きっと美しいのだ ~ワンダーランドは徒歩圏内にあった~ #5
※子ども時代の記憶をつづったエッセイです
ピッカピカのっ 1年生ッ♪ ビシッ!…を知るロッタが小学1年生になった頃。(世の中には逆算しない方がよい数字がある)
お隣に住む幼馴染みのヨッちゃんは自分と同い年で(#1で登場)、朝の通学は6年生のおねえさんに連れて行ってもらい、帰りはヨッちゃんと帰っていた。
家に着く手前、道の片側には崖山があり、引っ込んだ箇所を利用したプロパンガスボンベ置き場があった。
一応、置き場にはガスボンベの上部が外から見えるくらいの高さの鉄板で塞いであった。私の記憶だと2~3本しか収納できないスペースで、一体このガスボンベは何故そこにあったのか未だに謎。
そしてまた、いつどういう理由で始まったのか定かではないが…学校帰りにそこで立ち止まり、ヨッちゃんとそのガスボンベ置き場を覗き込むのが習慣になった。
中には、土埃を被ったばっちいボンベがひっそりと収納されており、金属のチェーンで拘束されている。さらにチェーンには南京錠がかかっていて、
囚われのガスボンベ
という佇まいであった。
なんなら置き場の角やボンベ同士の間にはクモの巣が張っていた。できれば早歩きで素通りしたいスポットである。
しかし我々は、1年生をさらに遡る幼き頃より数々の冒険をたしなんできた猛者たち。
こんな廃墟感が漂う場所も CHA-LA-ヘッチャラなのである。(逆算は罪)
ハッハッハッ!
と快活に笑ってみせる隊長、もといヨッちゃん。
(※ロッタは冒険の気配を感じるとヨッちゃんを“隊長”と呼ぶ)
「隊長、どうしました?」
「ロッタくんも見てみたまえ!」
本当はばっちいところが得意ではないロッタだが、弟(保育園児)に絶対服従させるべく強い姉像をその小さき眼に刻ませようと日々心がけてきた自分。たとえ弟が見ていないところでも、男子に負けてはロッタの名がすたる。
内心ゾワゾワしながら、ヨッちゃんに続き、ボンベ置き場内部を覗き込んだ。
そして、やっぱりクモの巣と土埃まみれだな、ということを確認し、ヨッちゃんを見た。
ヨッちゃんは静かに何かを悟った顔で私を見た。
「キレイですなぁ」
…え?ハイ?どこが?なにが?
一瞬、不覚にもパニックになりかけたロッタであったが、0.7秒後シュルルと理解し、仏の顔で微笑んだ。
「ほんに、キレイですなぁ」
ヨッちゃんが「おっ!乗ったか」という表情をした。
そう、これはふたりの間で不定期に発生する大真面目でパラレルな戯れ。
いまここに、
“クモの巣と土埃に覆われたこの場所は、美しいこととする”
という暗黙のルールのもと、パラレルワールドが誕生した。
よって我々はここを覗き込んでいるかぎり、このガスボンベ置き場を美しいと称賛しまくる。
「こぉんなキレイなものは見たことがない」
ヨッちゃんが芝居がかった口調で私に挑んできた。
「ほんに、世界一キレイなところですなぁ」
小1ロッタは早くも“世界一”というキラーワードを繰り出し応戦。すると、すかさずヨッちゃんは目の端を光らせ放った。
「いやいや、これは宇宙一キレイなところでしょう」
しまった!最大のキラーワードへと導いてしまった。“宇宙一”の上は何だ?
考えろ、考えるんだロッタ…。しかし…
カンカンカーン!
ゴングが鳴り響く。
「まさしく、隊長の言うとおりですなぁ」
ロッタは悔しさを笑顔で隠し、ヨッちゃんに勝ちをゆずった。
それからしばらくの間は、そのパラレルな戯れを飽きずに毎日やっていた。
言魂というのか、毎日ガスボンベ置き場を「キレイだ」「すばらしい!」などと褒めちぎっていると、本当にキレイなんじゃないかと思えてくる。
自己暗示にかかっていたということか?一見、愚かで危険にすら思える。
が、もしかしたら私たちは、ばっちいボンベ置き場という小宇宙の奥底に、本気で“美しさ”を見出だそうとしていたのではなかろうか?
なにも始めからそこが汚かったはずはない。
出来上がったばかりのボンベ置き場にピカピカ新品のガスボンベ、それらが芸術的に鎖で巻かれている。
そこへ経年を物語るクモの巣に土埃…。
ちょっとホラーで世紀末的な創造物に姿を変えたのが、すなわちこれ。
天邪鬼は芸術のはじまり。
という苦しまぎれの名言風をのたまう大人のロッタ。
そうだ、あの頃のロッタの目に映っていたばっちいガスボンベ置き場は、
きっと美しかったのだ!
と、無理やり結論づけ、我々が無意味に作り上げたパラレルワールドを肯定し、今回の〆とさせていただきます。(深々と礼)
最後までおつき合いいただき、ありがとうございました🍀
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