書籍#10.『名画で読み解くイギリス王家12の物語』中野京子(著)〜結局印象に残るのは女王たち〜
ハプスブルク家、ブルボン家、ロマノフ家に引き続き『名画で読み解く』シリーズの第4弾は『イギリス王家12の物語』です。
本書では、イギリスに君臨した3王朝とともに、1600年代からの約300年の歴史を解説しています。読み終わって一番の感想は、なんだか世界史の勉強になったなあーー。
ということで、今回は名画とともに歴史を学びましょう。
1.イングランド起源のテューダー朝(1485〜1603)
<『ヘンリー7世』、作者不明>(Wikipediaより)
1337年から始まった100年戦争に引き続き、イギリスではランカスター家とヨーク家による権力争い、所謂「薔薇戦争」が勃発します。
そして、ボズワースの戦いでランカスター派のヘンリーが勝利し、1485年にヘンリー7世として即位します。このときに王朝名もテューダーと改称、5代目君主のエリザベス1世が亡くなる1603年までの118年間、イギリスを統治しました。
<『エリザベス一世の虹の肖像画』アイザック・オリバー画>
(Wikipediaより)
エリザベス1世は「私はイギリスと結婚した」や「私のよき臣民、すべてが私の夫だ」という言葉通り、生涯独身を貫き、イギリスという国に全てを捧げたことで有名です。
しかし、跡継ぎがいなければ王家が途絶えるのは当然で、テューダー朝はここで断絶してしまいます。それに関し、筆者の言葉が印象的でした。
「我が子に王朝を継がせたいというのが並みの心情であるなら、自らの意思で王朝を閉じるという彼女の選択には凄みがある。立ったまま死んだという最後の伝説もうなずける(p.72)」
伝説のレベルもすごい。
<『ヘンリー8世』ハンス・ホルバイン画>(Wikipediaより)
テューダー朝には他にも、暴力的で、残虐で、横柄なヘンリー8世がいました。彼は身勝手な理由でカトリックのバチカンと縁を切り、英国国教会を設立して、強引に宗教改革を行いました。
また、ヘンリー8世と最初の王妃であるキャサリンとの間にできた娘で、容赦ないプロテスタントへの弾圧を行ったブラッディ・メアリー(Bloody Mary)ことメアリー1世もいて、この王朝はなかなかの個性派揃いです。
ちなみに、ヘンリー8世はエリザベス1世の父で、メアリー1世はエリザベス1世の姉にあたります。うん、強烈過ぎる家系。
<『メアリ一世像』アントニス・モル画>(Wikipediaより)
2.スコットランド起源のステュアート朝(1603〜1714)
<『ジェイムズ6世・ジェイムズ1世』>(Wikipediaより)
エリザベス1世は、従姉妹でスコットランド女王のメアリ・ステュアートの一人息子であるジェイムズを跡継ぎにするという遺言を残して亡くなりました。それに従い1603年にジェイムズ6世・1世(スコットランド王としては6世、イングランド王・アイルランド王としては1世)が即位します。
ここからステュアート朝が始まり、7代目君主アン女王が崩御する1714年までの111年間、イギリスを治めることになります。
<『アン女王』ジョン・クロスターマン画>(Wikipediaより)
ジェイムズ6世・1世の息子であるチャールズ1世時代には、世界史でも扱うピューリタン革命(清教徒革命)が起きたました。
また、最後の君主アン女王時代には、後世に影響を及ぼす重要な出来事がいくつか起きています。
例えば、フランスとの間でスペイン継承戦争を起こしたり(結果フランスが勝利)、スコットランドとの合邦により最初のグレートブリテン王国君主に君臨したりしました。また、現在のイギリス政治にも影響を与えている、主戦派ホイッグ(後の自由党)と和平派トーリー(後の保守党)という二大政党制が鮮明になったのもこの時代だそうです。
そう、意外に重要な時代なのです。
※イギリスの正式名称は「グレート・ブリテンおよび北部アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)」で、イングランド、ウェールズ、スコットランド、およびアイルランドで構成されています。これに対し、グレートブリテン(Great Britain)という名称はアイルランドを除く、イングランド、ウェールズ、スコットランドの3地域を合わせて呼ぶ際に使います。
3.ドイツ起源のハノーヴァー朝(1714〜1901)
<『ジョージ1世の肖像画』ゴドフリー・ネラー画>(Wikipediaより)
アン女王が跡継ぎを残せなかったためにステュアート朝は断絶しますが、ステュアート朝ジェイムズ1世の苗裔である、ドイツ生まれのジョージ1世が1714年にグレートブリテン王国およびアイルランド王国の国王として戴冠します(ハノーヴァー家はドイツ北部の領邦君主の家系)。
ここからハノーヴァー王朝が始まり、世界各地を植民地化して大英帝国を繁栄させたヴィクトリア女王が崩御する1901年までの187年間、イギリスを治めます。
この王朝のおもしろさは、次の言葉に表されていると思います。
「ハノーヴァー家の伝統(?)は、女性がらみの不品行に加え、父親が跡継ぎの息子を極度に嫌うことだった(p.136)」
本当に例外なく、そういう遺伝子があるのかと思いたくなるほどに、国王が跡継ぎの王子を嫌うのです。
<『ジョージ三世』ウィリアム・ビーチー画>(Wikipediaより)
この時代の王は暴力的で、女好きで、散財ばかりしている印象でしたが、その中で異色を放っていたのがジョージ3世です。
彼は家庭を大事にし、真面目でインテリで読書好き。「三つも私的農場を持ち、森や畑を散歩して気さくに庶民に声をかけた。親しみを込めたあだ名は『農民ジョージ』(p.138)」とのこと。
王としては地味ですが、趣味はイギリス人っぽいですし、癒し系な印象を受けます。心なしか、好感度が高くなっちゃう。
しかし、そんなジョージ3世すら、やはり息子のことは嫌っていたとか。根深い問題です。こればっかりはもう救いようがないですね。
<ヴィクトリア女王>(Wikipediaより)
ハノーヴァー王朝最後の君主ヴィクトリア女王は、63年7ヶ月という治世の長さを誇りますが、その記録を更新しているのが現女王のエリザベス2世です。2021年10月現在95歳で、在位期間は69年。長生きしてほしいですね。
◆本書の感想
本書では、世界的名画とともに、イギリスの歴史を楽しく読み解くことができます。
読み終わっての印象は、やはりイギリス王朝は女王だということ。
ヘンリー8世も捨てがたいですが、3つの王朝で国を大きく繁栄させたのは女王、そして、そのうちの2王朝を終わらせたのも、やはり女王だったのです。そこが、とてもおもしろいところ。
この『名画で読み解く』シリーズを通して4つの王朝の歴史を見てきましたが、印象としては、ハプスブルク家やブルボン家の方が圧倒的な存在感で時代に君臨していたように思います。
しかし、歴史というのは不思議なもので、現在でも王室が存在し、世界に影響力を与えているのはイギリス王室です。他の名門3家は、断絶してしまいました。
これがイギリス王室の「君臨すれども統治せず」の力なのでしょうか。
◆お気に入りの絵画
歴史中心の話になりましたが、最後に絵画の感想を記したいと思います。
<『エドワード王子』フランツ・ヴィンターハルター画>
(RoyalCollectionTrustより)
まず、紹介されていた12の絵画の中で一番印象に残ったのは、フランツ・ヴィンターハルター作『エドワード王子』です。理由はシンプル。描かれているエドワード王子が可愛いから。
フランツ・ヴィンターハルターの絵画は、生きているような肌質と、魂が入っていそうな瞳を描くことに特徴がある気がします。
<『レディ・ジェーン・グレイの処刑』ポール・ドラローシュ画>
(Wikipediaより)
また、12の絵画には入っていませんが、表紙にも採用されているポール・ドラローシュ作『レディ・ジェーン・グレイの処刑』も魅力的です。怖い絵ですが、色の鮮明さが素敵です。
◆◆◆
本書では、イギリス王家を以下の12の名画を通して解説しています。
1. ハンス・ホルバイン『大使たち』
2. アントニス・モル『メアリ一世像』
3. アイザック・オリバー『エリザベス一世の虹の肖像画』
4. ジョン・ギルバート『ジェイムズ王の前のガイ・フォークス』
5. ポール・ドラローシュ『チャールズ一世の遺体を見るクロムウェル』
6. ジョン・マイケル・ライト『チャールズ二世』
7. ウィリアム・ホガース『南海泡沫事件』
8. ウィリアム・ビーチー『ジョージ三世』
9. ウィリアム・ターナー『奴隷船』
10. フランツ・ヴィンターハルター『ヴィクトリアの家族』
11. フランツ・ヴィンターハルター『エドワード王子』
12. ジョン・ラヴェリ『バッキンガム宮殿のロイヤルファミリー』