東大VS慶応を比較して気が付いた、学歴社会の興味深い法則
筆者が愛読している「よはし」さんの記事にこのようなものがあった。
どうにも慶応生の7人に一人は東大に合格できる学力があるらしい。その中には偶然試験で失敗したものや、文三だったら合格できたが文一に出願した者なども含まれる。浪人したら東大に届いたが、現役で手堅く進学した者もいるだろう。
筆者にとって何より興味深かったのは、筆者が以前に行った考察と結果が寸分たがわず同じだったことである。その考察とは「慶応高校の生徒が普通に大学受験をしていたら、どのような結果になるか?」というものである。今回は「偏差値」という概念に関わる興味深い事実について語ってみたいと思う。
慶応生の何割が東大に行ける?
大学受験の場合、科目数の問題で私立大学と国立大学を定量的に比較するのは難しい。しかし、一つだけフェアな指標がある。それは中学受験の偏差値である。筆者は慶応附属中学の偏差値を調べてみることにした。
サピックス偏差値を調べてみると、慶應普通部は偏差値58、中等部も同様に58であった。伝統的に慶応付属中の偏差値は麻布や栄光といった首都圏Tier1.5の進学校より1ランク下で、偏差値的に近接している進学校は浅野中や武蔵中である。慶応附属高校に通っている人間の学力のレベルはだいたい浅野や武蔵と同じくらいという推計が可能となる。
さて、浅野や武蔵の東大合格率を見てみると、毎年大体10%〜20%の間をウロウロしていることが多い。ここ数年は両校は調子が良いので20%近いのだが、以前はもう少し落ち着いた数字だった。何が言いたいかと言うと、慶応附属高校の生徒が大学受験をしていた場合、東大進学率は10%〜20%という値になる可能性が高いということだ。「慶応大合格者の7人に一人が東大に合格できる水準にある」という命題と妙に感覚が近いのだ。
次に高校受験を考えてみよう。サピックス中学部の偏差値を見てみると慶応高校は58という結果になる。偏差値的に近接しているのは久留米大附設や渋幕である。ただし、慶応付属は三科目入試であるため、難易度を割り引いて考える必要がある。よはしさんの過去の記事を参照すると、科目が一つ少なくなると偏差値は1上がるそうだ。したがって慶応付属高校の偏差値は数字よりも2つ下げて偏差値56と考えるのが良さそうだ。この場合、都立日比谷高校と近接している。
日比谷高校の東大進学率は概ね10%〜20%の間をウロウロしている。先程の浅野高校や武蔵高校と大体同じくらいの水準だ。非常に興味深いことに、10%〜20%という推計値は中学受験・高校受験・大学受験共に同等ということになる。このことから言えるのは、慶応生の質は中学・高校・大学と面白いくらいに同等ということである。
偏差値キルヒホッフの法則
このことは筆者の別の体験とも合致する。筆者はとある超進学校の出身なのだが、この高校では中学受験組と高校受験組の進学実績は同等と言われていた。筆者の学年を考えてみると、確かに小数点以下のレベルで全く同様だった。別の超進学校でも同様らしい。となると、超進学校において中学受験で入るか高校受験で入るかは大学受験の結果にあまり影響を及ぼさないということになる。
こう考えると、新たな原理が思い浮かぶ。それは「どのルートで入学したとしても、得られる学歴が同等であれば、そこまで乗り越えるべき関門は変わらない」という原理だ。偏差値の高い学校というのは例えるならば水位が高いような状態であり、そこまで至る過程の標高差は変わらないということだ。まるで物理学の保存力とか、キルヒホッフの法則のようである。筆者が「水準」という単語を好んで使うのはこの原理が背景にある。
考えても見ればもし「抜け道」のようなルートがあればみんなが殺到して難易度が上昇するわけで、その点では得られる学歴が同じならばどのルートであっても需要と供給が均衡すると言う事ができる。その「関門」は学力とは限らず、私大医学部のように「学費」という可能性もあるが、とにかく関門であることには違いないだろう。
筆者はこの原理に名前を付けようと思案した。「偏差値保存の法則」や「偏差値水位の法則」も考えたのだが、ここは「頭いい感」をアピールしようと思い、「偏差値キルヒホッフの法則」と名付けることにした!
もちろん偏差値キルヒホッフの法則は自然科学的法則ではないので、いくらでも反例はある。例えば洛南高校や高田高校は高校受験と中学受験の難易度も生徒のレベルも大きく異なっている。これは高校側が明らかに異なった採用方針を取っているからだ。超進学校の場合は学校側は均質的を意識しており、中学受験組と同等のレベルの高校受験組しか採用しない。もし高校受験組のレベルがあまりにも低くなった場合は採用自体をやめてしまう。東大寺学園は筆者の時代は開成と大体同じくらいの偏差値だったが、数年前から差が開くようになり、ついに高校募集を廃止してしまった。偏差値キルヒホッフの法則が成立する背景には生徒の均質性を確保したいという学校側の採用方針も多分に関係しているのである。
偏差値キルヒホッフの法則を念頭に置くと色々な事象が解明可能になる。首都圏で日比谷高校が復活した時は「偏差値水位」が日比谷を下回った私立進学校は軒並み高校募集を停止してしまった。そうでないと均質性が崩れ、偏差値キルヒホッフの法則が成立しなくなってしまうからだ。開成高校の場合は「偏差値水位」が日比谷を上回っているため、未だに高校募集を続けている。
しばしば東大理三と理二医進のどちらかが難しいかは議論になるが、偏差値キルヒホッフの法則の法則を念頭に置くと、両者の難易度は同等である可能性が高い。東大生は後者が難しいと思っていることが多く、一般人は前者が難しいと思っていることが多いが、おそらく真の難易度は同等なのではないかと思われる。東大旧後期試験は理三のみが選択不可だったが、これも偏差値キルヒホッフの法則で説明できる。もし理三が選択可能であったら前期合格者との均質性が崩れるか、後期が劇的に難化してしまうからだ。同様に医学部の一般受験と学士編入の難易度も同等である可能性が高い。
偏差値キルヒホッフの法則は学歴ブランドを得たいという受験生の意図と合格者の均質性を維持したいという学校側の意図の2つが合わさって成立する法則である。
学力対数の法則
もう一つ、興味深い法則を筆者は発見した。先述の記事において慶応合格者のうち東大に合格できる水準にあるのは7人に1人らしい。ただし、慶応大学は早慶宮廷クラスの大学の中では偏差値が高い方の大学である。もっと広く早慶宮廷クラスの大学の分析すると数値は下がる。
同じくよはしさんの記事によると、地方旧帝大の場合は11人に1人という割合になるようだ。これは学部によっても異なるので統一的な数字は出せそうに無いだろう。ここでは両者を総合して10%という割合と考える。早慶宮廷クラスの学歴の人間のうち、東大生と同じくらい学力が高い者は1割という計算である。
さて、ここで筆者が以前考えた対数学歴ランク表を考えてみよう。
東大に入るのは同学年上位0.3%、早慶宮廷に入るには同学年上位3%が必要である。言い換えると、東大生の希少度は早慶宮廷の10倍ということになる。ん?先ほどの数値と同じくらいではないか?
ここで新たな法則を見出すことができそうだ。気の利いた名前が思いつかなかったので、学力対数の法則と名付けることにする。学力対数の法則とは「学歴の存在比がN倍の場合、同レベルの学力の持ち主の存在比は1/Nに低下する」というものである。「各学力レベルの優秀層の絶対数は等しい」と言い換えることもできる。これに則ると、早慶宮廷の上位1割は東大生に学力が等しく、京一工の上位3割は東大生に学力が等しいことになる。
この法則を裏付けるデータはないだろうか。予備試験合格者の大学別構成が参考になるだろう。
東大卒が全体の32%を占めているが、早慶宮廷の合格者を合計すると大体東大と同じくらいである。これは学力対数の法則に一致している。このデータを見た人は京大と一橋の合計が東大の半分以下になっていることに違和感を持つかもしれないが、この理由はレベル4(学力上位0.3%〜1%)の多くが医学部医学科によって占められていることが要因であろう。もし彼らが予備試験に参戦してきたら、レベル4の学歴の予備試験合格者の合計は東大生と同じ数になるはずである。
学力対数の法則が3ランク以上離れている場合にも成立するのかはわからない。その他の大学と中央大を合わせると20%ほどであり、東大生合計に比べるとやや落ちる。ただし、これはそもそも参加者が少ないといった事情もあるかもしれない。学力対数の法則によればマーチ駅弁クラスで東大生に匹敵する学力を持つのは3%となるが、これはかなり少ない割合だ。マーチ駅弁クラスからの一発逆転がかなり厳しいのはこういった事情も影響しているかもしれない。
サラリーマンの出世と学歴
上場企業社長の出身大学を調べてみると、レベル2(マーチ駅弁)515人、レベル3(早慶宮廷)623人、レベル4(京一工)が147人、レベル5(東大)が175人である。レベル2に関してはランキングに乗っている大学に限っているので、実際の数値はもう少し高い。となると、レベル3とレベル2に間には学力対数の法則が成立している可能性が高い。JTCにおいて、早慶とマーチの間には学力に相当する差異があるのだ。
一方、レベル4以上との比較はどうか。レベル4の人数はレベル3に比べて大幅に少ない。これはレベル4の多くが医学部医学科に進んでいる影響も考えなければならない。しかし、レベル4の半分が医学部に進学していると仮定して補正をしても上場企業社長の輩出数は300人程度で、学力対数の法則から推測できる値の半分程度の上場企業の社長を排出していない。
レベル5の東大に関しても学力比例の法則から導かれる値よりは少ない。京一工の合計よりは上回っているのだが、これはレベル4の多くが医学部医学科へ進学していることと、東大がレベル5だけではなく、その上のレベル6以上の優秀層も取り込んでいることが要因だろう。東大卒社長のうち、レベル5と言えるのは多くても120人くらいかもしれない。レベル5の上場企業社長輩出力はレベル4よりも更に下がっていると考えて良い。
筆者は今まで経験論で「JTCにおいて早慶までは学歴があった方が良いが、それ以上になると効用は逓減する」という趣旨のことを述べてきた。上場企業社長輩出数からこの経験則を数値的に実証することができた。JTCにおいて京一工はややオーバースペックで、東大は完全にオーバースペックなのである。
学力対数の法則が成立する要件
これらの事象から学力対数の成立する要件を考えてみよう。筆者は以前の記事で「就職偏差値」を学歴構成から推測したことがある。
おそらくではあるが、学力対数の法則が成立する要件はその業界や選抜の水準が学歴に近いものであるというものではないか。JTCは早慶からマーチクラスがメインストリームであるため、東京一工はオーバースペックであり、学力対数の法則よりもやや低い値になる。一方、予備試験の難易度はレベル5程度と思われ、レベル2のMARCH駅弁クラスの大学からは学力対数の法則から予測されるよりも低い値しか出ていない。レベル2以下からの予備試験合格が一発逆転と思われる理由だろう。このように、学力対数の法則が成立しているかを考えることで特定の業界で求められる学力的な水準の学歴との対応を簡易的に推定することができる。
東大受験と高校の関係も考えてみよう。東大合格率はレベル6〜5.5の超進学校の場合は50%〜70%程度、レベル4の二番手有名中高一貫校の場合は20%〜30%程度、レベル3の公立進学校や中堅上位中高一貫校の場合は10%弱である。それ以下になるとほとんど東大合格者は出せない。だいたい学力対数の法則が成り立っている気はするが、超進学校の数値がやや低い気がする。レベル5の東大合格において灘や開成はややオーバースペックなのではないかという疑念が湧いてくる。東大合格を目指す場合は躍起になってこれらの学校を目指す必要は無さそうである。一方でレベル7の東大理三の場合は学力対数の法則から推測されるよりも超進学校の値が大きくなっており、理三を目指すにはなるべく超進学校に入っておきたいところである。
JTCの場合は求められる学力水準はレベル2〜レベル3、予備試験の場合はレベル3〜レベル5と結論付けることができた。東大受験の場合はレベル6の超進学校に入る必要はないが、レベル3の公立進学校までには絶対入っておく必要があるだろう。東大理三の場合はレベル4の有名中高一貫校でもスペック不足というハチャメチャな世界である。
まとめ
今回はかなり一般的・抽象的な議論になってしまったが、学力や学歴という軸によって日本社会を体系的に整理することができた。
今回考え出した概念は偏差値キルヒホッフの法則と学力対数の法則である。いずれも長年に渡る学歴に関する議論から導き出したものだ。前者は得られる学歴が同等であればどのルートを辿っても難易度は同じであることを、後者は学歴の希少度に比例して学力的に達成できる可能性も上昇することを記述した。
あくまで経験則的であるが、学歴ランクが1上がるにつれて3倍程度成功率が高まる場合は、その人の学歴的な相場と見合った業界にいる可能性が高い。一方、その水準を下回っているのなら、オーバースペックかワナビーである可能性が高い。