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怒りについての考察2-怒りは哀しみ

怒りは哀しみだといいます。

トラウマ的な記憶かもしれません。

私の怒りをテーマに、私の人生を別の人生に投影して物語るワークをしました。

私は言葉の喋れない犬を、私を投影する主人公にしました。

そのトイプードルは生まれてすぐ尻尾を切られた。トイプードルはその方がテディベアみたいで売れるから。生まれてすぐのその経験は、ものすごく痛くて怖くて、とてつもない死の恐怖を感じるトラウマとなった。体が凍りついてどこにも逃げられない。
お母さんや兄弟とも生まれてすぐに離され、暗くて狭くて不潔な場所で育った。だから耳の中がただれていて、その病気は今も一生治らない。人間は怖いし信頼できない。
それでも信用するしか生きのびる方法はなかった。その後優しい人に引き取られた。だけど一人暮らしのその人との暮らしは、留守番が多かった。その子は玄関の外に他人が近づくと吠える犬になった。人間が怖いから。人間が自分の命を脅かすから。この世界で唯一信じられる飼い主とその家を毎日一人ぼっちで頑張って守ってるから。人間の脅威から守るためいつも気を張ってるから。
しょっちゅう吠える自分をからかったりいじめたりしてくる隣に住む意地悪な人間の子を噛んで怪我をさせたこともある。だから近所で怖がられ、嫌われる犬になった。飼い主も近隣住人からマンションから出て行けと言われて肩身の狭い思いをしている。

この物語は、近所の保護犬ボランティアの活動をしている優しいおばさんが、留守番中の面倒を見てくれるようになったことで急展開する。

助けられ、守られ、ホッとできるようになった。おばさんの家にいる犬の仲間たちとも仲良く遊べるようになった。だんだんとその子は、少しずつ世界を信頼し始めた。そうすると吠えることが減り、本当は犬に興味があった近所の子どもたちが「触りたい!撫でたい」と近づいてきた。また孤独な老人の心も癒した。セラピー犬としてみんなに愛されることで、今度はみんなを助ける存在になった。

そして、飼い主もまた世界を信頼し始める。人を頼ることを覚える。そうしてもう1匹飼おうと連れてきた犬との、1人と2匹暮らしをはじめる。主人公のトイプードルは、新しい仲間と子どもをもうけるところで、このハッピーエンドストーリーは終わる。

問題が解決するときの次元

問題が解決する時というのは、問題そのものが解決するというより、問題が問題でなくなる。あるほんの一つのきっかけで、生きるレイヤーや、視点が変わる。

過去は変えられないけど、今から愛と信頼のある世界に行くことはできる。

このストーリーの聞き手は、犬の怒りではなく哀しみに深く胸を痛めた。

怒りは、哀しみ。

聞き手がこの哀しみに心を寄せたとき、怒りの奥にある無意識に深く深く沈められた哀しみと痛みを優しく愛情深く抱きしめてもらったような体験をした。

この犬に向かって「怒りの引き金は判断である」ということは(それがたとえ真実だとしても)、どれほど意味のないことだろうか。

犬は助けられる必要があった。愛される必要があった。

お隣の意地悪な子と和解して吠えぐせを治す必要があったのではなく、そのもっと外に広がる愛ある世界や人に繋がる必要があった。

その世界との信頼を育むことで、「吠えることが問題だった世界」とは全く別の世界にシフトした。

それは、怒りを感じ命を守る爬虫類の脳(子供の脳)を、新しい経験を積むことで人間の脳で上書きされ新しい回路ができるような感じ。

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