鳩サブレーのお時間です 【お話】
黄色い長方形の缶を、台所の棚から恭しく持ってくるおばあちゃん。ああ、私の好物、買っておいてくれたんだ。
「好きなだけお食べ」
蓋には赤い目をした白い鳩のイラスト。本のタイトルのように、中央を縦に貫く『鳩サブレー』の赤い文字。
鳩サブレーといえば、鎌倉が誇る象徴的な銘菓であり、鎌倉市民、ひいては鎌倉を訪れ豊島屋でそれを購入した人の家のどこかには、必ずこの黄色の空き缶が二次利用されているという。(例:書類入れ、裁縫箱、台所周りの整理 etc.)
この缶のサイズ感だと…28枚入りですな。
さすがおばあちゃん。孫には甘い。では、遠慮なく…。
いそいそと缶の蓋に手をかける。程よいストレスが指先に感じられる開け心地。
はぁ…ガリサクッとした歯ごたえに、ホロホロお口の中でほどける甘き幸せの鳩サブレーよ!たれか!牛乳を我へ!もちろん紅茶でもよいぞ!ウフフフ。
開!パカッ
「ひえっ?!」
表は鳩サブレーと見せかけて、中身は他の煎餅をストック。というあるあるを通り越した意表のつきかただった。
くるっぽー、くるっくるっく
缶を開けると、中には、どうやって入っていたんだい?と鳩語で尋ねたくなるほどマジの白い鳩(実物)が鎮座しておった。
「おばあちゃん…手品でも習ってるのかな?」
当のおばあちゃんは、近くの美容院へパーマをあてに、すでに家を出た模様。
ポホンッ(咳払い)
「長きに渡り、ご愛顧いただきありがとうございます」
「え?」
鳩、しゃべった。
「ぽぽっ、驚くのも無理からぬこと。わたくしは鳩サブレーの化身であり、マスコットキャラクターである鳩サブロー氏とも異なる鳩ですゆえ」
「けしん…?(仲間由紀恵さんの声で)」
「化身」
鳩は缶から飛び出し、豆鉄砲食らった顔でいる私の前を行ったら来たりしている。
「あなたは鳩サブレーをこよなく愛するのみにとどまらず、鳩(実物)にも非常に慈悲深く親切にしてくださった。ですから、わたくしはいまここに現れました」
「はて?鳩に親切に?」
白い鳩はじぃっと私を見据えたのち、首を上下させた。
「ほら、神社で」
「神社で?」
「社務所に売ってる、あの美味しいやつ」
「しゃむしょ…?(仲間由紀恵…)」
シンキングタイムをたっぷり10秒使って、やっと思い当たった。
「ああ!鳩のエサか!池の鯉やカモにもあげられるやつね」
「ぽぽぽぽっ、ご名答!」
「鳩にエサをあげるなんて、特別なことかしら?」
すると、白い鳩はフッと遠い目をして私に向き直った。
「あの日わたくしは、初めて鳩サブレーの化身として黄色い缶を飛び出し、外の世界を見ようと八幡さまへ降り立ちました。…すると、池の側で、お得意様であるあなたが鳩達にエサをあげているではありませんか!」
あー、友達とラピュタ気分に浸りながら、手にエサを載せて鳩達に群らがってもらったときがあったな。どっちがパズーでどっちがシータか?なんつって。
「わたくしはあなたにお礼を言うため近づこうとしましたが、他の鳩達の積極性に圧倒され、ずっと隅のほうで身をひそめておりました。化身たるもの、一般鳩とは一線を画したいという想いもございました。
そのときでした。あなたはわたくしに気づき、そっと手を差しのべてくださった!そしてその手の平には、あの美味しいやつが!」
ポホンッ
「もちろん、この世で一番美味しいのは鳩サブレー」
念のため私も同意して頷いた。これはいわゆる“恩返し”の流れ?と感じ取って。
「話が長くなりました。この姿を保つのは容易ではありません。速やかにお礼の段に入らせていただきます」
待ってました!
私はマッハで「美人でお金持ちで仲間由○恵みたいな女優にしてください」と頭で唱えた。
くるっぽー、ぽぽっ
鳩の一声のあと、私は柔らかな黄色い光に包まれた。バターと砂糖の甘い匂い、幸せの予感。
ハッと意識が戻り、私は記憶が薄れぬうちにおばあちゃんの三面鏡へ走って自分の顔を確認した。仲間由○恵ふうの美人…にはなっていなかった。
ならば、と財布を開いて確認したが、来たときと同じ、所持金は二千円。
ちぇーっと完全にふてくされながら、寝転がって畳の上でジタバタしたのち、両手で腕枕。
こんなときこそ、食べるか。
とんだ白昼夢だったわい、と体を起こして、卓袱台の上の黄色い缶を再び開けようとしたそのとき。
「ん?んんん~?」
私は自分の首を真横に倒し、鳩サブレーの缶を側面から見つめた。
鳩サブレーは、28枚入りの缶から、広辞苑より部厚い48枚入りの缶へと変貌していたのだった。
~おわり~
最後まで読んでいただき、ありがとうございました🕊️
なぜ私はこのお話を書いたのだろう?鳩サブレーの化身に脳を乗っ取られたとしか考えられません。