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天に召される瞬間までスピッツを聴いていたい

高校時代、ドラマ『白線流し』の登場人物たちが自分と同世代だった。主題歌はスピッツの『空も飛べるはず』。
はじめての一人暮らしのときはアルバム『インディゴ地平線』を繰り返し聴き、卒業のときには『チェリー』が流れていた。
旅行が発売日と重なっていたので、出発する直前に空港でアルバム『隼』を買ってから機内で聴いたこともある。
誰かとお別れした日は『楓』で涙、『夢追い虫』で夢を追う決意をし、『春の歌』に心救われ、幸せの場面では『魔法のコトバ』がかかっていた。

いつも自分のそばには、スピッツの曲があった。

スピッツを聴いていると、幸福感がブワッと湧き上がってくる。

草野さんにしか思い浮かばない特別な表現なのに、「なぜ私の言いたいことが分かるのですか?」と身悶えしたくなるほどピタリとくる言葉たち。
そんなフレーズに毎度気持よく撃ち抜かれる。


思い返せば、スピッツとのファーストコンタクトはMステだった。彼らは全身白の衣装で登場し、何となく所在なさげだったのを憶えている。
しかしひとたび音楽が奏でられると、空間が変わった。マサムネさんが歌い出したら、耳が釘づけになった。歌のなかにもう自分がいて、宙を漂っている心地がした。(歌われていたのは『君が思い出になるまえに』)

ニ度目ましては、ラジオ番組、赤坂泰彦のミリオンナイツ。流れてきたイントロに、受験勉強の手が止まった。
『ロビンソン』だった。
問題集の空欄に、急いで“スピッツ『ロビンソン』”と走り書きした。解答するよりはるかに速く鉛筆が走った。
 

曲の感想や解説を書こうとすればするほどうまく表現できない自分がかなしい。
好きすぎる想いと反比例して自分の表現力の天井が低くなるというもどかしさ。スピッツの曲を前にしては、自分が生み出す言葉なんて!と頭を抱えたくなってしまう。

なので、曲の解説などはあまりしません。ただただ、自分とスピッツとの歴史(主に高校時代にフォーカス)と内なる声を語らせてください。(深々と礼)


高校二年の土曜の午後、我が母校は週休二日制を導入していなかったので、午前中授業があった。
その日はいつも駅まで一緒に帰る友人達に、
「すまん、のっぴきならない大切な用事がある」
とだけ告げて、真っ先にひとり下駄箱からダッシュし、通学路の途中にあるレコード店へと駆け込んだ。

「あのっ!スピッツのアルバムを予約していた月山です!」
財布から予約票を取り出し、ちゃんとあるかな?と不安になりながらレジで渡すと、店員さんは私の緊張を察してか、フッと優しく微笑み、すぐさま背後の棚からリリースされたばかりのアルバム『ハチミツ』のCDを出してくれた。
「こちらのCDですね?」
「はい!そうであります!」
待ちわびたホヤホヤのニューアルバムが目の前に!
ああ…なんてラブリーなジャケなの!
お金を支払い、『ハチミツ』の入った袋を手にして店を出ようとしたところ、店員さんに呼び止められた。
「お客さん、特典のポスターもどうぞ」
その人からは後光が射していました。(涙)

まるで我が子を抱くように、それはそれは大事にCDとポスターを抱え、満面の笑みで店を出たところ…
先ほど教室でわかれた友人達とバッタリ鉢合わせた。
「ロッタ…なに持ってるの?」
「先に帰ったかと思ったら」
私は正直に、“スピッツのCDを一秒でも早く手にしたくて先に学校を飛び出してしまった”と謝った。
すると皆は、「そりゃロッタにとっての一大事だわ!」と笑い、さらに「早くお家に帰って聴きなさい」と背中を押してくれたのだ。
熱い友情に涙しながら、彼女達の言葉に甘えて駅へと走った。

その後、家に帰って早速部屋の壁にポスターを貼り、CDコンポにディスクを挿入。
ギターのイントロが流れ…そのまま至福のハチミツワールドに包まれたのであった。

そんなほのぼのスピッツライフを送る地方在住の女子高生に、とんでもない知らせが舞い込んできた。

同じ駅の違う高校に通っていて、いつも朝の通学を共にしている中学からの友だちがおり、彼女はインディーズバンドにまで精通していたのだが、ある日…。

瓦版か?という勢いで、「ロッタ大変!大変だー!」と興奮した様子の友だち。
「なんだい?八っつぁん、そんなに慌てて」と水戸黄門のお銀ちゃん気取りで迎える私。

「ロッタの大好きなスピッツが、この街に来るよ!」

な…なんですって?
彼女の言った言葉が信じられず、私は聞き返した。
「今度の日曜、○○公園の野外ステージで、スピッツが歌うんだよ!」
なんてこと!これが国語の便覧に載っていた“青天の霹靂”ってやつなのか?
私は彼女をギュウッと抱き締め、朗報を運んできた天使として讃えた。
彼女も、自分の応援しているインディーズバンドが出るからと、一緒にライブに行ってくれることに。

さあ、日曜まで時間はないぞ。こんなチャンスは人生で一度あるかないかだ。もういてもたってもいられない。
その日の帰り道、ファンレター用のレターセットを買った。
いや待て。自分の想いを一方的に彼らにぶつけるだけでいいのか?まずは私の住む街を選んで来てくれることに感謝しないと。

私はスピッツの皆さんにプレゼントを買うことにした。しかし、所詮、高校生の小遣い。高い物は買えない。お店をぐるぐる廻り、頭を悩ます。
なにか、私でも買えて(×メンバー4人分)、もらっても邪魔にならず、それでいてメッセージ性のある物は…。
私のアンテナに触れたのは、

ハチミツ・リップクリーム

邪魔にならないサイズと実用性、さらには“ハチミツ”聴いていますというメッセージまで兼ねそろえた理想の品。パッケージはプーさんで可愛さも申し分なし。
4つカゴに入れ、レジで「ひとつずつラッピングしてください」と面倒な注文をつけたのだった。

さて、家に帰ってすぐ勉強…ではなく、ファンレターの執筆を開始。勉強のときにもそうであれ、というくらいの集中力で溢れるスキ!を書き連ねた。

“スピッツの皆さん、はじめまして。私は高校生の女の子です。『ロビンソン』きっかけでスピッツファンになりました。 ~中略~ 
マサムネさんの書く曲は、宝石のようにキラキラしていて、それでいて、おばあちゃんの家のタンスの匂いのような懐かしさがあります。”

といった具合の夢見がちな…いま読んだら自分の頭を掻きむしりたくなるであろう文面だった。

そして、運命の日曜日。
赤面必至のファンレターとハチミツリップを携えて、私と友だちは○○公園にやって来た。

「入場料は要るの?」
「ううん、入場無料で出入り自由って書いてある」
友だちの持つ手書きを印刷しただけのビラを覗き込むと、たしかにそう書かれている。
公園の入口には、控え目な立て看板があり、“野外ステージにて○○ライブ開催”とあった。

「きっと、“スピッツ”って看板に書いちゃうと人が殺到しちゃうからだね」

「たしかにそうだね。観客が押し寄せてパニックになったらライブ中止になっちゃうかも」

「じゃあ、私たちもあんまり騒がないように気をつけよう!」

だが、平静を装っても、込み上げてくる幸福感でつい笑い声が出てしまう。
やがて、奥にある野外ステージにたどり着いた。

ステージ周辺は閑散としていて、場所取りするまでもなく最前列を確保。
どうやら、スピッツが登場することはトップシークレットらしい。自分たちだけしか知らないのか?

もしかしたらファンレターもリップクリームも手渡しできるかもしれない!なんならライブ後の打ち上げにおいでよ☆なんてことも?
期待と妄想でおかしくなりそうな私。

おそらく有名アーティストであるスピッツが登場するのは大トリだろうな。

すると、横にいた友だちが向こうに手を挙げ立ち上がった。知り合いのバンドが今日ステージに上がるとかで、ビラも彼から貰ったそう。
「ちょっと挨拶してくる」
と言い残し、彼女は席を立った。
すごいなあ、バンドマンの友人がいるなんて。と舞台袖で言葉を交わす彼女達を眺めていると、彼らがこちらを見て会釈してくれた。
友だちが笑顔で手招きするので、私もそちらへ行った。

「この子、スピッツの大ファンなんですよ!」
「へえ、そうなんだ」
そう紹介され、エヘヘと照れながら肩をすくめる私。
「今日、スピッツが出るんですよね?」
「えっ?!」
彼女の言葉に驚く彼ら。そんな隠さなくても、ビラにあるじゃないですか。とニコニコする私たち。
バンドマンたちは顔を見合わせ、どこに書いてある?とビラを熟読し始めた。
「あ、もしかして…これ?」
彼らのひとりが指さす先に視線をやると、ん?んん?

スピック見参!!

「え、スピッツじゃなくて、スピック…?」
私と友だちは呆然とした。
いや、何度もこのビラ読んだよね?何かのトリックなのか?しかし、間違いではない。見間違えたのは私たちの方だった。

ライブを最後まで見届け、私たちは公園をあとにした。
「ロッタ、ごめん」
肩を落とす友だちに、
「いや、楽しかった。今日までの時間、最高に幸せだった」
と涙目で答えた。

大学生になった私は、合格するまで我慢していたスピッツライブへの門をくぐり、ついに、ついに!生のスピッツに会えた。
草野さんの歌を、三輪さんのギター、田村さんのベース、崎山さんのドラムを聴くことが叶ったのだった。

そして2021年。
今年はスピッツがメジャーデビューして30周年というアニバーサリーイヤー!

決して順風満帆ではなかった私の人生をともに歩んでくれた楽曲のすべて。
スピッツの歌は自分を支えてくれ、背中を押し、やりきれない心をそっと幸福感に変えてくれたし、幸せな気分のときはさらに高く舞い上がらせてくれた。

この先どうなるのか不安だった昨年、スピッツは『猫ちぐら』という楽曲をメンバーそれぞれの場所から音を重ねて作り上げ、発信してくれた。
やさしく染み渡るメロディとマサムネさんの歌声に少しずつ元気を取り戻したファンも多いだろう。

“愛してるの響きだけで 強くなれる気がしたよ
いつかまた この場所で きみとめぐり会いたい”
『チェリー』の歌詞を浮かべながら…。


今度は私たちからスピッツの皆さんに、“ありがとう”と“おめでとう”を伝えたい。




長文にもかかわらず最後まで読んでいただき、
本当にありがとうございました🍀  

🌼とても可愛い、ももろillustrater絵本さんのイラストを、みんなのフォトギャラリーより見出し画像で使わせていただきました。

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