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湯けむり夢子はお湯の中 #7 夢子のお見合い?
「あの…」
「あの…」
同時に言ってしまい、そちらからどうぞ、と互いに先を譲ります。
♨️
こんにちは、湯川夢子です。個室に初対面の殿方とふたりきりでおります。
貸切風呂でも混浴でもありません。温泉も風呂も出てこないとは、湯けむり夢子と名乗っておきながら何事か!というお叱り、ごもっともです。
私はいま、とある料亭に来ております。いとこの結婚式以来、久しぶりに着物を着ました。
♨️
「では、ぼくから…よろしいでしょうか?」
「はい」
「実はですね、母がぎっくり腰になりまして。でも、約束していたのにキャンセルしては申し訳ない、おまえが行きなさいと言われ、急遽、参った次第です」
「奇遇ですね。うちもです」
「え?湯川さんも…って?」
「私の母も今朝、私に着付けした直後ぎっくり腰に…」
「そうだったんですね。お母さま、お大事になさってください」
「恐れ入ります。あ、坂口さんのお母さまへも…お大事にと」
「ありがとうございます」
さて、どうしたものでしょう…。
母親同士が高校時代の同級生で、いつもなら当人達だけで会うところを、今回、素敵な庭園のある料亭の個室がとれたから、夢子も一緒にどうかと誘われたのです。
よくよく坂口さんのお話を伺うと、今朝、突然お母上の由紀子さんから助けを求める電話があり、駆けつけると、ぎっくり腰になったから代わりに行って私の母に謝ってくれと。
さらに、なかなか予約のとれないお店だし、キャンセルはもったいないから、お相手しながらお料理も食べてきなさいと送り出されたそうです。
「おかしいと思いませんか?」
「たしかに…おかしいてすね」
次々と並べられる器やお皿は、すべて二人分でした。
急なことだったので、キャンセルの電話はしないまま、ここに着きました。
だとすると、由紀子さんと私の母と私、合わせて三人分のお料理が運ばれてくるはずです。私はお店の人に尋ねました。
「あのう…ひょっとして、一人分だけキャンセルするという連絡がこちらにきましたか?」
「いいえ。本日は坂口様、湯川様の二名様で承っておりますが…」
実際、席に着いているのも私たちふたりなので、なぜそんな質問を?といった表情をされました。
「そうですか」
母よ、謀ったな。
「申し訳ありません!たぶんぼくの母が」
「いいえ、うちの母だと思います」
「ぎっくり腰だと呼びつけておきながら、病院へは平日行くからいいと逃げ回るんです。変だと思いました」
「同じくです。坂口さんに訳を話して一人分キャンセルして、ご主人と行っていただこうと母に提案したのですが、せっかく着物まで着せたのにと、半ば強引に送り出されました」
はあっ…と、同時に溜め息をつき、こめかみを押さえるふたり。
これまで母から持ち込まれた見合い写真を見ることもせず、のらりくらりとかわしてきたのがいけなかったようです。
これはいわば抜き打ちお見合い。
序章をすっ飛ばし、「あとは若いふたりに…」の展開へ一気にもつれ込ませる算段。いえ、もはや…荒業です。
「それだけ私は親に心配をかけているということですね」
「ぼくもです。湯川さんを巻き込んでしまいました」
「せっかくですから、お料理いただきましょうか。とても綺麗で美味しそう」
「恥ずかしながら、ぼく、さっきから腹が鳴りそうでヒヤヒヤしてたんです」
食事をしながらまずは自己紹介し、無難に天気の話をして、食事のあと、お庭を散策しましょうかと外を歩き、やがて、休日は何をしているかという話題になりました。
「へえ、ドライブがご趣味なんですか。夢子さんご自分で運転されるんですね」
「和真さんは?」
「ぼくは温泉めぐりが趣味でして」
「えっ?温泉?!」
庭園のど真ん中、池に架かる橋の上で、思わず頓狂な声を上げてしまった私。滝の水音が響きます。
「と言っても、日帰り温泉ばかりですが…」
今日初めて、彼の顔をじっと見つめてしまいました。
「私もです」
「夢子さんも?」
「三度の飯と同じくらい、湯が好きです」
「ほんとですか?なんか、うれしいな。同じ趣味があるって」
はにかんで笑う和真さんのおでこに温泉マーク♨️が浮かんで見えたのは、私の幻覚でしょうか?(重めの幻覚ですね)
♨️つづく♨️