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きみはエスパー候補生

勉強が嫌いだった。特に数学の公式を覚えたり、英文を暗記することが苦手だった。そして、苦労したわりにいつもテストでは報われない点数ばかり叩き出していた。

うちには教職者が三人もいる。そのため落ちこぼれることは許されない。

小学校の頃は勉強に対して苦手意識はそこまでなかったが、中学に上がり、大きな環境の変化に私はビビりまくっていた。

ごくせんに出てきそうな不良たちの登場。
祖父の教え子達が自分の担任や教科担当の先生というプレッシャー。
そして、いじめ。
とにかく学校に通うのが恐怖だった。

とか言いながらも、他のクラスの同じ趣味を持つ仲間と朝、昼休み、放課後を過ごし、物語やパラレルな世界へと逃避して笑い転げてもいた。

敵をかわし、攻撃に耐え忍び、そのしんどかった分を白いクレヨンで塗り潰そうと創作に励み、心許せる仲間との尊い時間、必死にはしゃいだ。
その結果、成績が著しく下がった。
創作と仲間の存在がなかったら、もっと悲惨な状況だったと思う。

テストの答案用紙を持ち帰ると、数学と英語の目も充てられない点数に、父の鉄拳が飛んできた。
赤ペンで机をトントン叩かれながら、間違った箇所をやり直し。

家にいる間、勉強をサボっていないか時々チェックされたりもしたが、私は問題集の下に創作ノートを仕込み、落書きするような人間だった。
親のことを裏切りながらも、「大丈夫。将来、芸術方面で大成したら豪邸建ててあげるから」と、何ら根拠のない自信のもと、創作に熱中した。

でもまあ、勉強しているポーズだけってのもなぁ…と次第に反省し、あるとき、夕刊に載っていたうってつけの広告に飛びついた。

『記憶術!』

※喜びの声、続々! 集中力UP! 成績UP! スラスラ頭に入ってくる!

これじゃん。

家族には事後報告で、私はお年玉を切り崩し、教材を取り寄せた。

最初のページを開くと、まずはイメージトレーニングの手ほどきが記載されていた。
それは、こんなトレーニングだった。

糸の先に五円玉を結び付け、親指と人差し指で糸を持ち、五円玉に意識を全集中させて、「動け~ 動け~」と念じる。


たしかに…私は好きなものにしか集中力を発揮できない。
しかし、これをマスターすれば、集中すべきとき集中すべき事に集中できるようになり、当然の帰結として記憶力も身につけられるということか!

画期的!

そうですね、最初は信じられませんでした。これって詐欺じゃない?って。でもね、騙されたと思ってまずはチャレンジしてみたんです。そうしたら2日後、ついに動いたんです、五円玉が!ユラ~ンって!私にもできたんだから、絶対みんなもできます!
        中1/P.N エスパー・ロッタさん

夕飯になっても部屋に籠って勉強する娘を呼びに、母がドアをノックした。
「お取り込みのところ失礼します。ロッタちゃん、お夕飯食べましょう」
「お母さん、私、ついにやったよ!」
あらあら、ウフフ…勉強がノッてきたゃったのね、この子。
しかし、母が机に向かう娘を横から覗き込むと、娘の手には鉛筆ではなく催眠術師が使うような糸に五円玉が?
「お母さん、見ててね!いま、念力だけで五円玉動かすから!」

母は黙って見守ることにした。

すると、摩訶不思議!糸の先の五円玉がひとりでに揺れ始めたではないか。それはまるで空中ブランコのよう。次第に大きく弧を描き…もはや糸がちぎれそうだ!


って…
「ロッタちゃん、上半身が激しく揺れていますよ?」
「え?」
突然、夢から醒めた。

かつてこれほどまで創作以外のことで集中したことがあっただろうか?(否)
怪物くんばりに念力集中するあまり、私は我を忘れ、五円玉と一体化しすぎて揺れに揺れていた。

記憶術はどこへやら、私は何を目指していたのだろう。
完全に当初の目的を見失っていた。
よかった。自分にはまだ羞恥心が残っていた。
こんな姿を家族に見られ…きっと正気じゃなかったよな。

翌日、私は記憶術の教材を箱に戻し、机の足下に封印した。

学問に王道なし


以来、ときどき現実逃避を挟みながらも、私はコツコツと教科書や問題集から学習した。
家族は教員揃いなので、頭を下げて教えを乞うた。


何冊かあった記憶術の教材、結局は1冊目の最初も最初の五円玉トレーニングしかやらずに閉じてしまったけど…あれを全てマスターしていたら、本当に記憶術は身についたのだろうか?

それとも、あれは、エスパー養成の指南書だったのではないかと少し疑う、未だ現実逃避グセの治らない大人のロッタなのだった。




最後まで読んでいただき、ありがとうございました🍀


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