校の集いで彼が言ってたことを思い出した。それも背中を押してくれたのかもしれない。
お陰で、小学生から弾きたかった曲等を演奏できるようになり、充実したピアノ生活を満喫していた。
その後仕事が忙しくなって、一度やめざるを得なくなった。
しかし、“いつか再開したい”と仕事をやめた今でも思っている。
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あれから、10年以上時間が経ち…。
今の夫が実はBOØWYが好きということが分かり、たまに車で聴くことがある。
UNICORNについては夫は趣味でないらしいので、彼のいない時にたまに家や車で聴く。
いずれにしても、一瞬にして高校時代に戻り、彼と過ごしたことを思い出す…でもやっぱり“ケダモノの嵐”が聴こえてくると、ワンリピートにしてしまい、あの思い出がより一層鮮明にフラッシュバックする。
その気持は“切ない”の一言に尽きる。
今は当時と違い、もう涙を流すことはない。
ただただ、懐かしんで聴くことができるようになった…でもやっぱり、時間が経つ毎にマシになっているが、胸がチクッと痛くなる。
私は今の夫と暮らしていて幸せだし、今更どうこうしたいとも思わないが、なぜか懐かしい気持ちの中に、チクッとした痛みがあるのだ。
“ケダモノの嵐”を改めて歌詞を見ながら聴くと、違った聴き方ができるようになり、より切なさが増す。
♬とびきりクールな笑顔を見せてやる
溺れていくような恐怖の中で♬
〈UNICORN “ケダモノの嵐”より一部抜粋〉
私は追いすがりこそはしなかったが、歌詞のような“とびきりクールな笑顔”を振られた直後、会ってもいないが、おそらく彼に見せることは不可能だっただろう。
“溺れていくような恐怖の中で”というのは、今となっては痛いほどよく分かる。
かろうじて高校の集いの時が、私の中で一番の笑顔で接することができた瞬間だったかもしれない。
昔は泣きながら…。
今は少しチクリとした痛みを感じつつ、懐かしく思いながら、“ケダモノの嵐”を口ずさみつつ、聴く。
…古傷は完全に癒えることなくチクッと痛いが、このことをこうして書けるようになったということは、私もそれだけ歳を重ねたのだなぁと、しみじみと思いながら、メロディを聴いているのであった…。