自分の性格を変えたいと思う人は意外と多いけど、本当に変えることはできるのだろうか。
「変わりたい、自分を変えたい」
「こんな性格じゃだめだ、自分の性格が好きになれない」
そうんな風に思ったことがあるだろうか。
私は1度と言わず、30数年間、ほぼ口癖のように、「自分を変えたい」と思って生きてきた。
特に、「大人しい性格を変えて、社交的になりたい」「心配性な性格を変えて、楽観的に考えたり、度胸を身に着けたい」と思っていた。
そしてそれは、「大人しい自分はダメだ、心配性な自分はダメだ」につながっていった。自己否定だ。
そして、自分を変えることに労力を費やし、疲れ果てる。一時的にはどうにかなっても、継続できないし、環境が変わればまた一から性格を変える努力をせざるえないループに入る。
そして、「私はいつもダメだ、学習能力がない」等の自己否定のループの罠にどんどん引きづり込まれていく。
もう、立ち上がる力も残っていない。何を変えたかったのかも、どうなりたかったのかも見失い、失敗の恐怖や得体のしれない不安から、周囲を拒絶してしまう。
それが、これまで私が経験した、恐ろしい負のループ人生だ。
これまでの自分は漠然と、「自分を変えたい」と思っていた。
「自分を変える必要があるのだろうか?」
この問いに答えるには、「自分を変える」とはどういうことか、もっと具体的にすることが必要だと感じる。
自分の何を変えたいのか。
生き方を変えたい、考え方を変えたい、性格を変えたい。そして今日は性格を変えたいについて考えてみたいと思う。
もしも性格を変えたいのなら・・・
私の今たどり着いている答えは「性格は変える必要はない、むしろ変えることは難しい」ということだ。
性格と調べると、性質、気質、気性、人柄と有る。
性格とは、生まれた時から持つ気質と、その後成長の過程で受ける影響から作られるその人固有の感情、意思の一定の傾向のことを指す。
(精神医学第11版参照)
つまり、生まれ持った才能とも言える。私は、資質、気質という視点で自分の性格を見た時、とても腑に落ちた。
同時に今は、「性格を変える必要はほぼない」と考えている。
けれど、私たちの多くは、何かがうまくいかない時、おそらく自分の性格、もしくは他人の性格に振り回されていると無意識であったとしても感じていることが多いかもしれない。
資質という視点で考えた時、例えば、大人しい性格という場合、「社交性という資質は低いかもしれないけれど、親密性という資質は高い。または慎重さという資質も影響しているかもしれない」という視点がある。
親密性の資質の中には、「大勢でのおしゃべりや、広く浅いお付き合いは苦手だけど、1対1でじっくりと深い関係を築くことを得意としている」という側面もある。
だとすると、大人しいから悪いということは決してない。1対1でじっくりと人に向き合うことが得意という、ポジティブな面も持っている。それを生かせる環境もある。例えばカウンセラー等そうかもしれない。もしくは他の資質等にもよるけれど、個別指導の塾講師等。
だけど、大人数でのパーティでの交流会で沢山の顧客とのつながりを深めるという業務があったとしたら、力は発揮できない可能性は高い。
だとしたら、性格(資質)そのものが悪いわけではなく、性格(資質)が生きる環境や状況に身を置けていない事が課題になってくる。性格を変える努力をするよりも、自分がよりパフォーマンスを発揮できる環境に身を置く方が、効率的で持続可能で、生産性も上がる可能性がある。
そういう視点で見た時、性格は変える必要はないし、変えることはほぼ難しい。むしろ、その性格が長所として生きる場面があるはずで、それはその性格(資質)を持たない人からすると、「才能」だ。
性格(資質)は変える必要はない。だからと言ってそのまま何も変える必要がないかというとそれも違うと感じる。
変えるのは、その付き合い方だ。
私たちは自分の性格(資質と)うまく付き合っていく必要がある。
なぜなら、とはいえやっぱり性格に悩まされることがあったり、性格により、つまづきを体験することはあるからだ。
性格(資質)には簡単に説明すると強弱がある。
さらに、一つの資質の中にも、様々な特徴がある。
その強弱は、場面や環境、状況等によって強く現れたり目立たなかったりもする。そして様々な性格(資質)が相互に作用しあって発動される。
その発動のされ方が、人や自分、社会の中でどういう化学反応を起こすのかによって、それらは短所にもなり、長所にもなる。
それらの自分の性格(資質)の発動の仕方、パターン、発動しやすい状況や環境等を知って理解し、コントロールすることが必要なんだと私は学んだ。
どこかの物語の魔法使いが、自分の魔術を熟知しコントロールして、いい具合に発動することで、人を助けたり、自分が助かったりする。
そんな感じで、「自分の性格(資質)の使い手になろう」ということだ。
つまり、性格(資質)そのものは変えられない。
あえて変えるという表現を使うのなら、「性格(資質)の使い方、発動のさせ方を変える」
私たちは生まれ持って、かけがえのない素晴らしい性格(資質)をもっている。それは間違いなく、自分だけにしかない唯一無二の資産(リソース)だ。
参考:ストレングスファインダー
いいなと思ったら応援しよう!
![セルフケアスタジオ@TOMO](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/141824535/profile_503dddb96a604565347013b90d46f61b.jpg?width=600&crop=1:1,smart)