秒速5センチメートルに登場する異星を天文学的に考察するとめちゃ面白い件
筆者は新海誠の言わずとしれた名作である、秒速5センチメートルをついに鑑賞することができた。思春期の心情を描いた名作だと思う。秒速5センチメートルとは桜の花びらが落ちる速度を表すらしい。筆者もこうした青春を送ることを夢見ていたが叶わず、今でも心残りになっている。
ところで、秒速5センチメートルには興味深いシーンが存在する。それがこれだ。
これは主人公の心象風景の中で登場した異星の風景である。主人公はきっと種子島から打ち上げられるロケットを見ながら異星の光景を想像していたのだろう。
映像からわかることは何か。画面中央には巨大な青い星があり、その周りにはリング状のものが取り囲んでいる。その隙間から恒星が光を放っている。これらの光景から、主人公たちの星が衛星であり、巨大な主惑星(海王星くらいのサイズ?)の周りを公転していると考えられる。主惑星には円盤も存在する。作中特に重力が小さそうな描写はなかったので、星の大きさは地球と同じくらいだろう。
このような星は地球とは全く勝手が違うだろう。今回は実際にこの惑星が存在したらどのような環境になるのかを考察したいと思う。とりあえずこの異星をネオアース、主惑星をプラネット、恒星は面倒なので太陽と呼ぶことにする。
ネオアースとプラネットの時点は同期する
詳しく説明すると大変なのだが、基本的に天体同士の間には潮汐力という力が発生している。例えば地球は月の重力のせいで月の方向に歪んでおり、これが地球の時点によって月に向かっている箇所が変わることによって変化することになる。潮汐が存在するのは海面が月の重力によって引き上げられるからであり、地球の時点によって月に向かっているポイントが変化することによって海水面が変動する。
これらの歪みが自転によって移動することで、摩擦が生まれる。海水面であれば陸地に衝突するし、固体潮汐といって、陸地に関してもこの摩擦は同様に発生することが分かっている。
こうした潮汐力は天体の回転運動に関して事実上の摩擦力になりうる。自転周期と公転周期が異なっている場合、どんどん潮汐力によって自転が変化し、最終的に自転周期と公転周期が同期してしまうのだ。常に相手に同じ面を向け続ける状態である。これを「潮汐ロック」という。月は地球よりも圧倒的に質量が小さいため、潮汐力で自転が減速してしまい、地球に同じ面ばかりを向けている。この状態は歪みが変化しないので、安定的である。
ちょっと難しい話になってしまったが、月のケースと同様にネオアースはプラネットに同じ面を向け続けて自転している可能性が高い。となると、ネオアースでどの地域にいるかで空に浮かぶプラネットの影の位置が決定されてしまう。主人公たちのいる地域では常にプラネットはあの位置に固定である。
ネオアースの大陸の配置が地球と同じであり、プラネットは東経90度の直上だと仮定しよう。例えば日本でプラネットは常に西の地平線の少し上にいるのに対し、インドでは常に天の直上に存在するだろう。ヨーロッパでは東の地平線の少し上で、日本と逆だ。そして米大陸の人間はプラネットを観測できないままだろう。リングが真横になっている描写から、主人公の居住地は赤道付近と思われる。おそらくナイジェリア辺りだろう。
ネオアースの異様な一日
ネオアースの一日は地球と随分違っているだろう。ネオアースの自転周期は公転周期と同じであるため、一日にネオアースはプラネットの周りをぐるりと一周することになる。とりあえず一日を地球と同じく24時間で考えてみよう。
プラネットが天上に存在しないアメリカを始めとした西半球では一日は地球とあまり変わらない。太陽が東からのぼり、西に沈むだけだ。ところがプラネットが天上に鎮座する東半球ではこの構図は成り立たない。東半球の一日は地球のそれと大きく違った異様なものになる。
東半球の特徴は太陽がプラネットの影に隠れる時間が存在することである。これを仮に「食」と呼ぶ。インドでは天の直上にプラネットが鎮座しているため、11時から13時くらいまで「食」によって全く太陽の日が当たらないことになる。日本の場合は15時から16時辺りに「食」がやってきて、その後に一瞬太陽が顔を出した後で沈むだろう。ヨーロッパでは逆に一瞬日の出がやってきた後、8時から9時ごろに「食」で真っ暗になり、再び太陽が天上に顔をだすことになる。この「食」の時間は一日で一番暗くなる時期である。
更に異様なものになるのが夜だ。夜になるとネオアースの地表面には太陽が当たらなくなる。しかし、今度はプラネットが昼になるため、太陽光の照り返しが発生することになる。昼の間暗かったプラネットの表面が日没とともに次第に明るく光りだす。地球で日没後に月が輝くのと同じだ。ただし、大きさの関係でネオアースの夜は遥かに明るくなるだろう。
夜のネオアースにおいて、プラネットは時刻によって満月のようになったり、半月のようになったりするだろう。空が完全に暗くなることはなく、ぼんやりとした明かりになるはずだ。日中はプラネットの明かりは太陽が明るすぎて目立たない。プラネットの明かりがゼロになるときが食の期間である。
実際の作中にはネオアースの夜の光景を示していると思われるシーンが存在する。
空に太陽が浮かばず、星空が見えているが。それにもかかわらず辺りは暗くない。プラネットの明暗から深夜1時くらいだろう。ネオアースの夜はこのようにぼんやりとした明るいものなのである。しかも、これから早朝に至るまでだんだん明るくなっていく。
日本やヨーロッパではプラネットの明かりはナナメから差し込むため、そこまで気温は上昇しない。インドの場合、プラネットは直上から光を放つため、遥かに影響が大きい。明るさはそこまで変わらないが、気温の上昇幅は大きいだろう。
まとめるとネオアースの東半球の一日は西半球とは随分違うことになる。東から太陽が上り、プラネットの影に隠れると食が起きて真っ暗になり、再び昼間になる。西の地平線に太陽が沈むと同時にプラネットが三日月のように明るくなり、真夜中になると満月のようになる。この時刻に明るさの小さなピークがあり、ここからまた満ち欠けで三日月に向かっていく。一日で最も暗いのは食の時だ。
おそらくネオアースの日本の場合、一日の明るさはこのように推移していくものと思われる。水平線から朝日が上がり、午後に食で真っ暗になった後に再び太陽が姿を表す。太陽が沈むと西の空に三日月状にプラネットが浮かび上がり、それらがどんどん満ちていって、日の出の少し前に満月状になる。食の時刻を除いて一日中ぼんやりと明るい感覚である。これでは隔日リズムは崩壊してしまうかもしれない。インドの場合は食の時刻が正午になるだろう。
プラネットの距離と大きさを考察する
面倒な計算が必要になるが、プラネットとネオアースの距離と大きさを考えてみよう。もし月の位置に他の天体があったらという記事が存在する。
地球から見た太陽と月の大きさは同じだ。ネオアースの描写からこの星がハビタブルゾーンにあること、ネオアースから見る太陽の色が変わらないことから太陽の質量や距離は地球と変わらないことが推測される。したがって、太陽の大きさは同じであり、視野角0.5度である。
作中の描写から、プラネットの視野角はだいたい太陽の8〜16倍と考えられる。この場合、視野角は4〜8度で、一日は24時間だから、食の時間はだいたい15分〜30分である。地球の日食・月食と比べると意外に短い。月は小さいが公転周期が一ヶ月なのに対し、ネオアースは公転周期一日というハイスピードでプラネットの周りを回っているから、遥かに短いのだ。
一日の長さとプラネットの視野角が判明すれば、プラネットの距離と質量が大体分かってしまう。プラネットの大きさを考える前に重力と公転周期に関する式を整理しよう。
ネオアースに働く重力とネオアースの公転に伴う遠心力を整理すると、$${G\frac{Mm}{r^2}=mrω^2}$$という等式が成立する。
Gは定数でMmは一定だと仮定すると、$${r^3ω^2=GM}$$(一定)という式変形ができる。ωの逆数は公転周期に比例しているから、ここにケプラーの第三法則である公転周期の二乗と軌道長半径の三乗が比例するという等式が成立するわけである。
ところが、プラネットの質量はかなり大きい。(mは式変形で消えるので衛星の質量は無視できる)例えばプラネットの質量の設定を木星と同じくらいとしよう。質量は地球の318倍、直径は11倍である。この場合、地球と月の距離である38万キロメートルほど両者が離れていた場合、一周は36時間となる。ちょっと長いので、地球の一日と同じ長さにしよう。この場合、軌道半径は0.76倍の29万キロメートルで、視野角はさらに1.3倍となる。月の位置に木星を置いたのよりも更に大きくなり、視野角は30度近くなる。ちょっとこれじゃ大きすぎる。
一日を24時間に設定できないわけ
筆者は色々計算してみたが、うまく行かなかった。どうにも先程の式に原因がありそうである。一日を24時間として固定すると、先程の$${G\frac{Mm}{r^2}=mrω^2}$$の式においてωが一定ということなので、プラネットの質量とプラネットまでの距離の3乗は比例関係にある。しかし、密度を一定と仮定するとプラネットの直径の3乗もまたプラネットの質量に比例関係にある。したがってプラネットの直径が2倍3倍になっても、プラネットとの距離も2倍3倍となり、どのような数値にしても視野角30度くらいになってしまうのである。これは困った!!
密度を変化させても良いが、この場合は密度が水の100倍といった値になってしまう。太陽系で一番重い地球でも密度は水の5倍である。全元素で一番重いオスミウムの密度ですらせいぜい22だ。こんな天体は存在しない!!(白色矮星になると今度は100万といった極端な値になり、適さない)
これはちょっと意外な発見だった。公転周期が同じである限り、主星の見た目の大きさはあまり変わらないのである。ロシュ限界の問題についても検討したが、こちらの方はあまり問題なさそうだ。
作中の映像を実現するには一日が24時間という仮定を諦めるほかになさそうだ。例えばプラネットの質量を天王星や海王星と同じということにしよう。天王星や海王星の直径は月の16倍だから、地球と月の距離と同じ38万キロメートルの距離に置いてあげればちょうど良くなる。この場合、公転周期は4分の1となるため、一日の長さは地球の7日分である。ネオアースの一日は随分と地球よりも長いようだ。
ネオアースと似た公転周期の天体
このような条件にピッタリの太陽系の天体が存在する。例えば海王星の衛星であるトリトンだ。海王星からの距離は35万キロメートル、公転周期は6日だ。だいたい筆者の概算した条件と同じくらいである。トリトンからみた海王星はこんな感じだ。
トリトンほど好条件ではないが、木星のカリストとか、土星のタイタンといった衛星も筆者の条件を満たせそうである。ちなみに公転周期が地球の一日に近い衛星は火星の第二衛星のダイモスであった。周期は30時間で、火星から2万3000キロメートル離れている。
ネオアースは地球と同じ大きさという前提を置いているので、これらの衛星よりも遥かに大きい。
サテライトの地理
地球と違い、ネオアースではプラネットに向いている側の東半球と、プラネットに向いていない側の西半球という区別が明確に存在する。地球の場合、近代以前の船乗りは経度の測定に苦労したが、ネオアースの東半球はプラネットの位置を見れば簡単に経度が求められるだろう。地球の経度0度はグリニッジ天文台という人為的な場所に設定されたが、ネオアースにおいてはプラネットの直下に経度0度が置かれるだろう。この場合は本初子午線はインドの真上を通り、日付変更線はアメリカ合衆国を突っ切るはずだ。
それよりも深刻な問題を与えるのはネオアースの一日の長さだ。地球は夜間に温度が低下し、昼間に温められる。自転周期が地球の一週間となれば、気温のアップダウンは遥かに激しくなる。何しろ夜になると3日半の間日光を浴びないのだ。調べたところ、東京の一日の気温変化は5度くらいらしい。となると、ネオアースの場合は単純計算で一日の気温変化は35度にも達する。温帯気候であっても午後は35度で早朝は氷点下といったことが常態化するのである。太陽とプラネットの位置関係を見るに、地軸の傾きはなさそうなので、ネオアースにとっての気温変化の殆どは一日の間に起きるだろう。東京の気温の年較差は22度でこれよりも温度変化は急だ。モンゴルや中央アジアのような地域では気温の年較差が40度近いので、これらの地域の温度変化に近い。これを考えると、何とか住めないこともない。ネオアースには四季が存在しないため、ロシアではむしろ地球よりも温度変化は緩やかになる。一年の間に起きる温度変化が一日の間に起きるわけである。
東半球の場合はこれよりもマシと思いきや、そうでもない。プラネットからの反射の光は太陽よりも圧倒的に弱いからだ。地表を温めるのにほとんど役立たないだろう。プラネットの明かりは月の200倍だが、太陽の明かりは月の40万倍なので勝負にならない。むしろ食の間に太陽光が遮られるため、西半球よりも気温は下がるだろう。
ネオアースにおける熱帯地方は地球よりも過ごしにくいだろう。地球の場合は気温の年較差は熱帯地域において少ない。地球に極端な灼熱地域が存在しない理由だ。しかしネオアースの温度変化は赤道であっても容赦なく襲いかかるので、地域によっては殺人的なレベルになるだろう。ただし、インドの場合は日射量が最高潮になる正午の時期に食が発生するため、やや気温変化を抑えることができる。日射量の4分の1がカットできる計算である。これは結構な強みだ。逆に西半球の南米はもろに酷暑が襲うだろう。特に内陸部は深刻な状態のはずだ。午後のアマゾンは灼熱地獄となり、平均気温が50度近くになってもおかしくない。ただし、ネオアースでも貿易風は存在すると思われ、大量の水蒸気が南米に押し寄せるため、温度変化はやや緩和される。
主人公たちが住んでいると思われるナイジェリア付近は昼間は灼熱地獄だが、夜間は過ごしやすい。それでも夜明け前の気温は10〜15度くらいだろう。作中のシルエットではスカートを履いていたが、結構寒いのではないかと思われる。
また、このネオアースの特徴として、地磁気の弱さも考える必要があるだろう。地球の地磁気は外核の流動によって作られている。ネオアースの自転速度は地球よりも遥かに遅いため、外核の流動のスピードも遅いだろう。したがって、ネオアースの磁気は地球よりも格段に弱い。これは荷電粒子の多くが地球の大気圏に侵入し、オーロラを輝かせることを意味する。上記のシーンの輝く空はネオアースでは日常光景になっている、巨大オーロラと思われる。
ネオアースでは長い一日の間に春夏秋冬が起きるようなものだ。となると、降雨の様子などは大きく異なるはずだ。昼間の気温の高さからスコール等は頻繁に起きる。ネオアースで最も強力な気流は一日ごとに起きる気流変化だろう。昼過ぎの地域に巨大な「熱極」が発生し、周囲から常に風が吹き込んでいくだろう。「寒極」は存在しない。夜側は赤道付近から極地まで緩やかに寒くなっていくだろう。大陸の配置の関係で両者の通る軌道は東半球でやや北に、西半球でやや南にズレている。なお、午前に吹く風は午後に吹く風よりも二倍ほど強い。
コリオリの力が圧倒的に弱いため、台風は発生しない。偏西風もほとんど存在しないだろう。メキシコ湾流も存在しないため、ヨーロッパは地球よりも寒冷化する。一方で南極は南極海流が大幅に弱体化するため、地球ほどの寒さにはなっていない。気象について考えればキリがないのでこのあたりでやめる。
本当に銀河系なのか
もう一つ、夜空を見て気づくことがある。星空が明るすぎるのだ。地球ではありえないような巨大な星が空に輝き、周りに星雲のようなものまで現れている。どう考えても地球が属するオリオン腕の光景ではない。
これほどまでの密度で星が輝いている場所として真っ先に思いつくのが銀河系の中心部「バルジ」だ。しかし、バルジは年老いた星が多く、青い色の星はほとんど無い。また、星間ガスもほぼ存在しないと言われている。したがってこの線はない。
可能性があるとすれば星生成の中心である渦状腕で誕生したばかりの散光星雲だろう。しかし、それにしても密度が高すぎるようにも思える。となれば、この異星が存在している場所はこの銀河系ですらない。おそらくスターバースト銀河ではないかと思われる。
これはスターバースト銀河の一例だ。青い星によって銀河が埋め尽くされている。大半は生まれたばかりの若い星だ。青い星は巨星なので寿命が短く、必然的に若い星になってしまうのである。スターバースト銀河は銀河の衝突等が原因で一気にガスが収縮し、大量の星が生成されている銀河である。一説には高密度で知られる球状星団はこうして誕生したらしい。このような銀河であれば異星のような鮮やかな星空が観測可能だろう。
ただし、スターバースト銀河に生まれるのはハイリスクだ。星の密度が高いため、他の恒星によって軌道が撹乱されて宇宙に弾き飛ばされてしまうかもしれない。また、他の星の重力の影響でオールトの雲が撹乱されて巨大隕石が衝突するかもしれない。それ以上に恐ろしいのは数千万年以内に青い星たちが次々と超新星になることだ。ネオアースの上の生命は大変な脅威にさらされるだろう。
その他
他に気になったことと言えば地表のクレーターだ。なかなかこれは奇妙である。地球には岩石惑星にありがちなクレーターが全く見られない。地球は風や雨の働きによってあっという間にクレーターが侵食されてしまうからだ。ネオアースにも地球と同様の植生があるため、風や水の侵食は起きそうなものだが、なぜかクレーターが残っている。これに関してはよくわからない。
参考
かなり面白い本なので是非。
あとがき
結構力を入れて考察してしまった。明らかに作品の趣旨と離れているが、凝り性なので仕方がない。衛星からみた主惑星の形など、結構ちゃんと考証されているなというのが感想である。筆者は文系なので細かい考察が合っているか自信はない。ここはご愛嬌。