![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/111911134/rectangle_large_type_2_ad091eb71d189dae0b4181fbfeb6ec58.jpeg?width=1200)
小説 #02 ソル、クライアントに会う。
僕は新しいシャツを着てFH(フェイ・フュー)の屋敷を訪れる。彼女と会うまでに、無意識裡にいろいろなことを観察し、FHを取り巻く環境を理解することに努める。
僕はいつもクライアントを訪問するときはそんなふうに神経を集中させる。今日も車は敷地の外に停め、屋敷まで歩く。
日は傾きかけているが、夏空はまだ青い。玄関までは遠そうだ。蝉の鳴き声が喧しい。汗が滴る。
緑がふんだんに配された敷地は、ゆるやかな坂道になっている。庭師が樹木の手入れをしている。大きな剪定鋏が音を立てている。ぱちん。ぱちん。
玄関わきに少女の彫刻がある。佐藤忠良だ。夏の西日を背に、少女の顔は翳っていて、思索にふけっているように見える。
庭師が剪定したばかりの樹木から緑っぽい香りが漂っている。庭仕事は何時ごろ仕舞いなのだろうか。
ややあって、僕は屋敷の廊下を奥へ案内される。どこかでヴァイオリンの練習の音がする。屋敷の中はすでに明かりが灯されている。
FHの部屋は、天井まで届く書架にぎっしりと本が並んでいる。庭に面して大きな窓が開けていて、外にそろりと夕闇が迫っているのが見える。見事な景色だ。
もし僕が作家なら、こんな仕事場で執筆がはかどらないはずはないけどな・・・。
FHは大きな革のソファにゆったりと寄りかかっていたが、僕を見てゆっくりと立ち、手を差し出した。大柄な女性だ。
「ごめんなさいね、こんな夕刻にお呼び立てして」
短く切り揃えた白髪のボブが、黒い瞳を際立たせている。70歳は超えているはずだが、瑞々しい雰囲気の人である。
「アルジズには、他のライターではなく、是非ともあなたに来てもらうよう頼んだの。 あなたのお仕事ぶりはよく知っているわ」
「光栄です」
屋敷の人がティーセットの載ったトレイを運んできた。
FHは紅茶を淹れ、僕の方へよこす。革のソファーがぐしりと重い音を立てる。部屋は馥郁たる香りでいっぱいになった。
「どんな作品を書いておられるところなのでしょう?」
僕はこうしてFHと向かい合い、最初のセッションが始まる。