プリンプリン…ないない…どこどこ【物語】
リンは冷蔵庫の中をくまなく探した。扉開けっ放しの警告音がピーピー鳴り響く。ない。どこにもない。
「ねえ、テルさん、プリン知らん?」
夫のテルは、パソコン画面から目を離さずに「リン?」と生返事した。
「リンじゃなくて、プリン。冷蔵庫に入れておいたはずのがないんだけど、どこにあるか知らない?」
「ああ、知ってるよ」
秋になったとはいえ、ひんやりスイーツを冷蔵庫以外の場所で保管するのは避けたいリン。
「どこにあるか教えて。あ、もしかして、野菜室入れた?」
冷蔵庫の一番下の引き出しを開けてみる。しかし、あるのは味噌とキャベツとジャガイモだけ。
昨日スーパーで、三連一組のたまごプリンを二つ購入した。個数でいうと、プリンは全部で六個あるはずだった。
夫婦ふたり暮らしのリンとテル。
買いすぎと思われるかもしれないが、容器が小振りなので、夕食後のデザートにはちょうどよい量。二人×三日分という計算だ。
リンは記憶を辿る。
昨日、スーパーから帰ってすぐに、牛乳、納豆、豆腐などと一緒にプリンも冷蔵庫へ入れたはず。そう、自らの手でたしかに。
「やっぱりないよ、テルさん。プリンどこ?」
「ここ」
テルはパソコンの前から離れようとしない。なんなら、返答する際、リンの方を振り向こうともしない。
画面では、YouTuberがジープの乗り心地を検証している。前々から「乗り換えるならこの車だな!」とテルが欲しがっていた車種である。
しかし、仕事にも乗っていくことを考えると、意外と中は狭くて荷物が積めそうにない。そもそも仕事する気あるのかよ? とお客様からツッ込まれそうな、趣味に走った印象の車だ。
「ねえ、大事なことだから! ちゃんと真面目に答えてよ! プリンはどこ?」
リンにとって、あるはずのプリンがないというミステリーはストレスでしかない。六個のプリンが一夜にして跡形もなく姿を消したのだ。大事件である。
そして、リンがその行方を知らないということは、テルが何らかの鍵を握っている可能性が高い。というか、先ほどからテルは「プリンの在処を知っている」と答えている。ならばさっさと種明かししてくれ。
「一旦、動画止めて!」
妻のただならぬ様子に、テルはおとなしく画面をクリックし、オフロードを疾走するジープを一時停止させた。
回転いすの背もたれがクルリと反対側へ回ると、脚を組んで座るテルが現れた。
「おリンちゃん、落ち着いて聞きなさい」
「落ち着いてるわい!」
「深呼吸して」
「スー、ハー……はい! プリンどうした?」
「プリンはね、ここだよ」
「……あん?」
テルの指差す先は、プリンと負けず劣らない弾力をもつ自身の腹であった。
この家にはふたりの人間しかいない。そしてリンは、ひとつもプリンを食べていない。
仮に、お腹を空かせた曲者が夜中に侵入し、手前の炊飯ジャーのご飯には目もくれず、一直線に冷蔵庫へ向かってプリンを貪り食ったとしよう。だが当然、そんな痕跡はない。
「プリンは六個ありましたけど? ひとつも残っておりませんけど?」
するとテルはうんうん頷いて、リンを自分の回転いすに座らせた。
「想像してごらん、昨晩の僕を。想像してごらん、最近のリンちゃんのぼやきを」
イマジンふうに語り出すテル。そんな催眠術にはかからんぞと息巻くリン。
「プリンプリンプリン! まさか全部食べたの?」
「プリンプリンプリン! そのまさかだよ、おリンちゃん」
リンは気絶しそうになった。リンを座らせておいてよかったと、テルは自分の先見の明に我ながら感服した。
さて、テルの釈明はこうである。
「昨晩、夕飯を食べて、そのあと僕がお風呂に入ってる間、リンちゃん先に寝ちゃったでしょ」
別に悪いとは思わない。
自分も家事をして仕事行って、その帰りにスーパー寄って、夕飯作って、他にも色々テルの世話を焼いた。
食後、一緒にプリンを食べようと思ったが、テルがお風呂に入ってしまったので、出てくるまで食べずに待っていたのだ。でも、睡魔には勝てなかった。
「でね、お風呂から出たら何か冷たいものがほしくなったのね。でもアイスはもう買い置きしてないし、麦茶も作ってない。そんなときでした。冷蔵庫の中にあるプリンと目が合ったのは」
「六個あったよね」
「六個ありました」
神妙な表情を作り、自分の正直さと反省の色を演出したいテル。対して、そんなのまるっとお見通しのリン。
「あれね、ひとつ食べ始めるともうダメね。一個一個が小振りだからさ、ひょいひょい食べれちゃうの。しかもさ、ちょうどYouTubeで早食い大食いの動画を見ていたもんだから、何だかこっちも火がついちゃってね。よーし! 負けるもんかー! って」
「……」
「負けるもんかー! ってね、ハハハ。それにおリンちゃん、最近、太ったこと気にしてたでしょ? だから、これも人助けかなと思って」
「………」
静けさが部屋を支配する。無言で無表情のリンが一番怖い。と、テルは再認識した。
そしてその日、パソコン画面のジープが再び走り出すことはなかった。
🍮
おやつ時、リンは、喫茶店チェリーのプリンアラモードをつつきながら上機嫌だった。
果物の物価高騰の影響を受け、一日数量限定となったこの店の人気スイーツ、プリンアラモードにありつけたからである。
「やっぱ、プリンは固めのほろ苦カラメルソースにかぎるね」
実際はどんな種類のプリンだって食べるんだよこの人は! でも、プリンでこんなにもご機嫌になるのだから、ナポリタンより値段が高くても文句は言うまい。と、そっと頷く。そして罪滅ぼしに、自分のプリンを丸ごとリンへ差し出すテルであった。
~おわり~
最後まで読んでいただき、ありがとうございました🍮🍒
リン&テルの、過去の読み切りシリーズ↓
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?